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科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.29(平成23年6月発行)

「科研費を卒業してから思うこと」

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井上 博允
東京大学・名誉教授
前日本学術振興会・監事
産業技術総合研究所・研究顧問

 1970年、人工の手の計算機制御に関する研究で博士の学位を取得し、通産省の電子技術総合研究所(電総研)に入所、ロボット研究プロジェクトに参加して、知能ロボットの研究に取り組むこととなった。この研究には電総研の所内特別研究として、新技術を開拓し産業へ波及効果を及ぼすことが求められていた。しかし今にして思うと、研究はきわめて自由、公務員としての規制も管理も感じることはなく、永田町にあった古い建物内の研究室には、高度成長期にあって若い研究者が集まる梁山泊の雰囲気があった。米国の大学に比べれば少ないものの当時の日本の大学に比べれば潤沢な研究費のもとで、電気・機械・情報・制御・数学などの異分野出身の研究仲間と共に、世界の研究仲間と競いつつ、知能ロボットの研究に自分自身が専念できた8年間は私にとってこの上ない貴重な体験だった。

 1978年、私は東大にできた横型大学院の情報工学専攻情報システム工学講座の助教授として転任した。赴任にあたり、講座担当の渡辺茂教授は、「君の思うシステム工学をやりたまえ」と言われ、指導教官だった藤井澄二教授は、「俊英を集めて凡人を作ることなかれ」と言われた。自由は研究費の調達も含めてのことであり、研究の方向・アプローチ・長期計画の全てを新しく考える必要があった。科研費との出会いはこのときに始まり、以後、2004年3月の定年退官まで、私の大学における研究はほとんど全てが科研費(未来開拓学術研究推進事業も含めるが)に支援して貰うことになった。

 私の場合、科研費は研究室の研究テーマの設定とその実施計画を具体化するための最も重要な原資であり、研究活動カレンダーの時間進行を制御していた。毎年9月末は申請書を作る時期であり,将来の研究計画について仔細に検討し申請書類にまとめる。良いテーマの場合には申請書は素直にうまく書ける。計画の詰めが甘い場合には書きにくく、自分たちの研究の課題や攻め方に対する反省の機会となった。4月下旬、採択通知が事務室のポストに入っていれば明るい気分でゴールデンウィークを迎えられたものである。夏休みに入るころ研究費が使えるようになり、秋から冬に向けて研究は佳境に入り、2月には学内の物品購入期限となり、3月初めには実績報告書をつくる。研究室内で、研究期間と研究種目の異なる複数の科研費を持っている場合には大変忙しいが、研究遂行上の余裕と引き換えだから仕方がない。もし科研費が切れようものなら死活問題である。科研費は研究者に季節のメリハリを感じさせ、程よい緊張感をもたらしたと思う。

 科研費の申請書の様式は外国の申請書に比べ簡単すぎるという批判もある。しかし、私は、現在の科研費の申請書類の様式は、申請する側から見ても、審査する側から見ても、多すぎず少なすぎず、大変良くできていると思う。研究目的、研究経過・研究成果・準備状況、研究計画・方法の具体的記述、研究成果の実用化の見通しや社会的貢献度、予算計画、研究業績、これを限られた分量の中に明快に書くのは大変である。私は、大学院の博士課程学生を対象とした授業で、各学生に自分の研究課題について科研費の申請書類を作る仮想演習を課したことがある。自分の研究を客観的に評価する良い機会であり、研究者として訓練しておきたかったからである。受講した学生からは後で大変役立ったと聞いた。

 若いとき電総研で経験した新技術開拓を目指す大型の共同研究、科研費による大学での研究、それから、産官学共同によるロボットの国家プロジェクト研究開発の指揮、を経験してみると、科研費の有り難さと同時にその役割の限界も感じる。基礎研究と社会の要請に応える研究に対する研究者の微妙な意識のすれ違い。人社、生物、理学、工学の価値観の多様性。純粋な知的好奇心研究と激烈な国際競争にさらされる分野の研究における時間感覚の違い。など、全てを一律に取り扱うのは難しく、枠組みに関する課題も抱えている様に見える。私は、科研費にはボトムアップの研究を支えるという理念を研究費拡充より大事にして欲しい、と願っている。理学であれ、工学であれ、人社であれ、好奇心に根ざす基礎的な研究を大学らしく落ち着いて長く続けられる研究種目が必要だと思う。その際、総額は同じで毎年の予算を少なくしても、長期間研究できる方が良いと思う。使う側も、易きに流れぬ様、長期間緊張感を持続することが前提ではあるが。

※所属・職名は執筆時のものです。

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