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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



■No.51(平成25年4月発行)

「研究と研究費助成をふり返って」

群馬大学・学長 高田 邦昭先生
高田 邦昭
群馬大学・学長

 私の父は鳥取大学農学部で農芸化学の教官をしていました。日曜日には、よく実験室について行き、複雑に曲がりくねったガラス管の組み合わさった蒸留装置をはじめとして、様々な実験器具に囲まれて研究している姿を見ていました。大学の研究室は日常生活とは、かけ離れた別世界で、実験室にいる父を見ると、科学という真理探究の神聖な儀式を厳かに執行している求道者のようで、子供心に科学者に憧れたものでした。

 そんなこともあったのか、大学では理学部で生物学を学び、そのまま進学した大学院では生殖生物学を研究していました。私が研究費のことを初めて意識したのは、この大学院修士の時です。多額の研究費を補助していた米国の財団の人が大学に現地視察に来た時(今から思うと、プログラムオフィサーのような人が来ての中間評価だったのでしょうか)、研究室を代表して研究の進行状況を私が英語で発表することになったのです。まだ国内学会発表も数回しか経験していないのに、いきなり英語でプレゼンをすることになり、緊張したものでした。思えば、これが研究費を獲得することの大変さを感じた最初でした。

 博士号取得後は、杏林大学医学部解剖学教室の助手に採用されました。新設医大のピカピカの研究室で、米国帰りの平野教授から、「研究者を目指すなら科研費を取ってくることが必須である」と、叱咤激励されたものです。若手のための奨励研究(A)(80万円)が初めて採択された時は、これでやっと研究者として少しは認められたのだと密かに喜んだものです。当時の解剖学教室は、研究費のあまりかからない光学顕微鏡観察が中心の時代から、電子顕微鏡観察や高価な試薬を使って実験を行う時代へと転換する移行期にあたりました。電子顕微鏡観察だけをとってみても、高額設備である電子顕微鏡は言うまでもなく、高価な試薬や抗体を使いました。さらに電子顕微鏡写真を撮影すると1枚で100円ほどかかりました。これを一日に100枚200枚と撮影しました。論文に掲載する1枚の電子顕微鏡写真の後ろには、その所見をサポートする写真が何百枚も必要なわけで、写真撮影するだけで研究費がどんどん嵩んでいきます。科研費はこのような研究を進めていく上で大変助かりました。

 当時はパソコンなるものは存在せず、科研費の申請はすべて手書きで行っていました。文章を練り上げてから精神を統一し、清書していきます。途中で間違えると、泣く泣く最初から書き直したものです。審査員が読みやすいことが採択されるには必須ということで、和文タイプで清書したこともありました。パソコン上で作成し、電子申請する現状を 見るにつけ、テクノロジーの進歩の速さには感慨深いものがあります。

 さて、助手から講師になり、数年経った頃に、米国NSFから分厚い書類が届きました。開けてみると、NSFグラントのレフェリーでした。まずは申請書類の分量に圧倒されました。さらに中身を読んでみて、課題の背景から予備実験の結果、実験方法、予測される結果まで論文以上にわかりやすく記載してあり、当時の科研費の申請書類とのあまりの違いに肝をつぶしました。また、研究費の総額はかなり高額ですが、そのかなりの部分が申請者自身や助手の給与に充てられ、いわゆる実験器具や試薬に使う費用はさほど多くはなく、日本と米国における研究費の構造の違いに改めて驚きました。採択されないと自分自身の給与も出なくなるということは、本物の刀を抜いて命がけの勝負をしているということです。給与は大学から支給されていて、研究費を得るためだけに科研費を申請している自分は、これに比べると防具をつけて竹刀で剣道の練習試合をしているようなもので、米国のダイナミズムの源を見たような気がしました。

 カリフォルニア大学での研究生活を終えて日本に帰り、しばらくして群馬大学内分泌研究所(現在の生体調節研究所)の教授となり、「さあ自分の研究を展開しよう」という時に、科研費の一般研究(B)が採択されたのはとても嬉しかったです。この後も、継続して一般研究(B)や基盤研究(B)が採択されました。この他に萌芽的研究や特定領域研究も採択されたことは、糖輸送体や水チャネルの研究を進めていく上で本当に有り難かったです。特に、水チャネルに関する特定領域研究では、国内のこの分野の研究者との交流や情報交換はもとより、後にノーベル賞を受賞したAgre教授をはじめとする世界の研究者とも活発に交流することができたのは大きな収穫でした。このような人的ネットワークは、研究推進にあたって何物にも代え難いものであり、特定領域研究の仕組みは研究費の配分額以上に有効に機能していたように思います。

 科研費の将来を考える時、「世界中で、こんな研究をしているのは自分だけである」、「自分がやらなければ誰も研究しない」というような広い知の基盤形成を担う研究を支える働きを大切にしてもらいたいと思います。近年、世界中が注目するテーマに、何十億円もの高額資金を集中投入する大型プロジェクト研究が盛んです。でも、考えてみれば、このような高額の研究資金の投入には、それに見合う成果がある程度予測されていることが大前提となります。この意味では、真に新しいものを追求するものではないと言えるかもしれません。発芽したばかりのユニークな芽が科研費で支援されて伸び、やがて太い樹となって日本の発展を支えていくことを願っています。

※所属・職名は執筆時のものです。

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