「越境」を口にする時、国境を越えることと、学問・芸術の諸分野間の境界を越えることのふたつの行為を漠然と思い浮べることが多いように思います。しかしながら、芸術の分野において「何が何を越えるのか」を改めて問うならば、境界線は国家間に限らず、生死・性・身分・民族・業界・市場など多様な場所に引かれており、また、それらを越えるものも、人・言葉・イメージ・物体にととまらず、理念・思想・政策・制度へと広がります。「越境」の動機もまた、異世界からの「誘惑」ばかりでなく、戦争や移民や経済活動など多様であり、「越境」を促すメディアも急速に進化しています。私たちは日々「越境」を続けているのかもしれません。
このフォーラムでは、文学・美術・文化財の「越境」の諸相を個別に論じつつ、「越境」の現場においては、芸術がどのように出現するのかを考えます。芸術が人の手になるものであるかぎり、人が何をどのように越えたかがまずは問題となるはずです。しかし、彼らが生み出したものには、文学や音楽や映画のようにメディアを乗り換え易い(もちろん文学であれば越え難い言語の境界があるわけですが)非物質的なものもあれば、美術のように物体それ自体が動くものもあります。戦争によって移動を余儀なくされた芸術家(その産物としての亡命文学)ばかりでなく、略奪された美術品という物体を所有することが戦後はどのように政治問題化するか(ひとりナチスの問題ではない)ということまでを視野に入れて考え、議論します。
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| 15:30〜15:45 |
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「越境〜何が何を越えるのか」 木下直之(東京大学) |
| 15:45〜1635 |
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「亡命文学再論ー<脱領域>の知性か、ETか?」 沼野充義(東京大学)
コメント 楯岡求美(神戸大学) |
| 16:35〜17:25 |
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「南を向く日本の近代美術〜南洋諸島行作家の場合」
滝沢恭司(町田市立国際版画美術館)
コメント 五十殿利治(筑波大学) |
| 17:40〜18:30 |
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「ナチスの略奪美術品の行方」山盛英司(朝日新聞社)
コメント 木下直之 |
| 17:30 |
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閉会 |