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科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.30(平成23年7月発行)

「国際的貢献と国内公平性基準の相克」

(財)年金シニアプラン総合研究機構・研究主幹 一橋大学・特任教授 高山 憲之先生
高山 憲之
(財)年金シニアプラン総合研究機構・研究主幹
一橋大学・特任教授

<事実や証拠に基づく政策立案>

 私は年金問題の研究者である。半生を年金研究に費やしてきた。日本の年金制度は複雑であり分かりにくい。過去、数次にわたる利害関係者間の調整と妥協の結果である。

 年金制度の改革時には将来世代の意向が軽視された。一方、行政担当者の熱い思い入れが罷りとおることも少なくなかった。最近でも運用3号問題が突如として浮上し、迷走をくりかえした末に、関連する課長通知は不適切だとして廃止された。強い政治主導が招いた混乱である。

 欧米の主要国では、施策を検討するさいに、まず、客観的事実や証拠を可能なかぎり多く集めて整理し、それに基づいて、施策の発動がプラスマイナス両面でどのような影響をもたらすかを計量的に把握する。その結果を重要参考資料として尊重し、政策判断につなげている。事実や証拠に基づく政策立案(evidence-based policy)といわれるゆえんである。

 他方、日本では事実や証拠に基づく政策立案は社会保障の分野では未だにほとんど行われていない。上述した運用3号措置も、事実を慎重に確認することがなされないまま発動されてしまった。子ども手当についても政策形成過程はほぼ同様であった。

 事実や証拠に基づく政策立案が日本の社会保障分野においてこれまで皆無に近かったのはなぜなのか。その主要な理由は、ミクロデータ(分類・集計される前の個票データ)やパネルデータ(同一の個人・家計または企業を継続的に観察し記録したデータ)の蓄積があまり進んでおらず、また仮に蓄積されても、その利用に厳しい制限がつけられていたことにある。いきおい公表されている統計だけを頼りにして政策は議論されがちとなる。因果関係の判別や政策シミュレーションは二の次になっていた。

 私は比較的若いときから幸運にも科研費とミクロデータの双方を継続的に利用する機会に恵まれ、ミクロデータの解析結果を内外の学会等で発表してきた。世界に通用する論文や著書を執筆・刊行し、年金に関する世界第一級の研究ネットワークを形成することができたのは、ひとえに科研費とミクロデータ利用の賜物である。


<大型研究プロジェクトを推進するなかで考えたこと>

 2000年度以降、私は年金をはじめとする世代間問題を経済学的に分析する大型研究プロジェクト(特定領域研究・特別推進研究)の領域代表者・研究代表者として重責を担いつつ、研究を推進してきた。そのなかで考えたことを、以下いくつか述べたい。

 まず第1に、人文・社会科学系の研究は巨額の予算を必要としない、という意見がある。しかし、例外もある。上記の特別推進研究で実施された「暮らしと健康に関するパネル調査」は米国では1992年から、英国では2002年から、大陸欧州では2004年からそれぞれ実施されている。米国の場合、約2万人を対象とする調査であり、1回分の調査に投入される金額は億円単位である。上記調査の実施には日本でも巨額の予算を要した。国際比較可能なパネルデータを作成することに対する内外の要請は年々、高まっている。人文・社会科学系の分野でも巨額の資金を要する研究が現にある。

 第2に、国際的にきわめて高い評価を得ているパネル調査については、日本の国際的貢献という観点を最優先し、その継続実施を認めてはどうか。特定の個人・研究チームへの継続的な研究費配分に対しては、集中排除を求める声が日本国内では総じて強い。その結果として、経常的なデータ蓄積を必要とするパネル調査を5年超にわたって日本で実施することはほとんど不可能となっている。国内における公平性追求と国際的な貢献は必ずしも両立しない。世界から高い支持を得、利用者が内外に拡がっている調査を、国内公平性基準に反するからといって中止させてしまってよいのだろうか。

 第3に、間接経費の重要性を訴えておきたい。大型研究プロジェクトの推進には事務局長的なプログラム・コーディネーターや経理を円滑に処理していく有能なスタッフが複数必要となる。さらには将来有望な若手研究者や世界最先端の研究に従事している外国人研究者等を期限つきで研究分担者として雇用し、陣容を厚くすることも求められる。無論、施設も使用する。それらのために必要となる費用は間接経費で賄うことになっている。研究環境を整備し充実させるための手段として不可欠かつ重要な間接経費を今後、縮減したり廃止したりしないでほしい。

 第4に、大型研究プロジェクトの推進者となって、はじめて可能になったことが、もう1つある。それは、大規模な国際会議を毎年、日本で定期的に主催することであった。言うまでもなく、小規模で散発的な会議では望むべくもない多大な成果が大規模かつ定期的な国際会議では得られる。中国への関心が世界規模で急上昇しているとはいえ、課題先進国である日本から世界に向けて積極的に情報発信する必要性も依然として高い。ただ、日本で国際会議を開催すると、アルコール代は主催者や日本人参加者の個人負担となりがちである。その負担に耐えかね、国際会議を日本で開催することなどしたくないという人が私の周辺では少なくない。アルコール代の計上について例外的容認を科研費の中で検討する余地はないのだろうか。

※所属・職名は執筆時のものです。

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