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第5領域横断フォーラム(第2回)

文化・芸術研究の新たな地平

「共同体の構築と越境」 山田 広昭(東京大学)

山田 広昭(東京大学)_photo

 共同体(Community)の構築という場合、何かが共有される、あるいは何かが共有されるべきものとして立ち上げられるといってもいいかと思います。もちろん、共同体はゼロから作り上げられるわけではなく、すでに存在している何らかの共通性を基礎としているでしょうし、私たちは自分たちが帰属する共同体を自由に選び取っているわけではありません。しかし、それはそうした共通性に基づく紐帯が何の問題もなく生み出され維持されることを意味するわけではない。
 とくに、問題となるのが、地縁や血縁という言葉がほとんど現実性をもたなくなるような、いいかえればメンバーの大部分と一生のうちに一度も顔を合わせることがないような規模をもつ共同体である場合には、政治的紐帯や経済的紐帯はそれがいかに決定的な意味を持とうとも、それだけでは十分ではない。もっと感性に直接依拠する、より情動に結びついた紐帯を必要なのであり、それを美意識の共有にもとづくという意味で美的紐帯と呼んでおきたいと思います。この紐帯が必要なのは、それが政治的紐帯や経済的紐帯が、それらが内部的にはらむ係争性のゆえに与えることができない、高次の統一を与えることができる(あるいはそのようなものとして想像される)ことにあります。こうした確認に目新しさはありませんが、私が気になっているのは、いましがた美意識とか美的紐帯という言葉を使いましたが、美とか美しさとかいったことばの使われ方、もう少し気取った言い方で言えば、美というカテゴリーの用法、使われ方です。というのも近代の日本ほど、美というカテゴリーが共同体のアイデンティティを定めるのに持ち出されるところは少ないのではないかという気がしているからです。
 一例をあげますと、先日、子供の小学校のPTAの集まりで、区の教育委員会から人が来て、パンフレットが配られました。表題に「美しい日本語を世田谷の学校から」とあります。そしてその下には、「春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえて冷しかりけり」という道元の歌が引用してあります。この歌を日本の美を象徴するものとして引用したのは、いうまでもなくノーベル文学賞受賞講演の際の川端康成ですが、その講演はじつに意味深くも「美しい日本の私」と題されていました。この受賞講演は1968年ですが、川端が言うような日本の美の定式化の基礎を据えたのは、源氏物語を「歌詠むこころばえの書」として絶賛し、その本質を「もののあわれ」にみた本居宣長で、18世紀の後半、つまり、まさに日本がこれから国民国家として立ち上がってこようとするのにわずかに先立つ時期ということになります。
 このパンフレットを話題にしたついでに、もう少し中身を見てみますと、日本文化の基調としての日本語という表現が何度か出てきます。だとして、では日本語は何を特質としているとされているかというと、「自然を表す美しい言葉、情感を表す微妙な言葉、短い言葉の中に自然と情感を表現する日本語の特質は、日本文化の美しさの基調にあります」となるわけです。キーワードが、美や情感であることは一目瞭然です。
 美が共同体の構築に必要な、言い換えれば、共同体の成員相互の結びつきを支える紐帯として呼び出されるのは、美が係争をこととする政治や経済が与えることのできない高次の統一を与えるからだと言いましたが、その言い方にはいくつか留保をつけなくてはなりません。というのも、美が権力やヘゲモニーの争いと無縁かというとそんなことはまったくないからです。それどころか、美はそもそも何を美とするかをめぐる争いをつねに内包しているといってもいいでしょう。むしろ、だからこそ美は共同体に役立つのだと言った方がいいのかも知れません。政治や経済が自己の論理を貫徹するときには、既存の共同体を解体することをためらわないのに対して、美はそうではない。美はつねに共同体の美であって、一個の共同体が他の共同体に対して自己を主張し、その独自性の承認を要求するために持ち出される。一言で言えば、美は二重の意味で「そと」を意識している。まず、「うち」と「そと」を境界づける排除の装置として、ついで、「そと」の視線にうつる、あるいはそうした視線にうつることを期待する自己像にかかわるものとして。


コメント  柏木 博(武蔵野美術大学)

柏木 博(武蔵野美術大学)_photo

 準備なしなので、何をしゃべっていいのか全然分からない状態ですが、お二人の報告を大変面白く興味深く拝聴いたしました。  お二人の報告、幾つか議論がつながっていく問題があるかと思いますが、まず山田さんの報告で、川端がノーベル賞を取って「美しい日本の私」といったころ、一体あれは何だったのかと思ったら、ディスカバー・ジャパン、日本発見というものがはやっていたのです。これは符丁のようにつながっていると思いました。恐らく山田さんの議論は多分、美ということをめぐるアイデンティティの問題だったのではないかと思います。
 お話を伺っていてふっと思い出したのは、日本浪曼派の保田与重郎が『日本の橋』という本を書きますが、あの中で、日本には構築的な橋がないと書いています。村があって、村の端に非常にわびしく寂しい丸木橋があって、それが日本だというのですが、本当かなという話になります。むしろあのエッセイは、その時代において、日本の中に日本とは何か、日本のアイデンティティをめぐる議論はないではないかという、むしろ欠如感を刺激しているのであって、あそこで本当に日本的なものが何なのかということは恐らく二次的な問題だったのではないか。日本が失われていっている状況の中で、皆さんに欠如感がないだろうと、そこを突いている議論だと思います。
 その欠如している部分は何かというと、今日の山田さんのお話だと美という、言い換えれば一つのアイデンティティにかかわる神話であり、その神話を中心にして、求心力を持って紐帯として機能する人々を結びつけていくものなのではないかというお話だったと思います。
 そうすると、これは今日伺った話なので、記憶をまさぐりながらではっきり言えませんが、たしか「文は人なり」というのはビュフォンでしたか。「文は人なり」というのは「文体は人なり」ということですが、文体は人に結びついているというわけです。そうすると、そこからロマン主義的な言語学がたしか出ていくはずで、言語とは民族に特有なものだと、そこに美や観念が結びついていくわけです。そうすると、個人のアイデンティティ、共同体のアイデンティティ、あるいは国家のアイデンティティ、そのアイデンティティを担保するものとして美を置くことが一つ非常に大きな問題である。これを考えなければいけないだろうということだと思います。
 先ほどお話しされていたように、共同体というのは、むしろ外側のものを排除することによって内側が成立する構造になっている。これは個人においてもそうだと思いますが、免疫のシステムでもそうです。自己の中に非自己が入ってきて、非自己が自己化していくときに、免疫のシステムが働いてそれを排除しようとするわけです。そうすると観念とか、脳の中で考えている以前に、私たちはシステムとして自己を保存するシステムを持っている。そこから始まって、もう少し観念的に、私は一体何なのか。私は私であって、他人とは違って見えるというルソーの告白ではないですが、それを同定していくときに他者と切り分ける。切り分けたときに、共同体のレベルに持っていくと、遮断するという問題が起こってくるということです。それを、今度はもともと開いていたものを閉じたのだから、外側に出ていこうとする力があるのではないかという議論がありました。
 このことを伺っていてなるほどと思ったのは、ヴァルター・ベンヤミンが避難所とか逃げるという、避難して逃げていくという概念を時々出しますが、この概念は近代の中でたびたびいろいろな形で起こっていたような気がします。例えば、ノラが家庭というシステムを乗り越えて外側に越境しようとする。あるいは資本主義のシステムの中で生きている人間が、社会主義という外部を想定してそこに逃げていこうとする。しかし、そこに逃げていったときに、新しいシステムはあるのか。そこにまた同じシステムが作動しているのではないか。それが延々と繰り返されていく。そうなってくると、そこで行われるべきことは覚醒なのではないかという、これまたよく分からない議論がベンヤミンの中で行われていますが、そんなことを、お話を伺いながら考えていました。越境するという外側への願望は、外側に行ったときにまた同じシステムにとらわれる可能性もある。こういったことまで含めて、また後ほどご意見を伺いたいと思います。
 小林さんの報告は、いわゆる法の中で、あるいは政策の中で、どのように文化が実務として扱われてきたかというお話でした。戦後社会の中で、これは山田さんの議論とリンクしてきますが、美を共同体の中心に置くということにおいて排除の原理が働く。あるいは、ある種の支配の原理が働くことをどこかで感じ取って、行政が慎重に避けてきた。そして、文化的な実務、事務を行うというところに遠巻きに文化を扱ってきた。そのことの余波として、今、文化が必要だといっても、なかなか文化とは何かということが規定できないままでいるというお話だったと思います。
 恐らく文化に対して援助するという問題にもかかわってきますが、アメリカでもカルチュラル・ウォーズといった議論がありました。国でも州でもいいのですが、いったん公的団体がアーティストに援助する、お金を出す。展覧会をやらせてみたら、とんでもない展覧会になっていた。そのときにどうするかというと、お金を取り上げてしまう、引き上げてしまうというのです。それは論理として正しいことなのかというと、それは正しいのだという意見も出されました。つまり、全員にお金を与えているのではなくて、ある一人の人に、あるいは数名の人に与えたから、これはお目こぼしなのだと。お目こぼしなのだから取り上げるのは当たり前だ。この議論がたしか80年代、90年代に起こったような気がするのです。
 小林さんの議論も多分そこにかかわっていくと思いますが、文化に対してお金を出す。そうすると、何か問題が起こったときに取り上げるという問題にもなってくる。この問題をどうすればいいのか。一体、文化とは何か。
 小林さんは憲法25条に使われている文化の意味を分析するわけですが、ここで語られている文化は、せいぜい動物と違う程度の文化でしかない。ですから、文化に対しての議論を深めてはいない。そこで実務として行っていることは何かというと、せいぜい装飾をつけるぐらいのことではないかということだと思います。そんなところに行っていることも、恐らく山田さんの議論の中でありました文化のアイデンティティ、排除と支配の問題ともかかわってくるのではないかと思います。
 僕は短めに終わります。むしろ議論に時間を使ったほうがよろしいのではないかと思います。すごく見当外れなことだったかもしれませんが。


「音楽における伝統と革新」 高松 晃子(聖徳大学)

高松 晃子(聖徳大学)_photo

 私が所属している研究グループでは、「伝統的」といわれているものについて、その成立事情や伝承方法、伝統における創造の可能性などについて考えています。私の専門は音楽ですが、このグループには文学、美術といったほかのジャンルを研究しているメンバーもいて、同じものを違う視点で見ながら議論しています。また、研究者だけでなく、クリエーター、パフォーマーの方をお迎えして、一般に向けたワークショップも行ってきました。
 「伝統的なもの」が出現するひとつの契機は異文化接触でしょう。自らの存在を脅かすような他者が現われたとき、アイデンティティの強化は切実な問題になります。しかし、それだけではありません。伝統復活に熱心な個人の力が、ナショナリズムの文脈に関わりなく「伝統的なもの」を作り出す場合があります。たとえば、あるお囃子はある個人の力で復興しましたが、それは町のアイデンティティの表出とはあまり関係がありません。
 伝統を教えたり伝えたりするには、いくつかの方法がありますが、ここでは3つの方法を考えてみましょう。まず、「家元方式」です。これは、秘儀性を重視しながら狭く確実に伝える方法です。記憶のなかの名器や名演奏を手本にせざるを得ない場合もよくありますが、「誰々から習った」「伝えている」というふれこみを欠かさないことで、伝承の正当性を維持することができます。次に、「スコティッシュ・ダンス方式」です。これは、規格品を広く確実に伝える方法です。スコットランドのダンスがそうであるように、地域的多様性をならして規格品をつくり、教授メソッドを確立するので伝承の効率は上がりますし、簡単に国境を越えることができます。つまり、地元主義を捨て、ローカルな伝統をワールドワイドに伝承することになります。3つめに、「思い切って革新」方式です。これは、多くの場合、「正当性」にあるていど見切りをつけて、舞台芸術あるいはアートとしての活力を重視することで実現します。
 伝統を受け取る人々のふるまいから「伝統的なもの」を眺めてみると、ひとつのキーワードが浮かび上がります。それが「懐かしさ」です。「懐かしい」と言い合いながら価値観を共有し、懐かしさを軸に共同幻想を作り上げるのは、いまの日本人に共通する行動様式ですが、懐かしさの対象は、しばしば実際に見聞きしたことのないもの(幻想)なのではないでしょうか。伝統の作り手・担い手とそのスポークスマンは、「ふれこみ」技術を用いて伝統消費者の郷愁をかきたて、上手に共同幻想を抱かせようとします。学習プロセスの言語化や公開、衣装や歴史などの見た目や付加情報が、「ふれこみ」技術として最大限に利用されます。
 なぜ今、人々は懐かしいという感情を抱くのか、そしてそれにはどんな意味があるのでしょうか。ごく普通の人々のふるまいを視野に入れ、なおかつパフォーマー、クリエーターの方々との交流から考えさせられるのは、研究者である私たちは何をすべきか、ということです。「伝統的なもの」の秘密を暴くことができる一方で、その真実味をアピールすることもできる。社会にとって何が幸せなことか、考えていく必要があるでしょう。


「『源氏物語』から現代のマンガへ」 北村 結花(神戸大学)

北村 結花(神戸大学)_photo

 『源氏物語』は、明治以降の国民国家形成の過程で国民文学としてカノン化され、与謝野晶子訳や谷崎潤一郎訳といった現代語完訳、即ち原文に「忠実」な翻訳作品が、『源氏物語』の近代における受容に大きな役割を果たしてきました。しかし、戦後、徐々に進行していた活字離れや伝統的な教養の崩壊などを背景に、状況は1970年代以降、劇的かつ急激に変化します。70年代以降の『源氏物語』の翻訳作品の最大の特徴は原文の絶対性の喪失と「読みやすさ」です。円地文子訳をその嚆矢とする70年代以降の現代語訳作品の多くが大幅な加筆を始め、原文に多彩な改変を施し、現代読者にとって読みやすい『源氏物語』を造り上げています。読みやすさを最大限追及することで70年代以降の『源氏物語』の翻訳作品は、『源氏物語』という「伝統的なるもの」を現代に再生する橋渡しを行っていきました。
 そうしたなか、1979年に大和和紀の『あさきゆめみし』の連載が始まります。この作品は現代における『源氏物語』のありようをさらに大きく変貌させました。1999年の段階で1700万部の売り上げという記録が示すように、『あさきゆめみし』は活字による翻訳を遥かに凌駕する読者を獲得します。『あさきゆめみし』以降、活字ではなくマンガで『源氏物語』を読む、という享受スタイルが広く浸透していきます。『あさきゆめみし』以外にも多くのマンガ訳が登場し、代表的なものとして牧美也子訳と江川達也訳が挙げられます。現代の読者はそれぞれの好みのマンガ訳を通して『源氏物語』世界を享受しています。<ハイカルチャーな伝統文化>とされる『源氏物語』と<サブカルチャーな現代文化>とされるマンガが融合し、新たな『源氏物語』世界を造り上げ、それが広範な読者の支持を得たといえるでしょう。
 さらにマンガ訳は、娯楽としての読書にとどまらず、マンガとしての境界を越えていく動きを見せています。『あさきゆめみし』が受験の必読参考書となって久しく、近年では高校の教科書にも登場するようになりました。牧美也子訳は『源氏物語』入門者向けのムック版週刊誌に再掲載されました。また、江川達也訳のように変体仮名表記を行うなど、自ら古典教育を実践するマンガ訳も登場してきています。これまで影響を受けつつも相互不可侵であったアカデミズムや学校教育の領域にマンガ訳が越境することで、新たな『源氏物語』の読みの可能性がひろがっているのかもしれません。しかし同時にこうした動きは、教育、特に受験と深く結びついた現代の『源氏物語』のありようを明瞭に映し出しています。
 こうした状況において、教科書に採用される、つまりはカノン化したともいえる『あさきゆめみし』が今後どのように読まれていくのかなど、さまざまな問いを現代における『源氏物語』は内包しています。そこでは、「伝統的なるもの」としての『源氏物語』が、現代に単純に移植され、再構成されるという一方通行ではなく、『源氏物語』はマンガ訳やさまざまな現代文化と互いに融合し、鬩ぎ合いつつ、現代における自らの立ち位置と新たな物語世界を日々、模索し続けているのではないでしょうか。


コメント 藤田 治彦(大阪大学)

藤田 治彦(大阪大学)_photo

 高松さんに「音楽における伝統と革新」という報告をしていただきました。異文化接触が伝統を生むというお話があり、そこでカリスマ的個人といった言葉が出てきましたが、言うならば、やる気のある個人の行動と工夫が実は重要であるという、そして、モダニズムあっての伝統だというお話でした。懐かしがりたい人々(日本人)、懐かしいと思いたがる心を問題にしたいとコメントをされていたのも興味深く思いました。
 続く北村さんのお話は、『源氏物語』という日本の古典を保とうとする努力のひとつといっていいのでしょうか。しかし、原文を守るのではなくて、大幅な解釈をしてでも伝えようとするのは何かということも問題にされていると思います。伝統の継承と言うと、古典芸能あるいは芸道などを思い浮かべます。また、伝統を受け継ぐというと、分析できない、言葉では説明しきれない総体を受け継ぐというイメージを持つことが多いのですが、そうではない継承の仕方もありうる。その辺が今日のお話の中では大半を占めていたように思います。そうなると、伝統というのは、先ほどのお話にもあったように、例えば、教育の手段なのか、表現の手段なのか、あるいは単なる参照の対象なのか、あるいは、極言するとブランドなのかというようなことまで考えさせられた、興味深いお話だったと思います。
 今日は、第1部、第2部合わせて、文学、音楽、マンガの例が出ましたので、私から、都市、建築についての話を加えます。人文社会科学振興プロジェクトでは「芸術とコミュニケーションに関する実践的研究」の研究グループ長を務め、その関係で、先日、韓国、公州で「芸術と福祉」国際会議を開催してきました。そのあと中国の武漢に飛び、同市に庭園都市を実現しようという国際会議に参加してきました。中国は初めてでしたが、非常に大きな変化、まさに伝統と革新というようなことがテーマの会議に参加してきました。
 庭園都市実現のために世界各国の専門家からアドバイスを聞こうという趣旨でしたが、実際には相当整備は進んでおり、揚子江に流れ込む最大の支流、漢江に沿って3〜4キロがすでに整備されていました。大公園に各種運動補助具がずらりと並び、将来的は6キロ、直線状に並ぶのだそうです。そこに市民の皆さんが出てきて、いろいろな健康体操をするわけです。我々の視察ツアーに地元の新聞記者が随行していてインタビューを受け、本当に市民に愛され使われている素晴らしい公園ですねといったコメントをしましたが、6キロも運動補助具が連なり、市民が運動をしている風景というのも奇妙なものかもしれません。人口13億の大国の近代化が急速に進んでいるわけですが、今までに近代化を遂げたどのような文化、どのような国とも違う過程を経ていくのだろうと感じました。言うならば、伝統をうまく取り入れた新しい伝統の形成のようなものが必要だと感じた次第です。
 この国際会議でいちばん印象的だったのは、運営を手伝ってくれた学生さんたちの非常に献身的な協力と真剣な姿勢でした。私自身は「京都、庭園としての都市」というタイトルで京都の現状について話をしましたが、武漢でも古い住区がどんどん取り壊されて、次々と高層のビル、アパートなどに建て替えられています。そのような状況の中で−環境美学専攻の学生が中心だったのでそのような話になったのですが−日本あるいは京都では、どのようにして古い家や古い住区を保存しているのか知りたいと真剣に質問していたのが非常に印象に残っています。
 このような中国の古い住区の破壊で最も広く知られているのは、オリンピックを2年後に控えた北京での胡同(フートン)と呼ばれる住区の取り壊しです。中国でも、そういったものに対する危惧というか、伝統的な住宅、あるいは住居形式、あるいは生活全体が失われていくことに対する危機感というのは、少なくとも若い人々、特にそれにかかわる大学院生、大学生などの間では非常に高まりつつあると感じました。
 「胡同のひまわり」というチャン・ヤン監督の映画が現在日本でも上映されていると思います。そこで描かれているのは、文化大革命の時代、芸術家(画家)、文化人として批判され、長期の強制労働を終えて家族のもとに帰ってきた父親とその家族です。父親は伝統的な胡同での生活を好む。それに対して、父親不在の間一人で息子を育ててきた母親は、新しい住宅団地、言うならば高層のアパートの住宅団地に入ることを熱望する。そのような対照、これも伝統と革新というような今回の横断フォーラムのテーマに沿って考えられるように思いました。
 1970年代末からの改革開放路線とともに広がった中国の現代芸術。しかし、再びそのような動向を天安門事件が逆転させてしまうわけです。しかし、改革派、あるいは批判派に対する体制側の締めつけや困難な状況にあっても、中国現代美術のさらなる展開を可能にさせたのは、実は国外における活動や評価だったということがあります。
 先ほど、伝統はモダニズムに対峙するものであるというお話がありましたが、ある意味ではグローバリズムに対するのが伝統であると思います。そのような意味でも、現在の中国の都市、北京だけではなくて、武漢をはじめとするすべての大都市で、今こういう状況が起き、中国の若い人々が今このことを問題にしているということを、つい最近深く強く感じてきましたので、簡単ですが、伝統と革新に空間的次元を加え、私のコメントを終わらせていただきます。


感想まとめ


 領域横断フォーラムということで、普段接することのないさまざまな分野の発表から知識を広げられただけでなく、異分野が交わることによる新たな展望に啓発されました。とくに、第一部では、「日本人の美に対する観念」と「文化政策」という二つの異なる分野に、「橋」という具体的な共通項を設けることで、観念と現実社会との関連性を見出すことができるということ、第二部では、音楽と書物という二つの異なる媒体に、「伝統の継承、創造」という共通項を設けることで、普遍性を見出すことができるということです。理解の共有という面では、大きな概念(「文化」や「美」)については、各専門分野における定義を示していただければ、よりわかりやすいだけでなく、さらなる議論が望めるのではないかと思いました。 (東京大学大学院総合文化研究科 大学院生(博士課程))

 普段大学院生が身をおいている専門性の高い研究環境から離れ、第1部では文化というものが構築されている実体について、また第2部では伝統的なものを再構築する方法について、様々な分野のディシプリンに触れることができて非常に勉強になりました。ただ、現在の越境現象や既存のジャンルにとらわれない文化現象を研究するための、方法論についての包括的な議論がもっと必要なのではないかと思いました。また境界への意識がアイデンティティーを構築するという視点が多かったように思うのですが、個人的には、構築された伝統やアイデンティティーが既存の伝統やシステム、共同体外部のシステムなどとどのような関係を持つのか、その相互作用や軋轢等をどのように調査するのかといった点について具体的に聞きたかったです。 (東京大学大学院人文社会系研究科 大学院生(修士課程))