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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.42(平成24年7月発行)

「私と科研費」

国際教養大学・理事長・学長 中嶋 嶺雄先生
中嶋 嶺雄
国際教養大学・理事長・学長

 日本学術振興会の研究助成の担当者から、「私と科研費」というタイトルでエッセイを書いてほしいと依頼されたとき、正直なところいささか戸惑った。その理由は、私にとって科研費はあまりにも身近で貴重な存在であったばかりでなく、科研費の審査や使用方法についても、さまざま提言して改良された具体例などにも言及せざるを得ないのではないか、と思ったりしたからである。しかし、今日、文部科学省との連携の下に日本学術振興会が行っている科学研究費助成事業は、わが国の学術振興に不可欠な重要性を持っており、各大学が外部からの研究資金を獲得するための指標にもなっていて、私自身も若手研究者や外国人を含む個人の研究者が科研費に積極的に応募することを勧めており、大学としても科研費のほかに文部科学省及び日本学術振興会による「大学の世界展開力強化事業」などのプロジェクトに応募して採択されている。それやこれやで科研費に大変お世話になってきた一研究者として、思い起こすまにまに「私と科研費」について綴ってみよう。

 私が科研費に最初にかかわったのは、もう40年以上も前、人文・社会科学分野の大型プロジェクトとしての冷戦研究「国際環境に関する基礎的研究」が「特定研究」(1973~1975年度)として採択されたときであった。当時文部省には確か8年前後も異例の長期にわたって研究助成課長を務められた手塚晃氏がおり、さまざまなアドバイスを頂戴した。戦後日本の国際政治・国際関係の分野ではようやく冷戦研究の機運が熟しつつあったので、東京大学総長であった林健太郎先生にまず私がご相談して、総勢百数十人もの規模となった、この大型プロジェクトの研究主査になっていただいた。

 総括班(事務局)は東京工業大学に置き、総括班代表には、現実主義の国際政治学者として、また著書『平和の代償』(中公叢書)で話題を呼んだ永井陽之助・東京工業大学教授(当時。以下全て当時の職名による。)が就任され、アメリカ研究の本間長世・東京大学教授と私が副代表となって、計画研究17班、公募研究6班がテーマ別に研究チームを組織した。アメリカ分野では本間教授のほかに阿部斉・成蹊大学教授、朝鮮戦争分野では神谷不二・慶応義塾大学教授、東南アジアは市村眞一・京都大学東南アジア研究センター長、日本外交は高坂正堯・京都大学教授、中国分野では衛藤瀋吉・東京大学教授、石川忠雄・慶応義塾大学教授、今堀誠二・広島大学教授ら、ソ連分野では勝田吉太郎・京都大学教授、外交史の分野では細谷千博・一橋大学教授らにも入っていただき、それぞれチームを編成して集中的に研究していただいた。当時の文部次官・木田宏氏にもご支援いただいて京都で開かれた国際シンポジウムには、後に冷戦研究の世界的権威になるジョン・ルイス・ギャディス(John Lewis Gaddis) 氏やウォルター・ラフィーバー(Walter LaFeber)氏らも出席した。このときの「特定研究」には海外学術調査を伴っていて、私はその研究代表者も務めたが、近年活躍の五百旗真・広島大学助教授や矢野暢・京都大学助教授も参加していた。この大型研究の成果は中央公論社から「国際環境叢書」として刊行され、私の学位論文にもなった『中ソ対立と現代―戦後アジアの再考察』もその一冊であった。国際的には永井教授とハーヴァード大学の入江昭教授との共編によるThe Origin of Cold War in Asiaが1977年にコロンビア大学出版会と東京大学出版会から同時発行されて、日本の冷戦研究の水準の高さが注目された。

 次に大型の科研費にお世話になったのは、「東アジアの経済的・社会的発展と近代化に関する比較研究」(1987~1990年度、略称「東アジア比較地域研究」)であった。1980年代後半になると、日本をはじめ韓国・台湾・香港・シンガポールといったアジアNIEsの経済発展が注目されることになった。欧米の資本主義と近代化をもたらした従来のマックス・ウェーヴァー流の経済発展モデルとは異なる背景として「儒教文化圏」が注目されていたこともあり、東アジアの発展モデルを比較検討したいという学界や言論界の要請も背景にして、新しく始まった科研費の「重点領域研究」に応募することになった。私が研究代表者となり、猪口孝・東京大学教授と渡辺利夫・東京工業大学教授に副代表を務めていただいた。人文・社会科学分野で採択された最初の「重点領域研究」であり、審査には中根千枝教授、石井米雄教授ら錚々たる方々があたられたので、大変緊張して臨んだ思い出がある。「東アジア比較地域研究」には約70名の研究者が中嶋、猪口、渡辺の総括班のチーム以外に、飯田経夫・名古屋大学教授、加地伸行・大阪大学教授、岡部達味・東京都立大学教授らをリーダーとして計画研究10班が組織され、公募研究には源了圓・国際基督教大学教授らにも10班を編成していただいた。

 こうして計画研究約70名、公募研究約40名の総勢約110名の研究者が参加し、毎年1回外国からの参加者を交えての全体会議を大磯プリンスホテルで開催した。外国からの参加者には中国思想史の権威の米コロンビア大のW・T・ド ヴァリー(Wm・T・de Bary)教授、『アジア文化圏の時代』の著書で知られるフランスのレオン・ヴァンデメールシュ(Leon・Vandermeersch)パリ大学教授、ソ連科学アカデミー東洋学研究所のデリューシン(L・Deliusin)中国部長、評論家としても知られるロナルド・ドーア(Ronald Dore)英インペリアル・カレッジ教授、儒教と資本主義経済との関連の研究で著名な韓国の金日坤・釜山大学教授、中国の若手の儒学思想研究者の王家驊・南開大学助教授らを含んでいた。

 3年間と、さらにまとめの1年を加えた共同研究の成果は、日本学術振興会の機関誌『学術月報』(1991・1~3号)に「特集:東アジア比較研究」と題して連載され、私も研究代表者の立場から「『東アジア比較研究』の目標と成果」(1991・1)及び「『比較研究』とは何か―3年間の研究を終えるに当たって」(1991・3)の2本の論文を書いている。『学術月報』の連載を中心として日本学術振興会から学振新書『東アジア比較研究』が私の編著として1992年1月に丸善を販売店として刊行されたことも幸いであった。

 経済発展と儒教文化との関連については慎重な論議が必要であるが、ひとたび「離陸(テイク・オフ)」が開始された社会においては儒教文化や漢字文化の伝統を有することが近代化と経済的・社会的発展に資するのではないか、といったコンセンサスが得られたように思われる。

 科研費に関してもう一つ忘れることのできない恩恵は、現代中国に関する日仏共同研究が実施できたことである。日本学術振興会とフランス国立科学研究センター(CNRS)との協定に基づく日仏学術交流が日仏双方で19名の第一線の中国研究者によって行われたのは1984年暮れであった。それは「現代中国の政治と国際関係」と題して、当時セーヌ河畔にあったCNRS本部で開催された。私の長年の友人であるクロード・カダール(Claude Cadart)全フランス政治学財団国際関係調査研究センター(CERI)中国・極東部長がフランス側の代表を務め、日本側は私が研究代表者を務めた。この研究プロジェクトは先述の重点領域研究を引き継いだものでもあったが、それが科研費の国際学術研究として推進され、「現代中国における政治的・社会的変動に関する日仏共同研究(1992~1994年度)、「中国・台湾・香港の社会的経済的変動に関する日仏共同研究」(1995~1996年度)「東アジア諸地域の社会変動に関する日仏共同研究」(1997~1999年度)と6年連続で日仏共同研究を行うことができた。

 私たちの日仏学術交流は、おそらく人文・社会科学分野で随一の長期間にわたる交流といってよいであろう。アメリカの現代中国研究が政策指向型であるのに対し、フランスの中国研究はSinology(シナ学)の伝統と社会学の蓄積を踏まえているだけに、大変有益であり、常に活発な論戦となった。フランス側の主要メンバーはカダール夫人のチェン・インシアン(Chen Ying-xiang)CERI主任研究員、先述のレオン・ヴァンデルメールシュ教授らであり、日本側は中兼和津次・東京大学教授、小島朋之・慶應義塾大学教授、国分良成・慶應義塾大教授、園田茂人・中央大学教授、光田明正・桜美林大学教授、井尻秀憲・東京外国語大学教授、蒲地典子・米ミシガン大学教授らであった。

 日仏共同研究の成果の一端は、カダール氏と私との共編著『中国の戦略と龍の変身(Strategie Chinoise ou la mue du dragon)』と題してパリのAutrement社から1986年に刊行されていたが、新たに6年間続いた日仏共同研究の閉幕レセプションで私が挨拶したとき、フランス側参加者の目が潤んでいたとの報告を受けている(拙稿「日仏学術交流を終えて」『学術月報』(2000・3)巻頭言参照)。

※所属・職名は執筆時のものです。

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