お問い合わせ先

独立行政法人 日本学術振興会
研究事業部 研究助成企画課、研究助成第一課、研究助成第二課
〒102-0083
東京都千代田区麹町5-3-1
詳細はこちら

科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.35(平成23年12月発行)

「創造・展開・統合モデル研究と科研費」

東北大学・工学研究科・教授 元日本学術振興会・学術システム研究センター・工学系科学主任研究員 小菅一 弘先生
小菅 一弘
東北大学・工学研究科・教授
元日本学術振興会・学術システム研究センター・工学系科学主任研究員

 手元に一冊の報告書がある。平成11年4月12日付けで日本学術会議第3常置委員会から出された「第3常置委員会報告 新たなる研究理念を求めて」という報告書である。本委員会の委員長を務められた岩崎俊一先生(現東北工業大学理事長)は、今日世界中で生産されている、ほとんどすべてのハードディスクドライブ(磁気記録装置)で利用されている垂直磁気記録方式の発明者としてよく知られている。本報告書は、「学術全体の研究を基礎、応用、開発と細分して固定化する分け方自体が、学術の進歩をゆがめてきたのではないだろうか」と指摘し、基礎研究、応用研究などに変わる新しい研究モデルとして、創造モデル研究、展開モデル研究、統合モデル研究(創造・展開・統合モデル)を提案している。

 この分類は「実際に研究が進んでいく過程での研究者の心の動きに沿った分け方」であり、垂直磁気記録方式の発明が本モデル構築の際の糧になったと、岩崎先生のホームページに記されている。私が東北大学に赴任して少し経った頃に、偶然学内で岩崎先生のご講演を拝聴する機会を得た。学術の研究を3段階に分類し、社会への統合までをも考慮した本モデルに大いに感銘を受けたことを今でもよく覚えている。本モデルを文理融合を目指した研究理念であるという人もいたが、それは必ずしも本質ではなく、細分化された状態では決して進歩しないという学術研究の本質を表したモデルであると理解している。

 私自身の研究分野はロボティクスである。ロボティクスがカバーすべき分野は広く、ロボットに関わる研究はすべてロボティクスに含まれると考える。人工物はやがて社会に統合され、何らかの意味で人類の役に立たなければその存在価値は無いと考える私にとって、創造・展開・統合モデルは、研究プロセスを巧みに表現しているモデルであり、特にロボットのような人工物の研究者には必須のモデルであると思う。近年、人工物をサイエンスの道具として利用する研究も活発である。この場合、真の研究目的は開発される人工物とは直接関係が無いので、人工物そのものの研究と見なすことには違和感があるが、人工物の研究者が他分野の研究者とともに、人工物を道具として活用し、新しいサイエンスを開拓するのは有意義である。

 私のこれまでの研究を振り返ると、複数ロボットの協調、ロボットヘルパー、ダンスパートナーロボットなど、どの研究も、ロボットが人と同じような動作や作業を実現するにはどうすればいいかという興味から始まっている。幸い、いくつかの研究テーマは科研費(科学研究費補助金)によってサポートされ、一部は、既に実社会への統合を行う段階にある。色々な研究者の方々と意見交換をすることも多いが、残念ながら社会とか統合とかいう言葉は、日本における研究費獲得競争では禁句のようだ。基礎研究でもサイエンスでもなく、学術的な意味を持たない単なる応用研究であると見なされ、日本の多くの学術研究助成制度のスコープ外であると判断されることが多いようだ。そのため、日本生まれではあるが、国外で評価され開花した研究も少なくない。

 数年前、日本学術振興会学術システム研究センターの主任研究員として、科研費のシステムについて考える機会をいただいた。関係者の不断の努力によって、科研費に関するシステムは、極めて公平で緻密に構築され、今でも日々改良がなされている。日本のファンディングシステムの中での科研費の名声は、諸先輩をはじめとするこれまでの関係者方々の努力の賜である。主任研究員としての任期を終え、大学の一教員に戻り、最近気付いたことがいくつかある。学術研究にとって、科研費が果たしている役割が極めて大きいことは、誰もが認める事実である。しかし、学術研究そのものではなく、研究費を獲得することが研究の目的になっているのではないかと思わされることが時々ある。海外でも状況は同じで、ファンディングシステムはその国の学術研究のあり方に大きく影響する。

 また、最近耳にして驚いた話がある。近年多くの研究者から注目されている魅力ある研究を行っている若手研究者から聞かせていただいた話である。彼の研究分野は、科研費の分科・細目表のどこに当てはまるのか、判断が難しい新しい研究分野である。次のポジションを狙ってある大学で面接を受けた際に、面接員から研究分野はどの分科・細目に当てはまるのかと質問され困惑したそうである。科研費の評価が高くなるとともに、分科・細目表が、我々の知らないところで一人歩きを始め、日本の学術研究の発展に予期せぬ影響を与えているのではないだろうか。今後も、科研費が、我が国の学術研究の健全な発展に寄与し続けることを祈りたい。

※所属・職名は執筆時のものです。

これまでに掲載された記事は下記からご覧いただけます。
過去の掲載記事はこちら。