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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.81(平成27年10月発行)

「科研費と私-整理と整頓」

上村 大輔 神奈川大学理学部教授、名古屋大学名誉教授、金沢大学監事
上村 大輔
神奈川大学理学部教授、名古屋大学名誉教授、金沢大学監事

平成27 年度に実施している研究テーマ:
「カイメン由来難培養性共生細菌に着目した新規物質探索研究」(基盤研究(A))

研究生活40数年が終わりに近づいて来た。暫くは研究が続けられるが、教育、特に大学院生の研究教育からは卒業だ。今回幸いにも科研費についてのエッセイを書いてみなさいとのお話をいただいた。長い間お世話になった研究助成システムに常々心から感謝している者として、お断りする理由は微塵も無く、むしろ喜んでお引き受けした。そこで、感謝の思いを「整理と整頓」としてまとめてみることにした。
    少し違和感があるかもしれないが、私達の世代がどのように科研費に関係して来たかをまずまとめてみたい。昭和43年に大学を卒業した私達にとって、指導教官がすでに科研費獲得のために並々ならぬ努力をしていたことが思い出される。当時申請書は手書き、字の奇麗な人たちは引っ張りだこで、そのような方は補助見習いとして清書作業に一生懸命であった。しかし、世にはすごい人達もいて、どうも外部の印刷業者に依頼していた所もあったようだ。そんなことを横目にしながら、学位を取得し、助手の席をもらった。職員となると様々なお手伝いが必要になって来た。勿論自分の申請書作成はあるのだが、研究室の存亡を掛けて一般研究(A)を申請し、これを採択してもらわなければならなかった。既に一般の財団法人による研究助成もあったが、大きな装置の購入・開発は、科研費に頼らざるを得なかった。大学の概算要求での資金獲得もあるものの、多くの研究者がうごめく中ではなかなか通り難かった。学部長や事務系の支持が無ければ無理であったように思う。特に大きな成果が見えていたり、超大型で他大学にはない装置などを申請する場合は、事務系あるいは大学全体としては説明し易く、そんな研究課題が選ばれていたように思う。そんなわけで若い先生方は科研費頼りで、学内での順番待ちには耐えられなかったものと理解している。
    さてこんな時代、助手にとって大いに役に立った研究種目があった、それは総合研究(B)である。私が携わった研究課題では、総額はそんなに大きくなく、しかも消耗品費ではなく、ほとんどが旅費であった。分野内の著名な先生方を含め、10数人で申請するのである。代表の研究室の助手はこの経理をする必要があった。助手としては分野の重鎮の先生方に顔を知って頂く絶好の機会と認識した。いろいろな批判や、たらい回し的であるなどの揶揄はあったものの、若い人達には刺激のある会議などへの参加は勉強になっていた。そんな中で、人との交流といった観点で見て素晴らしかったのはがん特別研究であった。異分野連携、異分野交流の絶好の機会で、その際、理化学研究所、産業技術総合研究所、製薬系会社の人々とふれあい、道を深めることが出来た。助教授として研究室を持ってから尚一層、こういった総合研究やがん特別研究の分担者にと声を掛けてもらうことが極めて有り難く、また助けになった。勿論、個人としての一般研究(C)、重点領域研究等は大いに研究を進展させてくれた。助教授の頃のこの経験は、教授になってから、お世話をする立場からより一層良い経験として役立った。実質的には助教授の頃に最も研究費が必要で、採択されるごとに“武士の情け”と感謝し研究に集中できた。この頃の成果が最も大きく、素晴らしかったと思う昨今である。
    職場も変わり、教授となってからはむしろ若い人達への恩返しという観点で、特定領域研究の領域代表者として働いた。採択への道は遠く、計画研究班員も含め多くの人との知恵の絞りあいが大切だった。若い人達の実力もあって採択されたが、5年間一心不乱に研究に打ち込めた。その間、がん特別研究での人脈、海外での国際会議などの経験をもとに、京都で大きな国際会議を主宰できた。45カ国、1300人程が集まり、研究者間の情報交換が大変うまく行った。その後、学術創成研究費、基盤研究(S)、(A)等が採択され、大きな研究の進展が達成された。最近では乳がんの治療薬として、実用化まで進んだ医薬リード化合物もあった。一方今日、審査を受ける立場から審査するような機会が多くなった。審査の公明化、公平化を模索、日本学術振興会のプログラムオフィサー制など、改革に余念がない所である。少しでも良い方向へと、研究者と研究助成エイジェンシーの間で、激しい議論が展開されつつある。結構なことである。ドイツのメルケル首相が気合いの入った意見を述べていたようである。「最近の日本のノーベル賞受賞には目を見張るが、かつての基礎研究支援が実を結んだに違いない、また、第4次産業革命は新人類の英知にかかっているので若い人々の計り知り得ない力を認識しよう」と言っていると。将にドイツの素晴らしい洞察であり、私達が肝に銘じなければならないことであろう。研究費を浪費しないようにするのは勿論であるが、頭脳資源を誇りにする日本国にとって今後の最重点課題は、その資源原資である研究分野を、たとえ薄くとも的確に幅広くカバーしておかなければならないことである。そんな中から、必ずオリジナリティの高い、人類の存亡の危機を救う、学理や技術が現れると信じたいものだ。

※所属・職名は執筆時のものです。

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