平成14年度日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業研究成果報告書概要



研究推進分野名   遺伝子発現制御ネットワーク
 
研究プロジェクト名   細胞分化の遺伝子発現制御
 
(英文名)   Regulation of Gene Expression in Cell Differentiation
 
研究期間   平成10年度〜平成14年度

プロジェクト・リーダー名 研究経費 総額 395,240千円
氏名・所属研究機関
所属部局・職名
仲野 徹
大阪大学・微生物病研究所・教授
内訳 平成10年度 75,126千円
平成11年度 81,013千円
平成12年度 75,000千円
平成13年度 81,101千円
平成14年度 83,000千円

1.研究組織

氏名 所属機関・部局・職 研究プロジェクトでの役割分担
中福 雅人 東京大学・大学院医学系研究科・助教授 脳神経細胞の発生・分化
藤田 尚志 東京都臨床医学総合研究所・副参事研究員 免疫応答の細胞分化
木村  透 大阪大学・微生物病研究所・助教授 血液細胞分化の運命付け機構
鈴木  聡 大阪大学・微生物病研究所・講師 血液細胞分化の運命付け機構
米山 光俊 東京都臨床医学総合研究所・研究員 免疫応答の細胞分化
水口留美子 日本学術振興会研究員 脳神経細胞の発生・分化
ほか9名

2.研究計画の概要

 血液細胞、免疫細胞、神経細胞、という、それぞれに特色をもった細胞について、以下のように、細胞分化における遺伝子発現調節機構の解明をおこなうことを計画した。
<血液細胞>
   マウスES細胞から血液細胞への分化誘導システム(OP9システム)を用いた解析をおこなう。OP9システムにおいて、転写因子の機能をon/offすることにより、血液細胞分化にどのような影響を与えるかを解析する。特に、血液細胞分化の運命付けに関与すると考えられている転写因子である、GATA-1、GATA-2、PU.1、RUNX1や、そのdominant negative変異体、あるいはエストロゲン受容体のリガンド結合部位との融合転写因子の、血液細胞分化における機能を解析する。
<免疫細胞>
   インターフェロン系はウイルス感染に対する自然免疫として重要である。インターフェロン系が稼動する為にはウイルス等の感染を感知してインターフェロン産生へ至るシグナル伝達が重要なカギを握っている。この分子機構を解明することを目的として主として転写因子とその活性化に至るシグナルの解析をおこなう。
<神経細胞>
   完成された脳神経系は、異なる形態と機能を持つ極めて多くの種類の細胞群によって構成されており、この多様性が高次の神経・精神機能の基盤となっている。本研究では、このような脳神経系の特徴を踏まえて、細胞レベルでの分化および領域特異性を担うと考えられる転写因子について、その分子機構を解明する。

3.研究目的

 細胞の分化状態は、遺伝子調節のネットワークによって規定されている。血液細胞、免疫細胞、脳神経細胞という三つの生体システムにおいて、以下のような点を目的とした。
1.  血液細胞分化の運命付け機構 : 運命付けの分子機構を明らかにすることを目的に、血液細胞分化過程において、コンディショナルな遺伝子発現を誘導する実験系、および、分化過程における遺伝子発現解析の新しい実験方法の確立をおこなう。また、これらの実験系を用いて、分化過程における遺伝子調節機構を解明する。
2.  免疫応答の細胞分化における遺伝子発現制御 : IRF-3はシグナルの分子スイッチとして機能していると考えられる。以下の事を目的として解析を進めた。1:IRF-3の構造と活性化機構の分子レベルでの解明。2:IRF-3と共同して機能する分子およびその複合体の機能の解明。3:ウイルス感染のセンサーとして機能している分子の解明。4:シグナル経路の解明。
3.  脳神経系細胞の発生と分化を制御する遺伝子ネットワーク : 多分化能と自己複製能を持つ神経幹細胞より神経系を構成する多様なニューロン・グリア細胞が生み出される過程に着目し、その過程で働く転写制御因子群の発現調節ならびに生理機能を明らかにすることを通じて、神経系の発生を制御する遺伝子ネットワークを解明する。

4.研究成果の概要

4−1 研究計画、目的に対する成果
<血液細胞>
   OP9システムとTet-offコンディショナル遺伝子発現系を組み合わせる実験系を開発し、多くの転写因子の血液細胞分化における機能解析をおこなった。そのうちの一つであるGATA-2は、従来の報告とは異なり、造血前駆細胞の増殖を促進させることが明らかとなった。また、そのコンディショナル活性化型であるエストロゲン受容体との融合転写因子は、GATA-2と逆の機能を持つことが明かとなった。
<免疫細胞>
   IRF-3の逆遺伝学的解析により、IRF-3は特異的リン酸化、二量体形成、コアクティベーターp300/CBPとの複合体形成を通して活性化型に転換することを明らかにした。特にX線結晶構造の解析によりIRF-3の2量体の構造が解明された。構造より2量体形成およびp300/CBPとの結合のインターフェースが明らかとなった。発現クローニングによってウイルス感染のセンサーとして機能している分子の候補が得られている。これらのことよりウイルス感染に対する自然免疫機構において重要な働きをしている転写因子IRF-3の活性化機構が分子レベルで解明できた。
<神経細胞>
   発生期の脊髄において、ニューロン、グリア細胞の発生を制御する多くの転写制御因子を同定した。さらに、各転写因子がそれぞれ特異的な組み合わせで時期・部位特異的に発現し、その組み合わせで規定される遺伝子活性に従って、神経幹細胞からのニューロン、オリゴデンドロサイト、アストロサイトの分化が制御されていることを明らかにし、これを元に神経系細胞の発生におけるtranscriptional codeモデルを提唱した。


4−2 研究計画、目的外の成果
 血液細胞の分化機構の研究において、がん抑制遺伝子PTENの機能解析をおこなった。その結果、B細胞およびT細胞の分化に大きな役割を有することが明らかとなった。また、始原生殖細胞の分化においてPTENを欠損、未分化な全能性の細胞へと脱分化させうることを明らかにできた。
 免疫細胞の解析では、IRF-3はウイルス以外の細菌のエンドトキシン等によっても病原体分子の受容体であるToll like receptor(TLR)を介して活性化される事が明らかになった。また、X線構造解析の結果、IRF-3の立体構造はTGF-βによって活性化される転写因子Smadに類似しておりSmadが祖先遺伝子であることが示唆された。
 神経細胞の研究過程において、発生期に働く多くの細胞分化制御因子が、成熟個体に残存する神経幹細胞においても機能していることを見出した。さらにこの知見を元に、成体神経幹細胞を活性化することにより、従来は非常に困難と考えられていた、虚血による脳神経細胞損傷後の新たなニューロンの再生と機能回復が可能であることを明らかにした。


4−3 研究成果の展望
 ES細胞から血液細胞への分化誘導システムを用いた研究では、血液細胞における転写因子を時間的、量的な制御をおこないながら任意に発現させ、その機能を解析することが可能になった。いろいろな転写因子を時間的なファクターを加えながら発現させることにより、一つの転写因子が、細胞分化のコンテキストによって異なる機能を有していることが明らかとなりつつある。この成果は、細胞分化および転写因子の機能を考える上で、新たな概念をもたらす可能性がある。同様の実験系を用いることにより、他の細胞系列においても同様の実験をおこなうことが可能である。また、計画外の研究であるが、PI3キナーゼ、PTENのシグナルが複数の幹細胞システムにおいて、幹細胞の未分化性の維持機構をコントロールしている可能性が明らかとなった。
 免疫細胞の研究では、IRF-3の機能と構造の解析により、これまで提唱されていた活性化モデルが正しくないことが明かとなった。すなわち、燐酸化部位とその受容ポケットが2量体形成の要となっていること、さらにポケットはシグナル受容にも重要な機能を果たしていることが新たに判明した。これらの知見は今後のシグナル解明、さらに、それに基づいた免疫制御方法を開発する上での重要な手がかりを与えるものである。
 神経細胞の研究からは、哺乳動物神経系の細胞分化を制御する遺伝子ネットワークの一端を解明することが出来た。さらにその知見を元に、成体に残存する神経幹細胞を用いて損傷組織の再生・修復をおこなう再生医療の展開に重要な貢献をすることができた。
 これらの研究は、国際的に一流の雑誌に成果を発表した。特に、神経細胞の遺伝子制御ネットワークと再生機構については、いくつかの雑誌のコメンタリーにも取り上げられ、特に高い評価をうけている。


4−4 本事業の趣旨に鑑み、果たした役割
 血液細胞の研究では、新しい手法を用いることにより、従来のloss of functionやgain of functionではわからなかった転写因子の細胞分化における機能を明らかにできる可能性を開いた。また、細胞の分化状態によって、ある転写因子が細胞分化において全く異なる機能を有することを明らかにすることができた。今後、遺伝子ターゲティングにコンディショナルな遺伝子発現を組み合わせる、あるいは、複数の遺伝子をコンディショナルに発現させる、といった実験をおこなうことにより、さらに詳細な機能解析が可能になるものである。
 また、免疫細胞についての研究では、自然免疫機構を制御する重要な転写因子IRF-3の作用機構、さらにはそこに至るシグナルを明らかにすることにより将来の、感染症等の診断、治療への応用への道が開かれた。特に抗ウイルスの自然免疫に関しては、本研究期間中に発現クローニングにより全く新規の遺伝子産物が自然免疫のシグナル伝達に重要であることが判明し、今後の展開が期待できる。
 神経細胞については、細胞レベルでの分化だけではなく、領域特異性といった組織レベルでの分化からも、神経系の発生過程の基礎的理解を進めることができた。また、発生過程と組織の修復・再生の類似性に着目することにより、脳神経の傷害を修復できることを見いだし、その知見を神経疾患の治療に応用できる可能性を拓いたことは、特筆に値する。幹細胞の未分化性維持機構とあわせて、今後、再生医療の分野への応用につながる可能性が大きい。
 若手研究者支援の目的から、本研究には、研究協力者として計6名の日本学術振興会研究員が参加した。うち何名かは、本研究成果における中心的な役割をはたした。

5.キーワード

(1)細胞分化 (2)転写因子 (3)血液細胞
(4)免疫細胞 (5)神経細胞 (6)幹細胞
(7)インターフェロン (8)ニューロン (9)グリア

6.研究成果発表状況

A.学術雑誌論文(Journal Papers)
全著者名 論文名
Tohru Kimura, Akira Suzuki, Yukiko Fujita, Kentaroh Yomogida, Hilda Lomeli, Noriko Asada, Megumi Ikeuchi, Andras Nagy, Tak W Mak, Toru Nakano Conditional loss of PTEN leads to testicular teratoma and enhances embryonic germ cell production
学術雑誌名 ページ 発行年
Development 130 8 1691-1700 2003

全著者名 論文名
Akira Suzuki, Tsuneyasu Kaisho, Minako Ohishi, Manae Tsukio-Yamaguchi, Takeshi Tsubata, Takehiko Sasaki T, Tak W Mak, Toru Nakano Critical roles of Pten in B cell homeostasis and immunoglobulin class switch recombination
学術雑誌名 ページ 発行年
J. Exp. Med. 197 5 657-667 2003

全著者名 論文名
Kenji Kitajima, Masaaki Masuhara, Takumi Era, Tariq Enver, Toru Nakano GATA-2 and GATA-2/ER display opposing activities in the development and differentiation of blood progenitors
学術雑誌名 ページ 発行年
EMBO J. 21 12 3060-69 2002

全著者名 論文名
Masahiro Yamamoto, Shintaro Sato, Hiroaki Hemmi, Hideki Sanjo, Satoshi Uematsu, Tsuneyasu Kaisho, Katsuaki Hoshino, Osamu Takeuchi, Masaya Kobayashi, Takashi Fujita, Kiyoshi Takeda and Shizuo Akira Essential role of TIRAP/Mal for activation of the signaling cascade shared by TLR2 and TLR4
学術雑誌名 ページ 発行年
Nature 420 ??? 324-329 2002

全著者名 論文名
Suhara, W., Yoneyama, M., Kitabayashi, I. and Fujita, T. Direct involvement of CREB-binding protein/p300 in sequence-specific binding of virus-activated interferon regulatory factor-3 holocomplex
学術雑誌名 ページ 発行年
J. Biol. Chem. 277 ??? 22304-22313 2002

全著者名 論文名
Hirofumi Nakatomi, Toshihiko Kuriu, Shigeo Okabe, Shin-ichi Yamamoto, Osamu Hatano , Nobuataka Kawahara, Akira Tamura, Takaaki Kirino, Masato Nakafuku Regeneration of hippocampal pyramidal neurons after ischemic brain injury by recruitment of endogenous neural progenitors
学術雑誌名 ページ 発行年
Cell 110 4 429-441 2002

全著者名 論文名
Daisuke Kobayashi, Makoto Kobayashi, Kunio Matsumoto, Toshihiko Ogura, Masato Nakafuku, Kenji Shimamura Early subdivisions in the neural plate define distinct competence for inductive signals
学術雑誌名 ページ 発行年
Development 129 1 83-93 2002

全著者名 論文名
Akira Suzuki, Manae Tsukio-Yamaguchi, Toshiaki Ohteki, Takehiko Sasaki T, Tsuneyasu Kaisho, Yuki Kimura, Ritsuko Yoshida, Andrew Wakeham, Tetsuya Higuchi, Manabu Fukumoto, Takeshi Tsubata, Pamela S Ohashi, Shigeo Koyasu, Josef Penninger, Toru Nakano T, Tak W Mak T-cell specific loss of PTEN leads to defects in central and peripheral tolerance
学術雑誌名 ページ 発行年
Immunity 14 5 523-534 2001

全著者名 論文名
Rumiko Mizuguchi, Michiya Sugimori, Hirohide Takebayashi, Hidetaka Kosako, Motoshi Nagao, Shosei Yoshida, Yo-ichi Nabeshima, Kenji Shimamura, Masato Nakafuku Combinatorial roles of olig2 and neurogenin2 in the coordinated induction of pan-neuronal and subtype-specific properties of motoneurons
学術雑誌名 ページ 発行年
Neuron 31 5 757-771 2001

全著者名 論文名
Noboru Motoyama, Tohru Kimura T, Tomomi Takahashi, Takeshi Watanabe, Toru Nakano bcl-x prevents apoptotic cell death of both primitive and definitive erythrocytes at the end of maturation
学術雑誌名 ページ 発行年
J. Exp. Med. 189 11 1691-1698 1999

全著者名 論文名
Masa-aki Torii, Fumio Matsuzaki, Noriko Osumi, Kozo Kaibuchi, Shun Nakamura, Sally Casarosa, Francois Guillemot, Masato Nakafuku Transcription factors Mash-1 and Prox-1 delineate early steps in differentiation of neural stem cells in the developing central nervous system
学術雑誌名 ページ 発行年
Development 126 3 443-456 1999

全著者名 論文名
Yoneyama, M., Suhara, W., Fukuhara, Y., Fukuda, M., Nishida, E. and Fujita, T. Direct Triggering of the Type I Interferon System by Virus Infection: Activation of a Transcription Factor Complex Containing IRF-3 and CBP/p300
学術雑誌名 ページ 発行年
EMBO J. 17 ??? 1087-1095 1998

B.国際会議発表論文(International Conferences)
全著者名 論文名
Masato Nakafuku Regenerative capacity of neural stem cells in the adult mammalian brain(invited)
会議名 開催場所 論文番号 ページ 発表年
The 3rd International Symposium on Neuroprotection and Neurorepair Magdeburg, Germany ??? ??? 2003

全著者名 論文名
Masato Nakafuku Regenerative capacity of neural stem cells in the adult mammalian brain (invited)
会議名 開催場所 論文番号 ページ 発表年
The 6th IBRO World Conference-Satellite Symposium on Neural Stem Cells and Brain Repair Prague, Czech ??? ??? 2003

全著者名 論文名
Toru Nakano Regulation of germ cell differentiation and proliferation by PTEN
会議名 開催場所 論文番号 ページ 発表年
Cold Spring Harbor Meeting "Germ Cell" Cold Spring Harbor, USA ??? ??? 2002

C.著書(Books)
全著者名 書名
仲野 徹 幹細胞とクローン
出版者名 出版場所 ISBN番号 ページ 発行年
羊土社 東京 $ISBN4-89706-295-0 1-116 2002

全著者名 書名
中福雅人 神経幹細胞−脳の再生医学への応用(高倉公朋, 監修)
出版者名 出版場所 ISBN番号 ページ 発行年
先端医療技術研究所 東京 ISBN4-925089-08-0 192-199 2000


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