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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.44(平成24年9月発行)

「パリの夢はかなえられたか?」

新潟県立大学・学長 猪口 孝先生
猪口 孝
新潟県立大学・学長

 科学研究費なくして学者としての現在の私はない。それほど不可欠なものである。私は観念的政治学ではなく、実証的アプローチを使った政治学を専門としていたので、紙と鉛筆だけでもなんとかなるというわけにはいかなかった。歴史的アプローチも規範的アプローチも主題によって使うのであるが、大規模なデータを自分でつくり、自分で分析していくのを主要な仕事としていたので、科学研究費は不可欠であった。したがって、理系の方が文系は紙と鉛筆だけあればよいとか、酒ばっかりのんでいるとかの偏見を時に表明しているのは不思議なことだった。文系の方も殆どの方が紙と鉛筆だけあればよいという偏見を共有しているのをみるのは滑稽だった。そもそも理系とか文系とか分離しているのは笑止千万だった。

 しかも、半世紀前に始まって10年あまり前までは、私にとって科学研究費は取るのが難しかった。本当に難しかった。30歳代半ばから東京大学の附置研究所に配置されていたのだが、政治学の同僚は殆どいなかったせいもあるのだろうか、米国のPh.D. という前歴のせいか、政治学の分野で科学研究費は私が50歳代の半ばになってはじめて自分で使えるようになった。それでは、生産性が高かった若い時に20年間ももらえなかったためにさぞ困っただろうという方もいる。幸いなことに30歳代-40歳代には経済学の分野で小さな規模の科学研究費を使うことができた。とても嬉しかった。それなくして私の主要な研究が遂行しにくかった。おかげさまで、政治的景気循環、政党の選挙公約、政治家とくに族議員のキャリア・パターンなどの実証分析を日本ではおそらく初めて本格的に手がけることができた。補う意味で民間の財団の助けを得ることも時々できたのは幸運だった。集団で科学研究費を使うことが時々あったが、私の実証的研究遂行には、あまり役に立たなかった。

 科学研究費の恩恵に必ずしもあずからなかった20年間で私にとって幸いしたのは、研究・執筆・刊行について尊い経験をしたことである。第一、米国の学術雑誌の編集委員、第二、米国社会科学評議会平和安全保障委員会の委員、第三、国際連合大学上級副学長である。第一では、学術論文を執筆で終わることなく、いかに一流雑誌に刊行できるかを学んだ。第二では、研究奨学金の申請書の書き方、採否の判断を当代一流の学者のなかで学べたことである。第三では、すべてのプログラマティックな活動を私の守備範囲としていたので、学術会議の組織開催、そのための研究奨学金申請書、会議の後の学術書刊行、そしてディセミネーションをどのようにやるかを最高責任者として学ぶことができた。これらは、すべて私が30歳代半ばから50歳代初めに経験した。おかげで米国の学術雑誌にかなりの数の論文を載せることができたし、英文学術書も一流出版社(オックスフォード大学出版社、スタンフォード大学出版社、ラウトレッジ出版社、スプリンガー出版社、パルグレーブ・マクミラン出版社など)から刊行できた。著書だけで英文で30冊、日本文で70冊をこえる。

 私にとって科学研究費は50歳代半ばから始まった。これは20年間の長い日照りの後の慈雨のように大変ありがたかった。若い時に少額の科学研究費をもらっても大規模なデータ作りは無理だろうから、神が合理的な按配をしてくれたのだろうと思っている。実は30歳代から念じていたのは、アジアにおける大規模な世論調査である。1970年代初め頃に出発したユーロ・バロメーターの元祖、ジャック・ルネ・ラビエ博士(フランス世論調査研究所所長)に1978年にパリで会見を求めたのはこのためである。アジア・バロメーターとでもいうものをやりたいが、その時の注意すべきことをアドバイスしてもらった。とにかく単純で、明快な質問を用意し、規則的に質問票を使うことが第一、第二は人々の日常生活に則した、身近な質問を用意することであった。

 その20年余後、1999年にアジアとヨーロッパの18か国で民主主義(と不完全な民主主義)の機能について大規模な国際比較世論調査を実施するための科学研究費を獲得できた。人々は政治体制論といって、国家がどのレジームをつくるかについて関心をもつが、市民がそのようなレジームをどう思っているかについての実証研究は、アリストテレスからロバート・ダールにいたるまでなかった。そしてとうとう、2005年にはアジア全域29か国をカバーする「普通の人々の日常生活」、つまり「生活の質」の大規模な世論調査を実施する科学研究費を獲得できた。心の底からありがたかった。34歳にパリで夢見たものがついに叶えられたのである。前者は英文学術書3冊、後者は英文学術書2冊を刊行している。後者については、5万5千余の観察データの分析と刊行はまだまだ続く。学術論文は主として英文で行ってきたが、日本の社会に成果を還元するために、その集大成として2013年には1500印刷ページになんなんとする学術書を刊行する。2013年、私はまだ69歳である。

 このような科学研究費は私にとって天使のようなものであった。すごく待たされたような気もするが、それが良かったのだろう。学者の被引用数を示すグーグル・スカラーやその他の指標があるが、日本在住の政治学・国際関係論の分野で1990年代から2000年代、そして2010年代と殆ど継続的に私は他の追随を許さない、圧倒的な数を記録している。天使は待たせることで、その有り難みを強く感じさせることができる。

※所属・職名は執筆時のものです。

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