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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.58(平成25年11月発行)

「芽が出る前の研究への支援を」

福島大学・学長 入戸野 修(にっとの おさむ)先生
にっとの  おさむ
入戸野 修
福島大学・学長

 卒業研究を行うための研究室への所属時、指導教授からいろいろと実験研究についての心構えを教示された。その中で今でも心に残っており、新しい研究を始めるとき、常に気になることばがある。それは「研究は装置が行うものではなく、人が行うものだ」である。1965年頃研究室には高級装置はなく、研究目的を達成するために必要不可欠な条件を満した手造り装置が沢山あった。

 われわれは、「学問の発展は何もないところに実験装置を造り、また新しい分野を開拓するところにある」と思考改造され、また「市販装置では誰もが同じ程度の研究しかできず、新しい未知の分野は開拓できない」と折伏された。私の研究テーマは、大きな完全結晶の構造欠陥の観察に関係する研究で、当時研究室では実施されていなかった。そこで、高圧トランスや光学ゴニオメーターなど廃棄備品を物理学研究室から譲り受け、電気部品等を集めX線発生装置の製造から始めた。研究背景のレビューと実験技術の習得、そして観察装置の設計開発に専念した。新しい様式の実験装置(X線回折顕微装置)を町工場の工員さんと一緒に、設計製造できたときは、無から有への変化はやる気を倍増させるものだと実感した。それらの研究成果が、指導教授が代表者となった科研費獲得に繋がり、そのお蔭で、今度は大企業との共同研究で超高真空微焦点X線発生装置を開発した。銅ひげ結晶は中軸らせん転位を含まないが、それでもひげ結晶が成長するという新しい成長モデルを提唱した。さらに、銅ひげ結晶の変形時に転位が増殖する様子を連続撮影し、変形機構を解明した。また、銅ひげ結晶の表面および内部が完全結晶であることを活用し、銅のX線原子散乱因子f220を精密決定した。これら一連の研究成果は学位論文として結実した。

 科研費を申請できる助手となり、1974年のフランス留学帰国後、形状記憶効果を示す超弾性型相変態に関する研究で科研費を初めて獲得した。幸いに、その後関係する研究課題は進展し科研費に連続採択され、結局1997年から3年間の特定領域研究(A)にも採択された。その中で一部の研究課題の班長を務めて、全体の研究成果を上げるには適切な研究協力体制を整備することが重要であることを学んだ。

 卒業生の多くが電気関係企業等に就職するという研究室の事情を配慮し、1982年頃には、新しく磁性金属薄膜製造の研究を開始した。中国からの研究留学生が増加し、彼らと一緒になって、薄膜製造装置の製造を開始した。科研費の研究計画調書では、研究課題に関するそれまでの応募者の研究成果を記載する部分が多く、しかも具体的な成果や期待される成果についての詳細な記載が求められていた。不十分な手造り装置では、満足な内容の研究結果の記載は至難の業であった。幸いに、高速堆積方式の直流対抗型スパッタ装置と試料周りの特徴ある装置設計と研究目的の独創性が審査員に評価され、同じ時期に2つの科研費が3年間採択された。彼らは帰国後、装置の製造体験を活かし新しい薄膜装置を開発し、現在も研究を続けている。新しい研究課題の応募時に学んだことは、それまでの他者の研究成果を凌駕する、新しい研究成果が保障されるような研究目的を具体的に明示する研究課題が高く評価されるという印象を持った。いずれにしても、それまでの他者の研究課題との違いを明確にし、新しい成果の可能性を具体的に実証できる記述に心掛け、研究内容を分かり易く、魅力あるものに書き上げることが不可欠であることは言うまでもない。

 ところで、私は、大学の研究体制に必要なのは、基礎的な研究を重視し、直ぐには目に見えるような成果に繋がらないような研究テーマが継続できる研究環境を確保することであると思っている。しかし、現実にはアイデアだけでは研究は開始できないので、最低限の基盤研究費は不可欠である。世界に伍するためには、科学技術の進歩に選択と集中を図るだけでは、裾野の基礎科学分野を広げて若い研究者の挑戦心を鼓舞するようにはならない。現実は裾野の部分を狭くして、高いもののみを先鋭化する科学政策がとられている。私は、ノーベル賞受賞者を増やす国の政策としては、選択と集中による絞り込み研究費投入政策よりも、広く若手研究者を対象に、多様性のある、それ故に未知なる将来的成果が期待できる研究分野にも、一定程度の支援をする方が効率的だと思っている。新しい研究課題を始める時には真に必要とするのは、知識や設備よりも、むしろ意欲、つまり何としても自分が最初に研究を開始したいというやる気である。人間の諸活動を有為なものにするには「自由と拘束とのバランス」が大切だと思っている。決められた研究のみに拘束されるのでは、新しいことを目指す「やる気」の育つチャンスが失われかねない。その意味では、科研費が不採択の時期は、一種の飢餓状態であり、新しい発想が芽生える効果的時期と考えてはどうだろうか。若い研究者が絶えず新しい研究課題に挑戦できる研究環境を整備する基本政策への変革が強く望まれる。

※所属・職名は執筆時のものです。

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