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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.84(平成28年1月発行)

「研究者を育てる科学研究費」

奥野 武俊 先生
奥野 武俊
大阪府立大学 名誉教授

私は、大学に進学する時に「造船学」にあこがれて船舶工学科に進んだ。1965年、今から50年も前のことである。あの頃の日本はまだ高度成長期にあって造船業は活況の中にあり、巨大タンカーの建造が注目を集め、高校生に人気の高い学科のひとつであった。船舶工学科を有する大学は限られていることもあって、クラスメートのほとんどは当然のことながら造船会社に就職したが、たまたま船舶流体力学を専攻する研究室に配属されたことから研究が面白くなり大学院へ進むことになった。その後、博士課程にも籍を置くようになってまもなく、研究者としての心構えが出来ていないまま助手に採用され、学生と一緒に研究することを楽しむようになった。
   教員という立場に立たされて、当然のことながら科学研究費補助金の申請にも関わるようになり、研究室の教授、助教授などと研究テーマの打ち合わせや書類の準備に時間を割き、テーマの選び方やそのアピール方法について考えるようになった。その頃の科研費の工学系分野には、「造船学」や「船舶抵抗・運動性能・計画」という昔ながらの言葉を使った分科・細目があった。これは、かなり昔からの工学技術に対する分類が長い間そのまま使われてきたためと思われ、造船学の他に「鉱山学」もあったように記憶する。時代の変化に応じて科研費の分科・細目を変えようという動きはあったらしいが簡単には変えられなかったと聞いた。歴史と伝統のある工学技術は研究分野の名前で学会や産業界が形成され、それが大きな力を持つようになり、科学技術政策に大きな影響を与える。私が研究者になった頃は、そのような力が強く働いていた時であったのであろう。もちろんその後、全国の大学から「船舶工学科」は無くなり、このような科研費の分科・細目は変更されて、総合工学と呼ばれる分科の中に「船舶海洋工学」という細目があるだけになっている。
   当時は造船学に従事する研究者の絶対数は非常に少なかったので、機械工学や電気工学などの研究分野で科研費を応募するよりは、常識的に考えて採択の確率は高くなることが予想された。しかしながら、当時のこの種の補助金は研究者の数だけで決まるのではなく、同一研究分野における申請総数に影響されることが知られており、若い助手といえども申請できるプログラムには必ず、すべてに応募することが研究室における鉄則だった。そのために、研究室の教授等が代表となる申請手続きを手伝って分担研究者になると同時に、自分が代表になる申請書も準備しなければならなかった。若輩者がいきなり代表になる申請書を書いても採択されるはずはないと思いながら形を整えるのはなかなか大変であった。どうしてもモチベーションが上がらない。なのに、かなり大胆に研究のアピールをしなければならないのである。私にとっては、研究者になるための訓練のひとつであった。
   また当時は、申請の時に何に注意すべきかなどを誰も教えてくれることはなく、公募書類を見ても、科研費の仕組みや審査の視点などはよくわからなかった。そこで、補助金事業に携わった方などが出版した、「科学研究費補助金の仕組み」などと呼ばれる本を求めて勉強した。これには、日本の科学技術政策や補助金に対する仕組みなどが解説されており、提供されているプログラムの趣旨などを知って、そこから申請書をどのような視点で書くべきかなどを考えることができた。どのような趣旨のプログラムであるかをよく考え、審査に当たるであろう方が何を期待しているかを念頭において、アピール性のある研究タイトルを考え、その研究の進め方をできるだけ分かりやすく書き、どのような結果が予想されるかなどについて、決められたページいっぱいに書くことなどは、そこで得られたものであった。今考えれば当たり前のことであるが、当時の私にとっては、科研費の申請書を書くことは、研究者としての心構えや研究を進めるための方法に関する教育を受けているようなものであった。そんなことがあったためであろうか、比較的若い時から科研費の共同研究者になることは当然のこととして、代表としても採択されることも多く、同年代の他の研究分野の友人からは羨望の言葉をかけられた。そんな時、“研究者の少ない分野に応募すればいい”と冗談交じりに応えたが、それは正しくない言葉であった。最初から諦めて応募しない友人に対する皮肉であった。私にはそれなりに努力した結果であるとの自負もあったのである。
   もともと造船学は、機械系の基礎学問である材料、構造、流体、運動、制御、生産、設計などに関する多くの学問をシステムとして統合するものであり、学会や学科の研究仲間には狭い研究分野に固守するよりも他分野の研究と融合することを好む雰囲気があった。そのような環境で育ったことがひとつの要因になったと思われるが、私の研究は流体力学に関するものでありながら、可視化画像計測や海洋環境に拡張されて、それらが採用されて研究を進めることができた。これは、「造船」というカテゴリーの中では画像計測や海洋環境を試みることは少なく、ユニークさをアピール出来たことなどが、採択につながる要因のひとつになったのだと思われる。
   研究テーマは、決して科研費の採択のために選ぶことは無く、個人の学問的興味や社会の必要性などを考えて決めるのが常識的と思うが、結果的に申請する分野の中でのユニークさを出すためには、他の学問分野との融合や応用を考えることは有効であろう。最近は学問の細分化が進んで非常に高度になっているので、異分野を融合する学際的な研究が重要になっていると思われるが、そのような研究に古くから関われたのは幸いであった。研究課題をシステムとしてとらえて、俯瞰的な視点から解決策を考えることや、それを他の人に分かりやすく説明して理解してもらう力は、造船と言う分野に身を置いたことと、科研費の申請によって得られたことが多かったように思う。科学研究費の制度や仕組みは国の科学技術政策を大きく左右しているが、当然のことながらそれに関わる研究者も育てる役割を持っている。その恩恵を受けたことを感謝したい。

※所属・職名は執筆時のものです。

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