お問い合わせ先

独立行政法人 日本学術振興会
研究事業部 研究助成企画課、研究助成第一課、研究助成第二課
〒102-0083
東京都千代田区麹町5-3-1
詳細はこちら

科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.50(平成25年3月発行)

「私と科研費」

東京大学・大学院理学系研究科・教授、元日本学術振興会・学術システム研究センター・数物系科学専門研究員 永原 裕子先生
永原 裕子
東京大学・大学院理学系研究科・教授、
元日本学術振興会・学術システム研究センター・数物系科学専門研究員

 私の研究は、星が誕生する際、星の回りを取り囲んでできる原始惑星系円盤の中で、惑星の素材となる鉱物などの微粒子が多様な物理的条件の変化にともない化学反応をおこし、その成分や種類が変化し、さらに大規模に物質が移動する結果、惑星原材料物質の多様性を作って行く様を描き出すというものである。かくも、直接的には人々の役に立たぬ、夢を追う研究であるため、当然のことながら研究費は科研費しかありえない。すなわち、私の研究は科研費によってのみ支えられてきたということになる。それにとどまらず、多くの仲間たちと周辺分野の研究に携わる機会も与えていただいたことに、今更ながら科研費というシステムに感謝するばかりである。

 これまでにいただいた科研費を見ると、自分がたどった道がみえてくる。最初にいただいたのは、大学に職を得てすぐ、中澤清先生率いるそうそうたる顔ぶれの一端をけがさせていただいた。そこで議論されたのは惑星形成過程を主要な物理と、隕石などから得られる実証的な情報をもとに総合的に理解しようということで、物理と化学がまったく異なる世界にあった当時、画期的な考え方であった。このことは、その後の私の進路を決したといってよい。

 もともとは物質分析による化学的情報の積み上げが自分の原点であったが、ビッグピクチャーを描くために、物理と化学をカップルしなくてはならないと思い、実験的手法を導入にすることにした。原始惑星系円盤は人間の感覚では真空に近い低圧で、温度は岩石が溶けるほどの高温(>1500°C)から様々な氷が存在する極低温までの広い温度変化のある場である。岩石と有機物と氷とガスの成分の分布が温度変化に応じてどのような状態変化をするのか、すなわちこれら物質の相変化を定量的に扱うことが必要であり、1500°Cより高温の岩石の蒸発や凝縮をおこなう実験装置の開発が最大の課題であった。規格品があるわけではなく、装置の概念図から設計図を書くこと、特殊加工をしてくれる業者とやりとりをして装置を作ることなどに大半の科研費と時間を費やした。手探りのため、改良を重ねて作った装置は5台にのぼり、台を重ねることに経費もかかり、大きな科研費が必要となった。しかし物理とカップルさせるための化学情報は、最低限度には得られたものの、いまだ十分に納得ゆくレベルには達していない。

 だが、自分がもたもたとしているうちに、世の中は大きく変わり、惑星をもつ星はこの世に5万とあり(正確には今現在確定的に発見されている数は1000弱であるが)、その中には生命の存在する惑星もあるにちがいないと、膨大な数の天文学者や生命科学者が必死になって惑星探しに没頭したかと思うと、物理学者が生命の痕跡をどうやって見つけるかと頭をひねる時代となった。とはいえ、めずらしいもの探しを一歩はなれて、より一般的な問題として考えると、星の回りで作られる惑星はどのような組成をもち、水や有機物を作りうる素材を持つのか、具体的にどのような無機物や有機物をもつべきなのか、という理論的な予測が求められていることが明らかで、これはすなわち、私が当初に目指したサイエンスをさらに進展させることにほかならない。

 このような時代に突入したので、3年前から新たな科研費をいただき、今度は自分が多くの若い仲間とともに、原始惑星系円盤から惑星の子供である小さな天体で、生命の素材物質(といってもアミノ酸にもならない前駆的な有機物やそれとともにいる無機物)がどのように進化してきたかを解明する研究に手を広げ、今はその研究の半ばである。

 4年前から昨年にかけて、日本学術振興会学術システム研究センター研究員をやらせていただく機会を得た。科研費を充実させるだけでなく、科研費の審査・評価システムを研究者自身で審査評価するという、このシステムを作り上げ、維持している学振の仕事に頭の下がる思いであった。それ以上に重さを感じていることは、この厳しい時代にあって、科研費の総額が増加し続けていることである。平成8年から10年間で約2倍になる増加をし、最近2年間は極端なほどの増加である。津波や原発事故で厳しい生活を余儀なくされている方々が大勢おられる社会情勢の中で、科研費がこれほど増大していることの意味を、自分を含め、研究者はことさらに真剣に考えるべきときなのではなかろうかと思うこの頃である。

 現在の大学では科研費が必要なのだが、その背景には、法人化以来極度に研究以外のことに時間を使わねばならないようになった大学、異常なまでに“業績”と称される論文数が求められるようになった環境、それに対応するために研究員を雇用して“成果”をあげないわけにゆかないことが大きな理由に見える。そのほかにも、定員削減にともなう授業などの教育負担、研究成果の社会還元といって求められる、さまざまなアウトリーチ活動、これらの総和が、深く考える研究を不可能とし、お金をとって若手を雇用し、成果を出してもらう、若手も“業績”に汲々とし、サイエンスを深く追究する機会が減り、いざ人事公募になると、視野が狭いといって採用に至らないという負のスパイラルに陥っているように見える。一瞬の休む間もなく走り続けているこの状況は、長い目で見たときに真の独創的な研究の展開や若手の育成にどれだけ有益なのか、そろそろ考えてもよい時期ではなかろうか。私のような純粋理学の立場にいる者からは、誰にも一様に研究、教育、アドミニストレーション、アウトリーチなど、ありとあらゆることを要求する風潮を断ち切って、一人一人の持つ適性・多様性を尊重し、ゆっくり考える時間を確保し、真の意味の研究成果を挙げることを期待するという熟成した社会となれば、科研費も、もっと有機的・効率的使用が可能となるのではという気がしてならない。

※所属・職名は執筆時のものです。

これまでに掲載された記事は下記からご覧いただけます。
過去の掲載記事はこちら。