平成15年度日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業研究成果報告書概要



研究推進分野名   昆虫特異機能の発現機構と開発
 
研究プロジェクト名   昆虫の性決定の遺伝子ネットワーク
 
(英文名)   Genetic Network for the Sex Determination in Insects
 
研究期間   平成11年度 〜 平成15年度

プロジェクト・リーダー名 研究経費 総額  381,500千円
氏名・所属研究機関
所属部局・職名
嶋田 透・東京大学
大学院農学生命科学研究科・助教授
内訳 平成11年度 68,000千円
平成12年度 76,500千円
平成13年度 87,000千円
平成14年度 75,000千円
平成15年度 75,000千円

1.研究組織

氏名 所属機関・部局・職 研究プロジェクトでの役割分担
三田和英 独立行政法人農業生物資源研究所・昆虫ゲノム研究チーム・チームリーダー 研究協力者(ゲノム構造解析)
黄色俊一 東京農工大学・農学部・教授 研究協力者(性染色体の機能解析)
(平成11年4月1日から12年3月31日まで)
阿部広明 東京農工大学・農学部・助手 研究協力者(性染色体の機能解析)
(平成12年4月1日から14年3月31日まで)
鈴木雅京

独立行政法人理化学研究所・分子昆虫学研究室・研究員 研究協力者(Bmdsxの機能解析)
(平成14年4月1日から)

2.研究計画の概要

カイコをはじめとする鱗翅目の昆虫における性決定の機構を,遺伝子レベル・分子レベルで解明することを目標とする。カイコのEST・BAC・マイクロアレイなどゲノム資源の開発を進めることにより,ショウジョウバエなど既知ゲノムとの比較解析を実施し,カイコの性決定遺伝子の候補を探索する。それら候補については,発現の雌雄差,個体における発現組織・発現細胞の分布,トランスジェニック技術を用いて過剰発現させた時の表現型,既存の変異体および倍数体などにおける発現状況などを解析する。一方,カイコの性染色体であるW染色体およびZ染色体の物理地図を作成し,性決定機能のある領域を絞り込む。さらにその重要領域の塩基配列を明らかにし,コードされる遺伝子の構造から,性決定における役割を推定する。最終的には,性染色体から複数の性決定遺伝子の産物を経由して性特異的な形質が発現するまでの遺伝子ネットワーク全体を解明する。一方で,14万種を含む鱗翅目昆虫の種間での性決定機構を比較するため,エリサンの性決定遺伝子についても解析を進め,その構造と機能を明らかにする。これらの成果は,従来ショウジョウバエ以外ではまったく分かっていなかった昆虫の性決定機構の解明に大きく貢献する。これらから明らかになる鱗翅目特有の性決定機構は,不妊化による害虫防除や新規農薬の開発のための技術基盤に応用できる。

3.研究目的

昆虫は雌雄異体の生物である。すべての昆虫の雌雄は,遺伝子により決定されており,脊椎動物と異なり,性ホルモンを介さずに細胞自律的に決定される。爬虫類のように性が環境で決定したり,魚類のように発育段階で性が変化したりすることはない。昆虫の性は,昆虫の性決定機構はキイロショウジョウバエを用いて詳細に研究されているが,ショウジョウバエの性はX染色体と常染色体の数比で決定される特殊なものであり,多くの昆虫で強力な性決定遺伝子が支配する機構とは異なっている。本研究では,昆虫の性決定機構の第2のモデルとして,カイコの性決定機構を解析する。性は現代生物学に残された重要な未解決問題の一つであり,昆虫の性決定機構は基礎生物学に大きく貢献する。一方で,衛生学中や農業害虫の生殖を制御する農薬や不妊化技術の開発が社会的に要請されており,また有用昆虫による物質生産能力には雌雄で大きな差異があるが,性の人為的制御は古くから追求されてきた未解決課題である。本研究はこれら応用分野に貢献しうる基盤作りを行う。

4.研究成果の概要

4−1研究計画、目的に対する成果
  1. 性決定研究の基盤としてのゲノム解析:本研究では,性決定の遺伝子レベルでの研究に必要となるEST解析およびcDNAマイクロアレイ作成を生物研および生研機構と連携して実施した。
  2. カイコのW染色体の構造と機能:RAPD解析により,通常のカイコのW染色体を特異的に検出できるDNAマーカーを12個発見した。これらW染色体特異的RAPDを用いて,既存のW染色体変異体の構造を解析した。その結果,限性黄繭系統のW染色体では,12個のマーカーにうちRikishiのみを保有し,残る11個が失われていた。また,雌─雄のゲノミックサブトラクションを繰り返したところ,たった一個のDNA断片のみが再現性よく得られ,この断片は,Rikishiのすぐ近傍にあることが明らかになった。このRikishi領域を起点にしBACクローンによる染色体歩行を実施し塩基配列を決定した結果,このRikishi周辺の限性黄繭残存領域にはユニークな(転移因子以外の)遺伝子が多数存在していた。
  3. カイコのZ染色体の構造と機能:カイコのZ染色体には分化組織特異的な遺伝子がより多く存在すること,ほとんどの遺伝子で量補正が行われないこと,ショウジョウバエ染色体とのsyntenyが無いこと,などを明らかにした。
  4. カイコ限性黒卵の初期胚で雌特異的に発現する遺伝子:ディファレンシャルディスプレイにより産下後36-96時間に雌特異的に発現するRNAを5種類発見した。それらはRNA結合タンパク質などをコードしていた。
  5. doublesexに相同なカイコの遺伝子Bmdsxの構造,発現および機能:ショウジョウバエの性決定カスケードの最下流の遺伝子であるdsxに相同な遺伝子をカイコESTデータベースから発見し,その遺伝子構造を明らかにするとともに,雌雄それぞれに特異的なmRNAアイソフォームが発現することを発見した。性特異的なスプライシングの機構をin vitroで解析し,それがショウジョウバエと異なる機構であることを明らかにした。また,雌雄各アイソフォームmRNAを強制発現するトランスジェニックカイコを作出し個体の表現型を観察した。その結果,雄型Bmdsx mRNAを発現させたトランスジェニック個体では,雌の外部生殖器と内部生殖器に顕著な雄性化が起きていた。
  6. その他のショウジョウバエ性決定遺伝子に相同なカイコの遺伝子の構造と発現:ショウジョウバエの性決定遺伝子のうち多くがカイコESTデータベースに発見された。特に,fruitless,transformer-2およびovarian tumorに相同なカイコの遺伝子について構造と発現を解析した。
4−2研究計画、目的外の成果
  1. W染色体から発見された新規な転移因子の構造と機能:カイコおよびクワコのW染色体は,大半が転移因子の入れ子構造から成っていることを明らかにし,新規な転移因子の宝庫であること,またその中にはベクターとして利用できそうなトランスポゾンも含まれることを明らかにした。
  2. ショウジョウバエの遺伝子量補正実行遺伝子に相同なカイコの遺伝子:カイコのZ染色体に遺伝子量補正が無いことを明らかにしたが,にもかかわらずMLE・MOF・MSL-3の3遺伝子に相同な遺伝子がカイコにもあることを明らかにし,その発現を解析した。
  3. 新たな間性突然変異の発見:pnd-w1系統の中から雌の外部生殖器や内部生殖器が雄的な形態を示す新規な間性突然変異を発見した。
4−3 研究成果の展望
本研究は,昆虫の遺伝学・分子生物学の中で長年空白地帯となっていた「性決定」に分子遺伝学の手法で切り込んだ研究であり,カイコをモデルとして性決定機構の概略を描き出したものである。雌決定遺伝子Femの具体的構造など未解決の問題も残っているが,doublesex (dsx)相同遺伝子が昆虫の性決定で共通に鍵遺伝子として働いていること,さらにdsxの性特異的スプライシングが行われることが昆虫の種を超えた特徴であることを明らかにした。しかし,dsxの性特異的スプライシングの機構が種によって異なっていた。また,鱗翅目昆虫におけるDSXの標的の一つがvitellogenin遺伝子であることを突き止めた。また,従来まったく分かっていなかったW染色体の一次構造について,大量の転移因子が入れ子上に堆積した特殊な構造であることを明らかにした。しかし,その転移因子の海の中に一カ所だけユニーク配列を含む例外的な場所が存在しており,その領域さえあれば雌決定が可能であることをW染色体の欠失変異系統を用いて解明した。また,本研究ではカイコで立ち後れていたゲノム解析,なかでもEST解析およびそれを用いたマイクロアレイの開発に努力し,性決定のみならず昆虫の遺伝子機能解析に新しい方法と材料を提供してきた。

4−4 本事業の趣旨に鑑み、果たした役割
本研究では,従来全く不明だった鱗翅目昆虫の性決定機構を,すべてでないまでも概略を解明することができた。doublesex相同遺伝子の発現を変更すればカイコの雌特異的形態が大幅に雄化することが分かったことは,今後,鱗翅目の農業害虫などでdoublesex相同遺伝子の発現機構を標的にした害虫防除技術や昆虫制御剤の開発につながり,また一方では有用昆虫の育種にも応用可能な知識である。さらにカイコとクワコのW染色体が,ほとんど転移因子のみが堆積した特異な染色体であることを明らかにし,そこに蓄積している転移因子が昆虫への遺伝子導入ベクターとして今後利用可能であることを示した。一方,本研究の基盤作りになったEST解析とその情報を用いて作成されたDNAマイクロアレイは,すでに世界の研究者や企業技術者に広く利用されており,昆虫ゲノム・比較ゲノムの分野に大きな貢献をした。

5.キーワード

1.性決定 2. 性染色体 3.doublesex遺伝子
4.性特異的スプライシング 5.トランスジェニックカイコ 6.生殖器の形態形成
7.限性品種 8.ビテロジェニン 9.遺伝子量補正

6.研究成果発表状況

学術雑誌論文(Journal Papers)
全著者名 論文名
Abe, H., Ohbayashi, F., Shimada, T., Sugasaki, T., Kawai, S., Mita, K., Oshiki, T. Molecular structure of a novel gypsy-Ty3-like retrotranspon, Kabuki and nested retrotransposable elements on the W chromosome of the silkworm, Bombyx mori
学術雑誌名 ページ 発行年
Mol. Gen. Genet
263 ??? 916-924 2000

全著者名 論文名
Ohbayashi, F., Suzuki, M. G., Mita, K., Okano, K. and Shimada, T.
A homologue of the Drosophila doublesex gene is transcribed into sex-specific mRNA isoforms in the silkworm, Bombyx mori
学術雑誌名 ページ 発行年
Comp. Biochem. Physiol
128B ??? 145-158 2001

全著者名 論文名
Abe, H., Ohbayashi, F., Sugasaki, T., Kanehara, M., Terada, T., Shimada, T., Kawai, S., Mita, K., Kanamori, Y., Yamamoto, M.-T., Oshiki, T. Two novel Pao-like retrotransposons (Kamikaze and Yamato) from the silkworm species Bombyx mori and B. mandarina : common structural features of Pao-like elements
学術雑誌名 ページ 発行年
Mol. Gen. Genomics 265 ??? 375-385 2001

全著者名 論文名
Suzuki, M. G., Ohbayashi, F., Mita, K. and Shimada, T.
The mechanism of sex-specific splicing at the doublesex gene is different between Drosophila melanogaster and Bombyx mori
学術雑誌名 ページ 発行年
Insect Biochem. Mol. Biol 31 ??? 1201-1211 2001

全著者名 論文名
Abe, H., Sugasaki, T., Terada, T., Kanehara, M., Ohbayashi, F., Shimada, T., Kawai, S., Mita, K., and Oshiki, T.
Nested retrotransposons on the W chromosome of the wild silkworm Bombyx mandarina
学術雑誌名 ページ 発行年
Insect Mol. Biol 11 ??? 307-314 2002

全著者名 論文名
Koike, Y., Mita, K., Suzuki, M. G., Maeda, S., Abe, H., Osoegawa, K., deJong, P. J., Shimada, T.
Genomic sequence of 320 kb containing a kettin orthologue on the Z chromosome in Bombyx mori
学術雑誌名 ページ 発行年
Mol. Gen. Genomics 269 ??? 137-149 2003

全著者名 論文名
Suzuki, M. G., Funaguma, S., Kanda, T., Tamura, T., and Shimada, T. Analysis of the biological functions of a doublesex homologue in Bombyx mori
学術雑誌名 ページ 発行年
Dev. Genes Evol 213 ??? 345-354 2003

全著者名 論文名
Yokoyama, T., Abe, H., Irobe, Y., Saito, K., Tanaka, N., Kawai, S., Ohbayashi, F., Shimada, T., and Oshiki, T. Detachment analysis of the translocated W chromosome shows that the female-specific randomly amplified polymorphic DNA (RAPD) marker, Female-218, is derived from the second chromosome fragment region of the translocated W chromosome of the sex-limited pB silkworm (Bombyx mori) strain
学術雑誌名 ページ 発行年
Hereditas 138 ??? 148-153 2003

全著者名 論文名
Sahara, K., Yoshido, A., Kawamura, N., Onuma, A., Abe, H., Mita, K., Oshiki, T., Shimada, T., Asano, S., Bando, H., and Yasukochi, Y. W-derived BAC probes as a new tool for identification of the W chromosome and its aberrations in Bombyx mori
学術雑誌名 ページ 発行年
Chromosoma 112 ??? 48-55 2003

全著者名 論文名
Mita, K., Morimyo, M., Okano, K., Koike, Y., Nohata, J., Kawasaki, H., Kadono-Okuda, K., Yamamoto, K., Suzuki, M. G., Shimada, T., Goldsmith, M. R., and Maeda, S. The construction of an EST database for Bombyx mori and its application
学術雑誌名 ページ 発行年
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100 ??? 14121-14126 2003

全著者名 論文名
Markova, E. P., Shimada, T., and Takeda, M. Daily expression patterns of Cycle and Clock genes in the head of the silkworm, Bombyx mori
学術雑誌名 ページ 発行年
Biotech. Biotechnol. Eq 18 ??? 77-81 2003

全著者名 論文名
Manabu, O., Mita, K., Kawasaki, H., Seki, M., Nohata, J., Kobayashi, M., and Shimada, T. Microarray analysis of gene expression profiles in wing discs of Bombyx mori during pupal ecdysis
学術雑誌名 ページ 発行年
Insect Biochem. Mol. Biol ??? ??? ??? (in press)

国際会議発表論文(International Conferences)
全著者名 論文名
Ohbayashi, F., Suzuki, M. G., and Shimada, T. Sex determination in Bombyx mori
学術雑誌名 ページ 発行年
Current Science (Bangalore) 83 ??? 466-471 2002

全著者名 論文名
Mita, K., Morimyo, M., Okano, K., Koike, Y., Nohata, J., Suzuki, M. G., and Shimada, T. Construction of an EST database for Bombyx mori and its applications
学術雑誌名 ページ 発行年
Current Science (Bangalore) 83 ??? 426-431 2002

全著者名 論文名
嶋田 透・鈴木雅京・大林富美・船隈俊介・小池淑子 カイコの性決定の分子機構
学術雑誌名 ページ 発行年
日本比較内分泌学会ニュース 111 ??? 39-46 2003

全著者名 論文名
嶋田 透 カイコの性決定機構−特にショウジョウバエの性決定との比較−
学術雑誌名 ページ 発行年
蛋白質 核酸 酵素 48 ??? 108-115 2004

全著者名 論文名
Abe, H., Mita, K., Yasukochi, Y., Oshiki, T. and Shimada, T. Retrotransposable elements on the W chromosome of the silkworm, Bombyx mori
学術雑誌名 ページ 発行年
Cytogenet. Genome Res. Special issue (Retrotransposable elements and genome evolution) ??? ??? ??? (in press)

著書(Books)

全著者名 書名
嶋田透
カイコのゲノムが解き明かす昆虫の謎 東京大学公開講座76 「ゲノム 命の設計図」 東京大学綜合研究会編
出版者名 出版場所 ISBN番号 ページ 発行年
東京大学出版会 ??? ??? 185-216 2003

全著者名 書名
Suzuki, M. G. and Shimada, T. Transgenic analysis of the biological functions of a doublesex homologue in Bombyx mori
出版者名 出版場所 ISBN番号 ページ 発行年
"Transgenic Silkworms" edited by K. Yoshizato, Landes Bioscience ??? ??? (in press)


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