お問い合わせ先

独立行政法人 日本学術振興会
研究事業部 研究助成企画課、研究助成第一課、研究助成第二課
〒102-0083
東京都千代田区麹町5-3-1
詳細はこちら

科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.55(平成25年8月発行)

「調和写像から離散幾何学、そして材料科学への展開」

東北大学・原子分子材料科学高等研究機(WPI-AIMR) 機構長・主任研究者  東北大学・大学院理学研究科・教授 小谷 元子先生
小谷 元子
東北大学・原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)機構長・主任研究者
東北大学・大学院理学研究科 教授

 私の研究分野は数学・幾何学である。科研費的な分類では分科が「数学」、細目が「幾何学」である。「数学」の分科には5つの細目「代数学」「幾何学」「解析学基礎」「数学解析」「数学基礎・応用数学」がある。代数は数の研究、幾何学は形の研究、解析学は微分方程式の研究、数学基礎・応用数学は数学全般の基礎を作ったり、逆にそれを諸科学分野に応用する研究である。私に関係している幾何学細目は更に2つに分割されており、一つ目は「固い幾何学」とも呼ばれるリーマン幾何、微分幾何学などが、二つ目は「柔らかい幾何学」とも呼ばれるトポロジーとその関連研究が対象にされている。私自身は一貫して「リーマン幾何学」をバックボーンとして研究をしている。ただし、その表現形は、次々と変化しており、現在の専門はと聞かれたら、「離散幾何解析学です、そして、最近は、材料科学との出会いによる離散幾何学の新たな展開を目指しています」ということになるだろうか。

 この記事を書くにあたって、過去に採択された課題を改めて見直してみると、私の研究履歴や、そのときどきの問題意識が手にとるように分かる。それほどまでに、科研費は数学者(数学者に限らず)にとって基盤であり、そして自分の思いを直球勝負で研究できるありがたい研究費なのである。

 科研費の課題を見ながら、研究の中身を簡単に振り返ってみよう。2000年頃までは、「調和写像」の研究をしていた。「自然は無駄なことはしない.もっと少しですむのに多すぎるのは無駄である.自然は単純を好み,余計な原因でいたずらに飾り立てるのを好まないからだ」というニュートンの言葉に表されるように、自然界は、様々な条件のもとにエネルギー最小の形を選択する。一方、我々の身の周りには、対称性が高く「調和」の取れた形があふれている。なぜ、エネルギー最小の形は、対称性が高くなるのか、より進んで同じ条件下でエネルギー最小の形はどのくらいあり、それらは安定なのか不安定なのか、エネルギーが一箇所に集中して爆発が起きることはあるのか、その集中する点の集合はどのような形をしているのか、そのようなことを数学的に解き明かすのが、調和写像の研究テーマであり、例えば「調和写像のバブル現象とコンパクト化理論」(基盤研究(C))などの研究を行った。2000年に「グラフの調和写像と離散群の表現」(基盤研究(C))という課題で研究を行っているが、この課題には、それまで中心的に研究してきた「調和写像」と、その後から中心的に研究している「離散」というキーワードが共に入っている。それまで培った調和写像の知識を離散的な対象に応用できることに気がつき、研究が一段飛躍した。自分にとってのブレークスルーの時期の一つと位置づけている。それ以降、2002年「結晶格子の標準的実現と磁場付き推移作用素のスペクトル解析(基盤研究(C))、2004年「離散群の作用する無限グラフのスペクトル解析とグロモフ・ハウスドルフ収束」(基盤研究(B))、2008年「ランダム性を通して見る離散空間の幾何学」(基盤研究(A))と、離散幾何学、離散幾何解析学へと興味がシフトしていったことが課題名より分かる。

 さて、「離散」というキーワードについて簡単に説明したい。「離散」は「連続」の対立概念である。ここでは、正確な定義は勘弁していただいて、ばらばらな状態が「離散」で、つながった状態が「連続」であると大雑把に理解いただきたい。物質を例にとって言えば、原子・分子のような粒子の配置や運動が「離散」であり、それらを巨視的にみた物質やその運動が「連続」である。20世紀までの数学は、「微分積分」に象徴されるように、連続で滑らかな空間を対象とし、その上で、微分方程式を解くことによって様々な現象を記述、もしくは記述する道具を開発してきた。20世紀終盤になって、それを「離散」的な対象に展開したいという機運が数学全体に高まり、また、そのための数学的なアイデア・概念が次々に現れた。幾何学においては、2002年に「幾何学的対象の族に距離構造を導入する新しい方法により数学の多分野においてその飛躍的発展に貢献」によって京都賞、2009年に、「幾何学に革新的な貢献」によってアーベル賞を取ったM.グロモフの影響が大きい。離散の世界ではそれまで数学が頼りにしてきた「微分方程式」が禁じ手となるので、そこをどうのようにクリアするかが挑戦である。私の場合は、微分方程式の代わりに「確率論」を使い、幾何学的視点による確率論の研究や、確率分布の集合に隠れた幾何学的構造を行うことを動機に離散幾何解析学に取り組んできた。さらに、これを2011年「物性物理に発する非可換幾何学モデルの提案」(挑戦的萌芽研究)、2012年の科研費「量子スピン系の離散幾何解析学」(基盤研究(A))と物性物理、ひいては材料科学に題材を取った研究へと発展させてきた。

 このように、研究の興味は好奇心の赴くままに変わり、そのときどきに具体的な問題意識を取り上げて申請したつもりであるが、その軸にある視点とか価値観は変わっていない。自由な広がりを許容し、支えてくれた科研費に心から感謝している。

※所属・職名は執筆時のものです。

これまでに掲載された記事は下記からご覧いただけます。
過去の掲載記事はこちら。