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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



 No.87(平成28年4月発行)

「インフルエンザウイルスの生態学から人獣共通感染症の克服へ」

喜田 宏 先生
喜田 宏
北海道大学ユニバーシティプロフェッサー
人獣共通感染症リサーチセンター センター統括

研究代表者として採択された科研費は、一般研究 (B)、国際学術研究、基盤研究 (A) と基盤研究 (S) で、途切れることなく支援していただいた。科研費のお陰で、現在私達が進めている、人獣共通感染症の克服に向けた国際共同研究の基盤を形成することができた。深く感謝している。科研費の仕上げとして、力を込めて調書を作り、満を持して特別推進研究に応募したが、ヒアリングの対象にもならず、落選した。その理由として「こんなにできるはずがない。」や、「チームで研究を進めるのであれば他の研究資金がふさわしい。」であったので、科研費を卒業することにした。
   科研費以外の研究資金は、経産省ミレニアムプロジェクト、文科省GCOE、J-GRIDと共同利用・共同研究拠点プログラムおよびJSTほかから支援いただいている。以て、北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターの創設、人獣共通感染症の克服に向けた研究・教育プログラムの推進、鳥インフルエンザ、パンデミックインフルエンザ及び季節性インフルエンザ対策に資する研究を進めている。これらの研究・教育プログラムは、一連の科研費によって実施したインフルエンザウイルスの生態研究とその成果をモデルとしている。
   1960年代には、「季節性インフルエンザウイルスは年々抗原性が変化(antigenic drift)し、10年から20年毎に大きく変わって(antigenic shift)パンデミック(世界流行)を起こす。抗原変異は、インフルエンザウイルス粒子表面のヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)糖蛋白質突起をコードする遺伝子変異の結果である。」とされていた。1969年にワクチンメーカーに入社し、1968年にパンデミックインフルエンザを起こしたA/Hong Kong/68 (H3N2)(HK/68)(メディアの通称:A香港型ウイルス)の代表株であるA/Aichi/2/68 (H3N2) (Aichi/68)ウイルスを培養、精製していた私は、このウイルスが、それまでのアジアウイルス(H2N2)の遺伝子変異株ではないと考えた。
   1973年に、WebsterとLaverがHK/68のHAのHA2サブユニットのペプチドマップがウマやアヒルのインフルエンザウイルスのそれらと似ていることをウイルス学専門誌に発表した。私は、その論文を読んで、パンデミックインフルエンザウイルスの出現に動物のウイルスが関与する可能性を考えた。そこで、パンデミックインフルエンザウイルスの出現機構を明らかにすることが獣医学を学んだ私の務めであると考え、1976年に会社を辞して、北海道大学に採用していただき、動物インフルエンザウイルスの生態学的研究を開始した。
   1977年10月1日に北海道石狩川流域の妹背牛町で、ハンターが射ち落としたオナガガモの腸管からA/duck/Hokkaido/5/77 (H3N2)(Dk/5/77)を分離した。Dk/5/77ウイルスのHAは、1968年にパンデミックインフルエンザウイルスとして登場したAichi/68ウイルスのそれと極めて近縁であり、NAは、1957年に出現したA/Singapore/57 (H2N2)ウイルスのNAと酷似することが明らかとなった。HK/68ウイルスのHAとNA遺伝子の起源が自然界カモのウイルスにあることを示唆する知見である。
   感染実験によって、このウイルスはカモの結腸の陰窩(いんか)を構成する単層円柱上皮細胞で増殖すること、その細胞表面には鳥インフルエンザウイルスが吸着するシアル酸α2, 3ガラクトースレセプターがあることが分かった。秋にシベリアから北海道に飛来するカモからは高率にインフルエンザウイルスが分離されるが、春にシベリアに向け渡る途上のカモからはインフルエンザウイルスが全く分離されなかった。以上の事実から、シベリア、アラスカとカナダのカモの営巣湖沼におけるウイルスの調査が必要であると考えた。
   文部省の科研費の種目に国際学術研究が新設され、インフルエンザウイルスの生態と自然界における存続機構を明らかにするために、これに応募した。アラスカにおける調査・研究によって、インフルエンザウイルスの自然宿主がカモであること、カモが夏季に巣を営む湖沼水にウイルスが検出されること、ウイルスに感染したカモが排泄した糞便から滲出するインフルエンザウイルスが感染性を失うことなく、湖沼を共同利用する他の水禽(すいきん)に経口感染すること、カモが不在の冬季には、翌夏まで湖沼水中に凍結保存されることを明らかにした。シベリアでも同様の成績を得るとともに、ユーラシアの鳥と哺乳動物のインフルエンザウイルス遺伝子の起源がシベリアのカモのウイルスにあることを明らかにした。以上、アラスカで4年間、シベリアで4年間、合わせて8年間の調査研究は、すべて科研費国際学術研究で実施した。アラスカにおける研究成果とシベリアにおけるそれは、それぞれ一篇のみの論文として専門誌に掲載された。このような基礎研究は、科研費によって初めて可能である。プロジェクト研究では無理である。壮大な夢を語る提案が許されるのは、今や科研費だけになってしまった。
   科学の進展とともに、分野の細分化が起こる。科研費の細分化も起こっている。公平にすべての学問分野を立てることには無理がある。細分化より総合化が重要である。科研費予算の抜本的増額と分野が違っても評価できる力量の審査員の採用を図る方向に向かうべきではないかと考える。

※所属・職名は執筆時のものです。

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