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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.86(平成28年3月発行)

「地球流体力学とコンピュータ」

余田 成男 先生
よでん  しげお
余田 成男
京都大学大学院理学研究科・教授
元日本学術振興会・学術システム研究センター・数物系科学主任研究員
平成27年度に実施している研究テーマ:
「成層圏‐対流圏結合系における極端気象変動の現在・過去・未来」(基盤研究S)
「太陽周期活動の予測とその地球環境影響の解明」(新学術領域研究(研究領域提案型))

1983年夏に京都大学理学部の助手に採用され一人前の研究者になってもう30年以上になる。科研費との長い付合いの始まりは、1984年度の奨励研究(A)で採択された「地球流体中における流れの多重性に関する数値解析」という研究課題であった。今、科学研究費助成事業データベースで調べてみると、単年度の課題で90万円の配分額であったことがわかる。書類キャビネットから当時の申請書類を発掘すると、大型計算機使用料がなんと8割近い70万円で、残りが消耗品費と旅費であった。貨幣価値の変化を思うと当時の若手には結構潤沢な額であり、どれくらいの採択率での支援事業であったのか知りたい気がする。そのころはまだワープロやパソコンはなく、申請書はすべて自分で清書したものであった。当時の研究室秘書は皆さん楷書体での書類作成に長けておられ、美文字の申請書が課題採択に有利であるといわれていたのを思い出す。
   その頃より今日まで、私は気象力学・地球流体力学の分野でコンピュータを駆使した数値実験を中心に研究を進めてきた。1940年代に最初のコンピュータENIACが誕生して以来、計算機の演算速度はおよそ5年で一桁ずつ高速化してきたが、1980年頃の計算機環境は、今日のノートパソコンよりも低性能のコンピュータ一台か二台を大型計算機センターで管理運用し、何百人で共用するという状況であった。その頃はちょうど非線型科学・計算科学の黎明期であり、従来、非線型の流体力学の支配方程式を線型化して紙と鉛筆により解析するのが伝統的な研究手法であったのが、非線型のままコンピュータを用いて数値的に解を求めてその振舞いをもとに力学的な理解を深める、という研究手法が確立されつつある時代であった。もっとも、計算機性能の制約により支配方程式系が直接数値計算で解けたわけではなく、近似し簡略化した方程式系の数値解を求めて解析するという状況であった。
   1980年代から90年代にかけて、具体的には次のような研究課題に取り組んできた。地球大気の大規模運動を念頭に置いた回転球面上の準水平で二次元的な流体からなる強制散逸系を対象とし、その非線型解の分岐と安定解の多重性について調べて、ジェット気流の蛇行パターンの多様性を論じた。また、対流圏から成層圏へと上方に伝播する惑星規模波動と東西平均帯状流の相互作用モデルの定常解・周期変動解の分岐を調べて、成層圏周極渦変動の力学解釈をおこなった。さらに、地球流体力学的な興味から回転球面上の二次元乱流からのパターン形成とその外部パラメータ依存性を調べて、惑星の自転効果により回転と逆向きの周極渦構造が出現することを見出した。
   1983~4年には、我が国初のスーパーコンピュータ(ベクトルプロセッサ)が東大や京大の大型計算機センターに導入され、計算機使用料さえ確保できれば世界最先端の数値計算がどんどんできる状況になった。実際、我が国の大学の計算機環境は、欧米と比較しても十分に対抗できる、あるいはリードできる状況であった。ちょうどその頃、日本学術振興会の海外特別研究員として2年間米国で研究に専念できる機会を得た。滞在先はどんな計算機環境なのかと少し奢りのある気持ちで出かけたが、UNIXやXウィンドウシステムが開発中あるいはプロトタイプ製品が市場に出始めた頃であり、柔軟で機能性の高い計算機環境に驚いた。研究コミュニティの共通プログラム開発活動や莫大量データの解析・描画ソフトウエアの開発整備など、先端的コンピュータを活用したグループ研究のあり方についても多くを学び、また考えさせられた。帰国後に、当時米国の大学・研究機関に留学し同様の経験をしていた仲間らと地球流体電脳倶楽部を立ちあげ、地球科学と計算科学・計算機科学をまたぐ研究教育活動を開始した。その活動は次の世代に重心を移しつつ今日まで続いている(https://www.gfd-dennou.org/)。
   1990年代、研究費の多くは高価なUNIXワークステーションの購入とスーパーコンピュータの計算時間確保につぎ込まれていった。気象学講座の助教授として、創成的基礎研究費「気候モデルの開発および気候変化の数値実験」(代表:松野太郎東大教授)や未来開拓学術研究推進事業「地球規模流動現象解明のための計算科学」(代表:金田行雄名大教授)などのトップダウン型の大型研究に参画し、講座の研究環境の構築と維持を分担した。今世紀に入って教授に昇格し同講座を担任することとなったが、購入設備備品がワークステーションからPCクラスタに変わったくらいで、今も先端的計算機資源の確保が研究費使途の大きな割合を占めている。
   私自身の研究課題は、成層圏‐対流圏を中心とした気象力学分野に重心が移ってきている。基盤研究(B)「対流圏‐成層圏結合システムの気候変動力学」、基盤研究(A)「気候変化における成層圏の影響の評価および力学的役割の解明」、基盤研究(S)「成層圏‐対流圏結合系における極端気象変動の現在・過去・未来」、さらに、特定領域研究「成層圏力学過程とオゾン変動およびその気候への影響」(代表:宮原三郎九大教授)の「大規模大気波動に伴う物質輸送とその季節変動・年々変動」や新学術領域研究「太陽地球圏環境予測:我々が生きる宇宙の理解とその変動に対応する社会基盤の形成」(代表:草野完也名大教授)の「太陽周期活動の予測とその地球環境影響の解明」と、ずっと科研費に支えられて今日に至っている。地球温暖化問題というトップダウン型の大型研究推進の大変さを横目でみるという立場を貫き、自分の興味に基づいて自由な発想で研究を続けて来られたのもひとえに科研費のお蔭である。最近では、東南アジアからの留学生や研究者の長期滞在が増え、研究の興味も熱帯域の気象学へと広がっている。彼らの母国からインターネットでこちらの計算サーバに入りクラウド型計算で日常的に国際共同研究を進めることを模索しているこの頃である。
   学術の現代的要請により的確に対応するために、科研費の抜本的改革が平成 30 年度に実施されると仄聞する。多くの方が指摘されているように、申請疲れ評価疲れが出て研究推進そのものに影響を及ぼすというようなことがないような仕組みであってほしい。また、基盤的な研究経費は継続して安定に確保でき、リスクのある萌芽的な研究課題こそ競争的資金で挑戦できる、というような制度であればと希望する。

※所属・職名は執筆時のものです。

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