平成13年度日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業研究成果報告書概要



研究推進分野名 食資源動物の科学
 
研究プロジェクト名 食資源動物生産、特に個体サイズの内分泌学的並びに遺伝子工学的制御
 
(英文名) Endocrinological and Biotechnological Control of Body Growth and Reproduction in Domestic Animals
 
研究期間 平成9年度 〜 平成13年度

プロジェクト・リーダー名 研究経費 299,588千円
氏名・所属研究機関
所属部局・職名
西原真杉 ・東京大学 ・大学院農学生命科学研究科 ・教授 内訳 平成 9年度65,787千円
平成10年度60,504千円
平成11年度58,293千円
平成12年度58,004千円
平成13年度57,000千円

1.研究組織

氏名 所属機関・部局・職 研究プロジェクトでの役割分担
塩田 邦郎 東京大学・大学院農学生命科学研究科・教授 DNAメチル化と細胞分化に関する研究
森  裕司 東京大学・大学院農学生命科学研究科・教授 反芻動物の生殖フェロモンに関する研究
岩倉洋一郎 東京大学・医科学研究所・教授 サイトカイン遺伝子機能に関する研究
佐藤 英明 東北大学・大学院農学研究科・教授 血管増殖による排卵数増加に関する研究

2.研究計画の概要

 現在の我々の生活の中で、食糧としての動物由来生産物は必要不可欠なものとなっているが、人口問題や環境問題が深刻さを増す状況下では、限りある動物資源をより効率的に活用することが求められる。食資源動物の潜在的な能力を最大限に引き出し、高度利用していくためには、動物のもつ本来の生理機能を解析し、恒常性の維持メカニズムに介入し制御する方法論を開発する必要がある。
 本プロジェクトは、動物の生殖と成長に焦点を当て、それらを支配している脳や内分泌系の仕組みを分子レベルで解明し、遺伝子工学的手法等を用いてそれらを人為的に制御することにより、動物の繁殖効率や個体サイズ、脂肪蓄積を制御するあたらしいアプローチを開発することを目指して計画された。我々が従来同定してきたこれらの機能制御に関わる遺伝子群について、遺伝子導入あるいは標的破壊したラットやマウスを多用して遺伝子機能に関する基礎的研究を推進するとともに、シバヤギ(研究用のクローズドコロニーが確立している在来種)をモデル動物として実証研究を展開し、さらに食資源動物への遺伝子導入の隘路を克服するような新規遺伝子改変動物作出法の開発を試みる。並行して、フェロモンを用いた性腺刺激ホルモンの分泌促進、血管増殖因子を用いた排卵数の増加、DNAメチル化解析によるクローン動物作出効率の向上など、有用形質を発現する動物の繁殖をサポートし、効率良く系統化するための新規アプローチの開発を行う。以上のような研究開発により、最終的には画期的な動物生産の質的、量的改善のための方法論の確立を目指す。

3.研究目的
1.哺乳動物における性周期回帰機構の解明とその制御(西原)
2.脳の性分化関連遺伝子群の探索と分子機構の解析(西原)
3.成長ホルモン分泌制御による個体サイズと脂肪蓄積の制御(西原)
4.精巣経由遺伝子導入法による新規遺伝子改変動物作出法の開発(西原)
5.神経細胞分化に関与する胎仔脳特異的分子の探索と機能解析(塩田)
6.反芻動物における生殖フェロモンの同定と応用(森)
7.生体恒常性維持におけるサイトカイン遺伝子の役割の解明(岩倉)
8.血管新生の制御による排卵数増加法の開発(佐藤)

 (括弧内は主たる研究担当者)

4.研究成果の概要
4−1 研究計画、目的に対する成果
1. 20α-水酸化ステロイド脱水素酵素遺伝子のノックアウトマウスでは性周期が延長することを見出し、本遺伝子を黄体に発現させるによりシバヤギの性周期を6日に短縮できることを示した。
2. アンドロゲンによる視床下部グラニュリン遺伝子の発現が脳の雄性化に必須の過程であることを明らかにした。さらに、p27Kip1、p130、ニューログリカンCなどの遺伝子がグラニュリンの下流で機能していることを示唆した。
3. 成長ホルモントランスジェニックラットを用いた解析により、成長ホルモンは高レベルでは成長促進作用、低レベルでは顕著な脂肪蓄積作用を有することを示した。
4. 精巣経由遺伝子導入法によりトランスジェニックラットの作出に成功した。シバヤギでは当初導入に成功したと考えられたが後にモザイクであることが判明し、現在精子の核蛋白であるプロタミンを用いた遺伝子導入効率の向上に取組んでいる。
5. 胎仔脳で特異的に発現する蛋白としてPAL31を同定し、さらに同分子がアポトーシス抑制作用をもつことを見出した。
6. ジヒドロテストステロンにより頭部皮脂腺に誘導される4エチルオクタン酸の代謝産物が、性腺刺激ホルモン分泌を促進する生殖フェロモンであることを明らかにした。
7. ノックアウトマウスを用いた解析により、IL-1シグナルが摂食や脂肪蓄積に重要な役割を果たしていることを見出し、食資源動物の肥育に応用可能であると考えられた。
8. ヒアルロン酸が卵母細胞の生存促進作用と血管増殖促進作用を合わせもつことを明らかにするとともに、甲状腺ホルモンに排卵数増加作用があることを示した。

4−2 研究計画、目的外の成果
 成長ホルモンによる脂肪蓄積機構を追究する過程で、いわゆる霜降り肉などに見られる骨格筋における脂肪細胞の起源に関する研究に着手し、筋衛星細胞の初代培養系を確立した。この培養系を用いて、適切な分化誘導因子を用いることにより、筋衛星細胞が脂肪細胞に分化転換しうることを示唆する結果を得た。間葉系幹細胞の分化に関する基礎生物学的研究への貢献とともに、霜降り肉の作出に新たな方法論を提供するものである。また、シバヤギを用いて成長ホルモン分泌制御機構の解析を試み、第3脳室内の脳脊髄液の連続採取法と複数の神経ペプチドのアッセイ系を確立し、神経ペプチド群による成長ホルモンパルス発生機構を世界で初めて実証した。
 一方、プロジェクトメンバーの塩田らは発生過程における細胞分化のメカニズムを追究する過程でDNAのメチル化に着目し、ゲノム全域の数千箇所を解析し、細胞、組織特異的にメチル化による分子就職を受けていることを明らかにした。ゲノムDNAのメチル化は細胞、組織特有の遺伝子発現パターンを規定しており、その解析によりクローン動物作成の効率化を達成できるものと考えられる。

4−3 研究成果の展望
 哺乳類の性周期には、食資源動物やヒトに見られるような3〜4週間の完全性周期と、齧歯類に見られるような約4日間の不完全性周期とがある。本研究においては、このような哺乳類の生殖戦略の根幹をなす性周期に関する表現型を決定する遺伝子、さらに雌雄それぞれの性的役割を果たすために必要な脳機能の方向性を決定する遺伝子などを同定し、「性周期」や「性分化」などの巨視的な生物学的現象を分子レベルで語ることを可能にした。これらの成果は、海外の学術雑誌からの依頼総説としても発表された。一方、トランスジェニックラットを用いた研究から、成長ホルモン分泌抑制による脂肪蓄積機構の分子メカニズムを明らかにするとともに、ノックアウトマウスを用いた解析によりサイトカインシグナルの生体恒常性維持における新たな意義を見出した。さらに、骨格筋内の脂肪細胞の起源について、筋衛星細胞の分化転換という新たな可能性を提起した。これらの成果は、骨格筋内への脂肪蓄積、すなわち霜降り肉作出の新規アプローチの開発に直接繋がるものである。
 本研究では、哺乳類の発生・分化の分子基盤としてゲノムワイドにDNAメチル化状況を解析し、細胞の種類や組織ごとにDNAのメチル化パターンが異なることを発見した。本発見は発生の分子機構に新たなパラダイムを提供し、クローン発生についての考え方にも大きな影響を与えるとともに、クローン動物作出効率の向上を図る技術開発への応用が期待できる。また、哺乳類におけるプライマーフェロモンが4エチルオクタン酸の代謝産物であることを初めて実証した。フェロモンは生殖行動だけでなく、摂食活動や活動レベルにも変化をもたらすことが明らかにされており、また最近では動物の緊張状態を高める警戒フェロモンや、逆に緊張を解きリラックスさせる安寧フェロモンなどの存在が示唆されている。動物が自ら作り出すフェロモンを繁殖効率の改善やストレス状態の緩和に応用するという新たな実用技術の展開が大いに期待される。さらに、血管増殖因子による排卵数増加のための方法論の確立は、食資源動物のみならず希少動物の遺伝子資源の保全にも展開できるものである。

4−4 本事業の趣旨に鑑み、果たした役割
 ヒトやマウスでゲノムの解読がほぼ完了しようとしており、世界的に研究の流れはポスト・ゲノムの時代を迎えようとしているが、依然として多くの遺伝子の機能は未解明のまま残されており、その解明が急務となっている。一方で、遺伝子工学的手法等を用いて動物の形質を制御するためには、導入遺伝子の選択が重要な課題となるが、そのためには実験動物や食資源動物、さらにはヒトを含む多くの動物種におけるゲノムあるいは遺伝子機能の比較生物学的研究により、対象とする遺伝子の本来の生物学的な役割、あるいは意義を解明することが重要である。本研究では、多くの遺伝子改変動物を作出して遺伝子機能を解析し、食資源動物への応用の可能性を示した。20α-水酸化ステロイド脱水素酵素遺伝子のノックアウトマウスについては現在特許を出願中であり、またグラニュリン遺伝子ノックアウトマウス、生殖フェロモンについても特許出願を予定している。一方、本研究で確立を試みた精巣経由遺伝子導入法では、ラットでは遺伝子導入に成功したが、シバヤギではモザイクであった。現在、DNA-リポソーム複合体にさらにプロタミンモチーフをもつ合成ペプチドを結合させることにより導入効率を向上させることができることを見出し、実用技術としての確立を急いでいる。本手法を確立することができれば、実験動物や資源動物への簡便かつ低コストの遺伝子導入法として広く普及する可能性がある。
 規制緩和が進む中で、我国の畜産業を維持し、一定の自給率を確保するためには付加価値と安全性の高い畜産物を供給していくことが求められる。本研究は動物の成長と生殖の分子機構に関する基礎的研究を応用技術の開発へと展開するインターフェースとしての役割を果たすもので、性周期の短縮、骨格筋への脂肪蓄積、生殖フェロモンによる繁殖効率の向上など、動物の機能制御に向けての新しいアプローチを示した。今後の食糧問題への対応として、食資源動物の生理機能に関わる生物学的な知見の集積と、その機能制御のための技術の革新がさらに重要性を増すものと考えられ、本研究の成果はこのような研究の推進に新たな方向性を示すものとなると考えている。

5.キーワード

(1)性周期、(2)性分化、(3)成長ホルモン
(4)脂肪蓄積、(5)精巣経由遺伝子導入法、(6)DNAメチル化
(7)フェロモン、(8)サイトカイン、(9)過剰排卵

6.研究成果発表状況

A.学術雑誌論文(Journal Papers)
全著者名 論文名
Masatoshi Suzuki, Masugi Nishihara Granulin precursor gene: a sex-steroid inducible gene involved in sexual differentiation of the rat brain (Invited)
学術雑誌名 ページ 発行年
Mol. Genetic. Metab. 75 1 31-37 2002

全著者名 論文名
Naoko Kimura, Yoshiaki Konno, Kazuchika Miyoshi, Hiromichi Matsumoto, Eimei Sato Expression of hyaluronan synthases and CD44 mRNAs in porcine cumulus-oocyte complexes during in vitro maturation
学術雑誌名 ページ 発行年
Biol. Reprod. 66 ??? 707-717 2002

全著者名 論文名
Jun You Li, Kazumi Shinozaki, Masugi Nishihara, Toru Sawasaki, Michio Takahashi Induction of short ovulatory cycle in shiba-goats by repeated treatments with prostaglandin F2α
学術雑誌名 ページ 発行年
J. Reprod. Dev. 47 2 97-103 2001

全著者名 論文名
Jun Ohgane, Teruhiko Wakayama, Yasushi Kogo, Sho Senda, Naka Hattori, Satoshi Tanaka, Ryuzo Yanagimachi, Kunio Shiota DNA methylation variation in cloned mice
学術雑誌名 ページ 発行年
Genesis 30 ??? 45-50 2001

全著者名 論文名
Eri Iwata, Yoshihiro Wakabayashi, Yoshie Kakuma, Takehumi Kikusui, Yukari Takeuchi, Yuji Mori Testosterone-dependent primaer pheromone production in the sebaceous gland of male goat
学術雑誌名 ページ 発行年
Biol. Reprod. 62 ??? 806-810 2000

全著者名 論文名
Masugi Nishihara, Yukari Takeuchi, Tomomi Tanaka, Yuji Mori Electrophysiological correlates of pulsatile and surge gonadotrophin secretion (Invited)
学術雑誌名 ページ 発行年
Rev. Reprod. 4 ??? 110-116 1999

全著者名 論文名
Kyu Tae Chang, Akihiro Ikeda, Katsuhiko Hayashi, Yasufumi Furuhata, Masugi Nishihara, Akihiko Ohta, Shyoso Ogawa, Michio Takahashi Production of transgenic rats and mice by the testis-mediated gene transfer
学術雑誌名 ページ 発行年
J. Reprod. Dev. 45 1 29-36 1999

全著者名 論文名
Akihiro Ikeda, Kyu Tae Chang, Yoshiki Matsumoto, Yasufumi Furuhata, Masugi Nishihara, Fumihiko Sasaki, Michio Takahashi Obesity and insulin resistance in human growth hormone (hGH) transgenic rats
学術雑誌名 ページ 発行年
Endocrinology 139 ??? 3057-3063 1998

全著者名 論文名
Reiko Horai, Masahide Asano, Katsuko Sudo, Hirotaka Kanuka, Masatoshi Suzuki, Masugi Nishihara, Michio Takahashi, Yoichiro Iwakura Production of mice deficient in genes for interleukin (IL)-1α, IL-1β, IL-1α/β and IL-1 receptor antagonisit shows that IL-1β is crucial in turpentine-induced fever development and glucocorticoid secretion
学術雑誌名 ページ 発行年
J. Exp. Med. 187 ??? 1463-1475 1998

B.国際会議発表論文(International Conferences)
全著者名 論文名
Jun You Li, Masugi Nishihara, Toru Sawasaki, Michio Takahashi Induction of short ovulatory cycles in shiba-goats
会議名 開催場所 論文番号 ページ 発行年
The 8th World Conference of Animal Reproduction Seoul OR1-1 238-239 1998

C.著書(Books)
全著者名 書名
Masatoshi Suzuki, Masugi Nishihara, Michio Takahashi M Reproductive Biology Update: Novel Tools for Assesment of Enviromental Toxicity. (Editors: H. Miyamoto, N. Manabe)
出版者名 出版場所 ISBN番号 ページ 発行年
Nakanishi Printing Co. Kyoto ISBN4-87974-981-8 261-269 1998

全著者名 書名
西原真杉 脳と生殖
出版者名 出版場所 ISBN番号 ページ 発行年
学会出版センター 東京 ISBN4-7622-1881-2 155-180 1998

全著者名 書名
Masugi Nishihara Brain and Reproduction
出版者名 出版場所 ISBN番号 ページ 発行年
Japan Scientific Societies Press Tokyo ISBN4-7622-1881-2 155-180 1998


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