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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.93(平成28年11月発行)

「私の研究者人生と科研費」

岩田 久人 先生
岩田 久人
愛媛大学 沿岸環境科学研究センター 教授
平成28年度に実施している研究テーマ:
「多元的オミックス解析による化学物質-細胞内受容体シグナル伝達撹乱の種差の解明」(基盤研究(S))

私は不器用で要領が悪く、流行に乗れない型の人間である。また、理解力に乏しいので、講演を聴いたり本を読んだり他人と話しをしていても、すぐには本筋が呑み込めない。気になる論文は通常2−3回は読みなおして理解しようと努める。数年後に講演や論文の内容がやっと理解できることも頻繁にある。だから自分は最新の情報を素早く入手し、はやりの研究を競争しながら進めることはむずかしいと思っている。このような私が研究者を続けようとすれば、他人(他のグループ)との競争を避けるため、研究課題のニッチを探しだすほかに道はない。そう思って、私は自分の研究課題を決めてきた。
   また私が在職している愛媛大学は典型的な地方大学である。これまで様々な施策で厚遇され、毎年科研費の大半が配分されてきた旧帝大系の大学(平成27年度では7大学で総額の約37%)とは違って、地方大学には研究施設・機器は十分に備わっているわけではない。旧帝大系の大学と競合する研究課題では勝負にならない。なにか愛媛大学の特徴を活かして研究できないかと考えた。幸いなことに、私が所属する愛媛大学沿岸環境科学研究センターには、約50年間にわたって世界各地から収集した12万点にのぼる野生生物試料や環境試料を冷凍保存している生物環境試料バンク(通称es-BANK)が平成14年度から設置されている。このように地球規模で試料を採取し、長期間にわたって試料を保存してきた施設は世界でも例がない。愛媛大学で研究するからには、この施設の試料を最大限利用しない手はないと考えた。
   私の研究課題は、一言でいうならば、環境汚染物質による野生生物への影響を解明し、リスクを評価することである。このような分野に関心を持って研究を始めたのは、大学院生となった1989年からである。その頃はこの分野の研究者人口は少なかった。研究成果を発表しようと思っても、分野的に適した学会もなく、いろいろな学会の小規模なセッションで発表していた。大きく状況が変わったのは1997年に日本で『Our Stolen Future』(シーア・コルボーン、ダイアン・ダマノスキ、ジョン・ピーターソン・マイヤーズ著)の翻訳本『奪われし未来』が出版された頃である。内分泌かく乱化学物質、いわゆる「環境ホルモン」による環境汚染と野生生物やヒトでみられる生殖機能の異常との関連を指摘したこの本は、社会的な関心をひきおこした。関連する報道が増え、関連省庁が環境ホルモン研究を公募するようになると、関連学会への参加者・研究発表数も増えていった。『奪われし未来』の内容を肯定・否定する論争があって、さまざまな研究成果が見えはじめた。ところが10年ほどで関連する報道が減り、関連省庁の研究費が減ると、関連学会への参加者も減少していった。『奪われし未来』で提起された問題がわずか10年ほどで解明できたとは到底思えない。内分泌系が神経系・免疫系と深く関係していること、様々な化学物質が内分泌系のみならず、神経系・免疫系にも影響することが報告されている状況で、日本の研究者人口が減ってしまったのは残念だ。私は『奪われし未来』で提起された問題について、自分なりの解答が得られていないので、あいかわらず現在も環境ホルモンの研究を継続している。
   これらの選択・決断が功を奏したのかどうかは不明だが、結果として「化学物質による細胞内受容体―異物代謝酵素シグナル伝達系撹乱の感受性支配因子の解明」(平成21−25年度)と「多元的オミックス解析による化学物質―細胞内受容体シグナル伝達撹乱の種差の解明」(平成26−30年度)が採択された。これら研究課題は、すぐに地域と連携できて、短期的に経済が活性化される研究ではない。だから科研費のような、研究者自身から湧きでるボトムアップ型の発想を評価してくれるシステムがなければ、これらの研究は実行できなかっただろう。実際にいくつか類似の課題で他機関のトップダウン型研究費を申請したこともあるが、全て不採択だった。科研費というシステムを築かれた先人たちの努力には敬意を表したい。
   一方で現在の科研費のシステムには改善して欲しい点もある。それは採択率を上げることだ。当面は挑戦的萌芽研究や基盤研究(B)・(C)など比較的少額の種目だけでも、せめて40%ぐらいにはならないだろうか。科研費の審査を担当した経験では、優劣をつけがたい課題、自分の知識では判断がつかない課題が多々あり、優れた申請を見逃しているのではと自責の念にかられた。この先どんな研究が役立つのかを予測するのはむずかしい。社会的要求とは無縁の研究から思いもかけない成果が生まれた例は枚挙にいとまがない。各大学・研究機関に支給される運営費交付金が年々削減された余波で、各教員・研究者への交付金額も一昔前に比べれば大幅に減少している。科研費が採択されなければ、研究自体が継続できなくなっている人は多い。どんな集団でも、底辺が広いほど、先頭集団の層が厚くなり、レベルも高くなる。やる気のある人が研究を継続できないという状況は、結果として日本全体の研究レベルを低下させるだろう。

※所属・職名は執筆時のものです。

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