平成14年度日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業研究成果報告書概要



研究推進分野名   電子社会システム
 
研究プロジェクト名   情報倫理の構築
 
(英文名)   Foundations of Information Ethics
 
研究期間   平成10年度〜平成14年度

プロジェクト・リーダー名 研究経費 総額  448,370千円
氏名・所属研究機関
所属部局・職名
水谷雅彦・京都大学
大学院文学研究科・助教授
内訳 平成10年度 56,646千円
平成11年度 83,205千円
平成12年度 97,587千円
平成13年度 90,932千円
平成14年度 120,000千円

1.研究組織

氏名 所属機関・部局・職 研究プロジェクトでの役割分担
土屋 俊 千葉大学・文学部・教授 応用倫理学との関連
越智 貢 広島大学・文学研究科・教授 教育における諸問題
名和小太郎 前関西大学・総合情報学部・教授 法律的観点との関連

2.研究計画の概要

 まず、内外の情報倫理に関する資料を網羅的に収集し、ネットワーク上で利用可能なデータベースを構築することが必要である。倫理問題の実例や、各国の法規、各機関における倫理綱領などの一次資料に加えて、情報倫理に関するあらゆる研究文献を収集し、国内初の情報倫理資料センターとしての役割を果たしうるものが求められている。また、電子ネットワークの性質上、一国の政策決定や立法化に限定されない視野が必須であるため、海外での実態調査や研究者との討議、研究協力は不可欠であり、これにより先のデータベースも諸外国のそれとリンクされ、本研究も国際的な共同研究へと発展しうる。
 さらに、当該の問題群への取り組みが相当の専門的知識を要求することに鑑み、情報通信工学の専門家や社会学的分析を行なえる研究者との共同研究を行なう。これについては、電子情報通信学会において開催されており、本研究のコアメンバーも参加している情報通信倫理研究会と連携した研究体制を確立する。
 また、コンピュータの利用層が若年化していることを鑑みれば、情報倫理の問題が情報教育との密接な関係を持つことは明らかであるが、この点についても内外の教育機関との連携において、理想的な情報倫理教育のありかたを考察して、具体的な教育システムの構築への提言を行なうことが目標とされる。このために、100校プロジェクトなどの初等中等教育における試みと連携する。

3.研究目的

 「情報倫理(Information Ethics)」は、「応用倫理学(Applied Ethics)」の最も新しい部門の一つである。一般に応用倫理学とは、今世紀の後半に爆発的に発展したテクノロジーが人間社会につきつけた新しい問題群に既成の社会的諸規範が即応しえていないという問題意識に基づいて、現代社会特有の倫理的コンフリクトの解決をめざす学問領域であるといえる。先に拓かれた領域としての生命倫理や環境倫理は、わが国においても一定の成果をあげているといってよいが、情報倫理の領域は、わが国のみならず世界的に見ても未だ萌芽的な研究にとどまっている。しかし、コンピュータ・サイエンスの急速な進歩、さらにはインターネットに代表される世界的なコンピュータ・ネットワークの発達がもたらした倫理的問題の解決は、その緊急度の点においても最大級の課題となっている。特に、コンピュータやネットワークの不正使用、ネットワークと文化間摩擦、プライバシー管理、ネットワークにおける著作権や責任といった問題は、各種専門領域をこえて早急に議論される必要がある。
 本研究プロジェクトは、このような状態に対応すべく、国内においてすでにこの領域での研究に着手している倫理学者を中心に、社会学、情報通信工学、法学などの研究者の協力を得て、世界的レベルでの情報倫理学の構築をめざす。

4.研究成果の概要

4−1 研究計画、目的に対する成果
 5年間を通じて、内外の情報倫理に関する資料、研究文献を網羅的に収集した。玉石混淆かつ賞味期限の短い資料や文献の多い中、古典となりうるものの選定、紹介を綿密に行ない、国内初の情報倫理資料センターとしての基盤形成に成功した。また、文献の収集のみならず、海外での実態調査や研究者との討議を通じて得られた知見に基づき、国内の倫理学者たちの手によって情報倫理に関する研究論文が執筆され、世界的レベルでの情報倫理学の構築に着手した。その成果の一部が『情報倫理学研究資料集』(全4巻、総頁数約1700頁)に集約されている他、『情報倫理学』(ナカニシヤ出版)、『情報倫理の構築』(新世社)など情報倫理学の誕生を広く社会に知らしめる形での成果発表も行なわれた。また、社会学的分析を行える研究者と連携して、日常生活における倫理とインターネット空間での倫理についての人々の意識と行動の実態を把握し、個人の属性による情報倫理に関する意識と行動の特徴を明確化するための調査が日本、シンガポール、米国で行なわれた。調査結果は、『インターネット上の倫理行動の構造に関する国際比較調査-情報倫理と日常倫理との関連性を中心に-調査報告書』として結実している。
 さらに、広島大学拠点では、50回に及ぶ定例研究会や国内ワークショップおよび国際ワークショップの開催等によって、内外の多くの研究者や教育現場の教師との連携が図られ、それを通じて我が国の情報倫理教育のあり方についての研究と、その成果の現場へのフィードバックがなされた。その成果は『FINE広島研究会報告集』(全13巻)などに集約されている。また、千葉大学拠点では、北米の大学におけるプライバシーポリシーのデータベース、人文科学関連全文テキストデータベースを構築し、一般の利用に供することにより、当初の目的を完全ではないが十分に達成した。なお、千葉大学における研究会の成果は『FINE千葉大学拠点研究報告書』(全11巻)などに集約されている。

4−2 研究計画、目的外の成果
 医療情報学会や看護情報研究会との連携の下に、日本医学哲学倫理学会国内学術交流委員会、日本病院管理学会指定研究会、及び日本医療情報学会「医療情報のプライバシー保護」研究会との共催で計3回の「医療情報倫理ワークショップ」を企画、開催することで、医療情報の電子ネットワーク化に伴う情報倫理の課題整理を行い、有効な情報の共有化と情報倫理規範(プライバシー保護、守秘義務など)とのシステム的整合性を模索するための、共同研究の基盤が確立された。広島大学拠点では、文部科学省やCEC、TAO等の関連機関との協力の下に、情報倫理教育用教材の開発等にも携わり、我が国ではじめての情報モラル研修教材が作成された。また、シンガポールなどの諸外国との連携によって、我が国の情報倫理教育を批判的に考察するとともに、それらの成果を諸外国への国際協力へと結びつける基礎も築かれた。千葉大学拠点におけるデータベース構築作業において、事例データベースの有効利用には、特性の組み合わせを柔軟に処理するフレームが必要であることが判明した。そのため今後の開発においてはエキスパートシステムや会話分析、データマイニング等の手法を活用した表現手法の研究が重要であることが示された。

4−3 研究成果の展望
 本プロジェクトでは、主に、コンピュータやネットワークなどの情報技術がもたらした現代の倫理的問題の解決を目指して情報倫理学の構築が試みられてきたが、それにとどまらず、ヒトゲノム解析研究における遺伝情報の管理問題、電子カルテなどの医療情報システムの問題、地球環境に関する統計データの取り扱いをめぐる問題、「情報公開」や「内部告発」の問題などを情報という観点から考察する試みも行われてきた。これは、従来生命倫理学や環境倫理学、ビジネス倫理学といった応用倫理学の特定分野に属するとされてきた問題について、情報という観点から「分野」横断的に考察する視座を確立しようとする試みに他ならない。この試みは、「たこつぼ化」が危惧される応用倫理学に対して顕在的・潜在的インパクトを与えたはずである。さらに、例えば、著作権や特許に関する考察は、「知を所有することはいかなることか」といったハードな哲学的倫理学的問いを惹起するとともに、この問いに向かうための新たな観点を提供しうる。このように、本プロジェクトの研究成果は従来の哲学や倫理学の研究をより豊かなものにする、という展望も得られた。千葉大学拠点ではさらに、社会学や教育政策との統合の必要性を明らかにした。とくに社会学・政治学的な側面が不可欠であり、概念分析と統計的な手法を用いた実証研究の結合による有機的な連環の形成が期待される。また方法論的な次元に関わる地域的、文化的な文脈の比較研究を通じて、情報倫理のグローバルな対象に関する研究としての「文化情報学」の構築が考えられる。
 また、広島大学拠点では、主に情報倫理教育のあり方について検討してきた。それによって、情報倫理教育だけでなく、教育全体の今後のあり方についての先駆的な研究成果を残すこともできた。学校の情報化は、今後の学校のあり方を大きく変える契機となるものであり、したがって情報化が子供たち、教師、学校、親や地域社会に与える影響や、そこでの教育のあり方を模索することは、今後ますます必要になる。その意味で、本プロジェクトの研究成果は今後のこの分野の研究の基礎になるものと考えられる。

4−4 本事業の趣旨に鑑み、果たした役割
 我が国の情報化の急速な普及は、国民に多くの利便性を提供するものではあるが、その反面で様々な問題を引き起こすであろうことも指摘されている。こうした状況において、我が国の「豊かな国民生活の実現」のためには、インフラや法制度の整備だけでなく、それらに関する批判的考察が必要であり、また、実践的には、利用者としての国民の情報モラルの修得が不可欠である。例えば、本プロジェクト広島大学拠点では、未来の豊かな情報化社会を支えるべき子供たちの情報モラルの教育に関する研究が行われ、情報倫理教育を取り巻くこれまでの我が国の状況が批判的に検討され、今後の我が国の教育に何が必要なのかが明らかにされた。こうした試みは、安全で豊かな社会基盤についての研究として大きな意義があった。そして、社会からの多様な要請に応えて、医療情報の問題やプライバシーの問題など、現実に即応した形での研究を行うとともに、基礎的で重要な倫理学的問題に関する基本文献の収集、それらに基づいた学術論文の執筆など、学術的な知的資産の形成にも貢献した。
 京都大学、千葉大学、広島大学の三拠点において、ポスドク段階の若手研究者を主力メンバーとして参加させ、国際シンポジウムの開催準備、海外における国際学会での報告、国内における各種研究会の運営等を行わせるなど、実務と研究両面にわたる若手研究者の育成にも貢献した。
 さらに、本プロジェクトのメンバーがComputer Ethics: Philosophical Enquiry(CEPE)、International Conference on the Social and Ethical Impacts of Information and Communication Technologies(ETHICOMP)などの国際学会に報告者として参加し、世界レベルでの情報倫理学構築に参画することによって、国際的な視野に立つ研究を推進することに成功した。
 また、本プロジェクトが人文科学系の研究者を主体として実行され一定の成果を挙げたことは、人文科学における大規模な共同研究が可能であることの証左であり、本プロジェクトは、今後の人文科学のあり方に対して大きな示唆をもたらすものであったと思われる。

5.キーワード

(1)情報倫理 (2)情報化社会 (3)IT革命
(4)コンピュータ倫理 (5)技術倫理 (6)応用倫理
(7)インターネット    

6.研究成果発表状況

A.学術雑誌論文(Journal Papers)
全著者名 論文名
水谷雅彦 医療情報とプライバシー--情報倫理学の視点から-
学術雑誌名 ページ 発行年
家族性腫瘍 3 1 22-25 2003

全著者名 論文名
Masahiko Mizutani Medical Information and Privacy: From an Information Ethical Perspective
学術雑誌名 ページ 発行年
Journal of Familial Tumor 3 1 22-25 2003

全著者名 論文名
水谷雅彦 プライバシー概念の再検討と現実的諸問題
学術雑誌名 ページ 発行年
情報社会の秩序問題(法哲学年報2001) ??? ??? 22-37 2002

全著者名 論文名
Masahiko Mizutani Some Philosophical Aspects of the Privacy Issues in the Age of the Internet
学術雑誌名 ページ 発行年
Problems of Order in the Information Society (The Annals of Legal Philosophy 2001) ??? ??? 22-37 2002

全著者名 論文名
水谷雅彦 住基ネットとプライバシーの「危機」
学術雑誌名 ページ 発行年
法学セミナー 7 571 41-43 2002

全著者名 論文名
Masahiko Mizutani Basic Resident Register Network and Privacy “crisis”
学術雑誌名 ページ 発行年
Hougaku-Seminar 7 571 41-43 2002

全著者名 論文名
板井孝一郎 医療情報におけるIT化と情報倫理-患者のプライバシー権を擁護するとは?
学術雑誌名 ページ 発行年
理想 ??? 668 38-50 2002

全著者名 論文名
Koichiro Itai What Is Privacy Protection of Patients?
学術雑誌名 ページ 発行年
Risou ??? 668 38-50 2002

全著者名 論文名
Koichiro Itai, Atsushi Asai Clinical Ethics Discussion: Should a physician be allowed to prescribe psychotropic drugs for a delusional patient without explicit explanation regarding diagnosis and treatments?
学術雑誌名 ページ 発行年
Eubios Journal of Asian and International Bioethics (EJAIB) 12 1 21-25 2002

全著者名 論文名
水谷雅彦 「高度情報化時代」における技術と倫理
学術雑誌名 ページ 発行年
思想 7 926 108-120 2001

全著者名 論文名
Masahiko Mizutani Technology and Ethics in a Higher Information-oriented Society
学術雑誌名 ページ 発行年
Shiso[Thought] 7 926 108-120 2001

B.国際会議発表論文(International Conferences)
全著者名 論文名
Syun Tutiya Internet Ethics and Education in Japan
会議名 開催場所 論文番号 ページ 発表年
The Proceedings of Human.Society@Internet(Invited) Soeul, Korea ??? 38-45 2001

全著者名 論文名
Mitsugu Ochi Proceedings of the Conference on Computer Ethics - Philosophical Enquiry
会議名 開催場所 論文番号 ページ 発表年
CEPE2000 Dartmouth College, Hanover, NH ??? ??? 2000

全著者名 論文名
Masahiko Mizutani Information Ethics in the Age of the Internet; Some Aspects from a Japanese Point of View(Invited)
会議名 開催場所 論文番号 ページ 発表年
Philosophy Department Dartmouth College Sapientia Lecture Series Dartmouth College, Hanover, NH ??? ??? 1999

C.著書(Books)
全著者名 書名
越智貢,土屋俊,水谷雅彦,吉田純,高橋久一郎,相原玲二,江口聡,加藤尚武,名和小太郎,奥野満里子 情報倫理学-電子ネットワーク社会のエチカ(越智貢,土屋俊,水谷雅彦編)
出版者名 出版場所 ISBN番号 ページ 発行年
ナカニシヤ出版 京都 ISBN4-88848-573-9 1-340 2000

全著者名 書名
Mitsugu Ochi, Syun Tutiya, Masahiko Mizutani, Jun Yoshida, Kyuichiro Takahashi, Reiji Aihara, Satoshi Eguchi, Hisatake Kato, Kotaro Nawa, Mariko Okuno Information Ethics(Editor: Mitsugu Ochi, Syun Tutiya, Masahiko Mizutani)
出版者名 出版場所 ISBN番号 ページ 発行年
Nakanishiya-shuppan Kyoto ISBN4-88848-573-9 1-340 2000

全著者名 書名
水谷雅彦,越智貢,土屋俊,高橋久一郎,塩谷賢,江口聡,坪井雅史,板井孝壱郎,奥田太郎,奈良由美子,伊勢田哲治 情報倫理の構築(水谷雅彦,越智貢,土屋俊編)
出版者名 出版場所 ISBN番号 ページ 発行年
新世社 東京 ISBN??? 1-??? 2003

全著者名 書名
Masahiko Mizutani, Mitsugu Ochi, Syun Tutiya, Kyuichiro Takahashi, Ken Shiotani, Satoshi Eguchi, Masashi Tsuboi, Koichiro Itai, Taro Okuda, Yumiko Nara, Tetsuji Iseda Foundations of Information Ethics(Editor: Masahiko Mizutani, Mitsugu Ochi, Syun Tutiya)
出版者名 出版場所 ISBN番号 ページ 発行年
Shinsei-sha Tokyo ISBN??? 1-??? 2003


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