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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.71(平成26年12月発行)

「iPS細胞の基盤を支える研究」

山中 伸弥 教授
山中 伸弥
京都大学iPS細胞研究所 所長/教授

2014年秋はiPS細胞研究にとって大きなインパクトのある秋となりました。1つは世界で初めてiPS細胞を使った臨床研究で、移植手術が行われたこと。そしてもう1つはiPS細胞を使った創薬研究で、既存薬が別の病気に対しても有効である可能性を示した初めての報告ができたことです。iPS細胞研究はまさに患者さんの役に立つ日も近づいてきていますが、こうしたiPS細胞研究を進めていく上で科研費は大いに役立ちました。
   アメリカ留学から日本へと帰ってきた後、大阪市立大学で研究をしていた時に初めて頂いた科研費が奨励研究(A)でした。がん抑制遺伝子の候補として同定されていたNAT1という遺伝子の機能を調べる研究に使用しました。当時はマウスのES細胞(胚性幹細胞)を使って研究をしていましたが、「ネズミの研究をするよりも、ヒトの研究をするべきだ」と言われることもありました。こうした出口が見えにくい基礎研究は、周りの理解を得るのが難しく、とても苦労をした記憶があります。こうした状況の中でも継続的に科研費をいただけたことで、研究を中断することなく進めることができました。
   2004年には基盤研究(B)に採択され、ES細胞の特徴について研究を進めていました。体中のあらゆる細胞へと分化する多能性と、半永久的に分裂する能力をもったES細胞は、1998年にはヒトでも樹立できたと報告され、当時、再生医学への応用が期待されはじめていました。しかし、ES細胞は作製するために受精卵を利用することから、国によっては厳しく規制が行われていました。
   私たちはES細胞と同じ能力をもつ細胞を、受精卵ではない体の細胞から作ることができないかと考えました。遺伝子の働き具合を調べたデータベースを用いて、ES細胞に特徴的な遺伝子を検索し、それを実験的に確かめるという手法で約3万個ある遺伝子から、ES細胞で特異的に働いている遺伝子を最終的には20種類以上同定することが出来ました。更に絞り込んで、体の細胞からES細胞の様な細胞を作り出すために必要な遺伝子を4つ見つけました。Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycの4つです。これらの遺伝子を導入して出来たのが、iPS細胞です。
   私たちの研究グループは2006年にマウスの皮膚の細胞からiPS細胞の作製に成功したことを報告しました。その後、世界中でヒトiPS細胞作製を目指した競争が始まりました。2007年にはほぼ同じ方法でヒトの皮膚の細胞からiPS細胞の作製に成功したと報告しましたが、同じ日にアメリカのグループも別の因子の組み合せでiPS細胞の作製に成功したと報告しました。それまでES細胞で調べられていた様々な知識がそのままiPS細胞に利用できることも多くあり、iPS細胞を使った研究が世界中で飛躍的に進んで行くことになります。
   私たちの研究グループは、2007年には特別推進研究に採択され、iPS細胞研究を力強く後押ししていただきました。当初作製したiPS細胞にはがん化のリスクがありましたが、よりがん化のリスクの低い安全な方法でiPS細胞をつくる方法の開発など、iPS細胞の臨床応用の知識基盤を盤石とするための研究を進めることが出来ました。
   iPS細胞を作製するためには遺伝子を細胞の中に取り込ませる必要がありました。当初はレトロウイルスを用いていましたが、まれに挿入された遺伝子によって、もともとあった遺伝子が破壊される可能性もありました。また、取り込ませる遺伝子の一つc-Mycが、もともとがん遺伝子として知られている遺伝子でした。そのため、当初開発した方法を用いた場合、iPS細胞をマウスに移植するとがん化することもありました。
   今では遺伝子が細胞内の遺伝子を破壊しない、エピソーマルプラスミドを用いています。これにより導入した遺伝子が元々の遺伝子を傷つけることもなく、細胞内にも残りません。またがん遺伝子であるc-Mycを似ているががん化するリスクの低いと考えられる遺伝子であるL-Mycに置き換えてiPS細胞を誘導しています。これにより、iPS細胞作製効率も十分に確保され、なおかつがん化のリスクも低いiPS細胞の作製に成功しています。
   こうしてヒトiPS細胞を発表してから7年後となる2014年には、iPS細胞が患者さんに移植されるにまで至りました。まだ臨床研究であり、安全性の確認を行っている段階ではありますが、iPS細胞ができた直後の基礎研究に充分な研究費を配分していただいたことで、迅速に臨床研究まで届いたのだと思います。  科研費について様々な意見があるかと思いますが、最近では一部の研究種目が基金化されるなど、以前に比べると使い勝手がよくなってきていると認識しています。今後も時代のニーズに合わせた柔軟な運用で、日本の科学研究を支えていっていただきたいと思います。また、成果が見えにくい基礎的な研究に対しても十分な研究費が配分されるような仕組みが必要ではないかと思います。
   iPS細胞研究所では一般の方からの寄付を募り、研究資金源の多様化を図っています。日本には寄付文化が充分に根ざしているとは言いがたく、欧米の様にうまくいかないケースもあるのですが、目的や結果が一般にも判りやすい研究の場合、こうした一般からの寄付なども有力な資金源となります。一方ですぐには結果が見えないような基礎的な研究はこうした資金の集め方をすることが困難です。
   今後の日本を支えるような基盤的な研究に、科研費が積極的に活用されることを期待しています。

※所属・職名は執筆時のものです。

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