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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.89(平成28年6月発行)

「人々のために」

中田 力 先生
中田 力
新潟大学脳研究所特任教授・名誉教授
カリフォルニア大学名誉教授
日本学術会議21期、22期会員

私の本職は臨床医である。従って、偉そうに研究を語るのはおこがましい。分子生物学が登場し、臨床研修を受けなくても医学研究ができる環境が整ってからは、医学は医学、医療は医療の時代となった。かつて医学研究とは臨床医が現場で疑問を抱いたことを解決するために行うものであり、私が医学部を出た頃もまだ、基礎医学に進むにしても臨床研修を受けろと言われたものである。しかし、現在、世界の医学研究の殆どは医学部出身者ではない科学者によって行われている。加速度的に進む社会の中で業績を挙げるためには、臨床経験はおろか医学部教育も時間の無駄と判断されているのである。医学系研究者に医学部出身者が比較的多い日本でも、一流の研究者と呼ばれる人たちに臨床家は殆どいない。教授選考に研究業績が重要な要素を占める大学では、臨床教室の教授陣に臨床医が選ばれることすら珍しくなった。必然的に研究者としての業績評価も変化した。そんな中、昔ながらの臨床医としての立場を貫いて来た私が、それなりに必要とする研究費を確保できたことは、ひとえに、運が良かったからだとしか言いようがない。
   臨床医としての私は、日本と米国の二股をかけて来た。もう少し正確にいえば、臨床活動は米国で8割、日本で2割である。1996年に新潟に研究拠点を移すまでの18年間は、研究活動も総て米国だった。従って、私の研究費との関係は米国の公的機関によるresearch grantが基点となっている。米国にはNIH、VA、NSFの三つの公的機関によるresearch grantが存在するが、かつてはそのすべてを獲得した三冠王が、トップ研究者として認識されていた。私の時代にはNSFが医学系研究への援助を中止したことから、NIH R01とVA Merit Reviewの二冠を持つことが研究者としての勲章だった。幸いなことに、私は長年に渡ってその栄誉を受けた。
   日本から臨床研修のために米国に渡った私は、臨床を教える教官としてカリフォルニア大学に残った。そんな私にとって、研究は、言わば、副業であった。朝から晩まで、研修医と患者さんの面倒を見るために走り回ったあと、初めて研究を開始できる。そんな私が提示したプロジェクトの大切さをきちんと評価し、絶え間なくresearch grantを採択し続けてくれたことに、私は、自分の運の良さを痛感するとともに、アメリカと言う国家の持つ底力を見たものである。専門は、現在、MRIと呼ばれる分野である。当時はまだMRIという言葉すら存在しなかったことを考えると、時代の流れを感じる。
   日本に研究拠点を移した理由は高磁場MRIの開発である。1996年のことであった。私の研究の最終目標は「脳がどう働くか」であるが、研究を開始した23歳の時から一貫して「水分子動態が示す覚醒機序の解明」を追いかけている。ヒトの脳機能を扱う以上ヒトの脳を対象にしなければならない。基礎実験も動物実験も必要だが、最終的にはヒトを対象とした研究となる。必然的に、脳神経疾患の患者さんを診る臨床と、患者さんに害を与えない非侵襲性検査法に頼ることになる。脳波で実験を始めた頃は工学系の仲間に「シャーシの外に電極を当ててもコンピュータは理解できない」とからかわれたが、ファンクショナルMRIを完成させた時には、誰もが飛びついて来た。そして次の段階に進めるためには、ヒト用の高磁場MRIを創る必要があった。
   装置・技術開発には恐ろしいほどの資金を必要とする。物理工学においては当たり前のような額ではあるが、医学においては前例のない桁である。DNA研究者が100万円で出来ることと同等の仕事には1億円かかる。部品代が数千万円単位になるからである。ミサイルをひとつ発射するだけで10億円が無駄になるのだからという議論は、何の役にも立たなかった。それでも、文部省(文科省)による研究支援は素晴らしかった。まず、平成9年度の中核的研究拠点形成プログラム、いわゆる、最初のCOEの遂行者として選出された。これもまた、運が良かったとしか言いようがない。私の予想とは裏腹に、日本の学術審議会の先輩達もまた、私の提示したプロジェクトの重要性を理解してくれたのである。その後、特別推進研究、基盤研究S、基盤研究A、などの一般的な科研費を何度も採択してもらった。
   目的が脳機能解析でも、非侵襲性画像法の技術革新は、そのまま臨床現場で応用できる。現在、世界の臨床装置の中心となった3T(テスラ) MRIと超高磁場臨床装置として普及している7T(テスラ) MRIの技術の多くは我々の開発したものであり、日本発なのだが、それを理解している人は少ない。装置・技術開発はvendorによってその装置・技術が一般に普及されて、初めて陽の目を見ることになるのだが、研究開始当時、日本のMRI vendorに高磁場装置を開発する能力がなく、結局のところ、GEとの共同研究となった。米国企業として自社製品の宣伝に日本の大学を前面に出す訳にも行かず、日本としても米国企業の宣伝をするわけにも行かなかった。グローバル化が終焉し、すべてにおいて国際化が叫ばれている現代ではあるが、本音と建前とが一致しないことに変わりはない。それでも、臨床現場に貢献することを目標としている古典的なacademic physicianである私にとっては、自分の創り出したものが世界中の臨床現場で活躍していることを目のあたりに出来ることが、数百の論文などとは比べようもなく、素晴らしい勲章である。
   Life Workである水分子と意識との関係と、その基本仮説である「脳の渦理論」も、その殆どの要素証明が終了している。それにも拘わらず、線形脳科学が席巻する現代科学界では、理解されるに至っていない。その反面、その研究の一環として提唱したglymphatic fluid flowによるβ-amyloidの排泄とAlzheimer disease(アルツハイマー病(以下AD))との関係は、AD研究における世界水準になりつつある。その主役をなす脳の水チャンネル、aquaporin-4の促進薬開発にも成功し、AD予防・治療薬の治験が、65歳を過ぎ、名誉教授の枠に押し込まれてしまった私の最後の研究テーマとなりつつある。この時点では科研費よりも製薬会社との協力の方が手っ取り早いとの意見もあるが、原理原則を考えれば、公的資金による完成が望ましいことは確かだろう。MRI開発のように、経済概念を優先する企業との共同研究は、何かと制約が生まれる。下手にするとMRIの時のように、実際には協力どころか私の足を引っ張った米国某有名大学に、殆どのcreditを持って行かれてしまうかもしれない。
   科研費とは学問への投資である。複雑化した国際社会での経済投資が極めて難しくなっているように、学問への効果的な投資を決めることは至難の業である。それでもなお、科学立国を謳う日本にとって、健全な投資を行うことは死活問題である。グローバル化された世界では、米国のように、国の運営法を複雑系に適合するものへと変えた国家だけが生き残る。眼に見える問題に対処するのではなく、眼に見えるとは限らない、複雑系の数ある因子の中で系に最も影響を与える因子となるorder parameterを探れる人間たちが指導する世界である。科研費政策も、時の風勢に流されず、将来をきちんと見据え、全体像が理解できる人間が舵を取らない限り、本当の意味での構造改革は達成できない。帰国した当時、アメリカと同様、日本の科学界も未来の見える人たちで一杯だった。私が生きて来られたのも、そんな先輩達のお蔭である。それが少しずつ崩れ始めたのは21世紀に入った頃だった。私が年老いたのかもしれない。しかし、日本の科学政策の現状には展望が見えない。皆が目先の利益ばかりを追いかけているように思える。何度も挙げた私の憂いの声は、何時も大きな罵声に掻き消されてしまった。そして、日本の医学研究には、患者さんのためにという大前提を忘れたものが横行し始めている。医学の進歩と言う名分が、医学のみならず、医療を蝕み始めているのである。何とか賞に現を抜かしている間に、日本と言う美しい国は、自分たちが長年の間守ってきた、最も大切なものを失い始めているのである。科学は人々のためにある。そして、医療は、勿論、人々のためにある。日本の将来は、衆愚を避け、如何にして時空間を見渡せる健全な指導者を掲げることができるかにかかっているのだろう。

※所属・職名は執筆時のものです。

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