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科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.27(平成23年4月発行)

「科研費に育てられて」

千葉大学大学院融合科学研究科・教授 元日本学術振興会・学術システム研究センター・化学主任研究員 西川 恵子先生
西川 恵子
千葉大学大学院融合科学研究科・教授
元日本学術振興会・学術システム研究センター・化学主任研究員

 私の専門は物理化学の実験系で、中規模の研究費を必要とする分野である。オリジナルなデータを出すために、自分が使う装置は工夫を凝らし手造りしたり、部品を組み合わせて造るのが当たり前という分野でもある。その立場で、基礎研究とそれに付随した教育に携わって来た者として本稿をまとめる。

 学習院大学理学部に助手として採用され、博士課程を中退し8月に赴任した。赴任早々、「科研費」という研究補助金が有ることを聞き、応募したのが科研費との最初の出会いである。当時、若手が応募するのは「奨励研究」であり、上限が50万円程度であったと思う。幸い採択され、最初に購入したのは小型真空チェィンバーであった。部品や中に設置する装置を工夫することにより、多目的に真空下での実験が出来るステンレス製の真空容器である。申請したときの目的の実験以後も次々と発展し、いくつかの研究テーマに使うことが出来た。さすがに現在では出番も無くなったが、私の研究の出発点の装置として、実験室の棚に鎮座している。

 「奨励研究」に応募していたころに、大学時代に講義を受けたI教授から良い指摘をいただいた。I教授は、たぶん書面審査員として私の粗雑な申請書をご覧になったのであろう。学会でお会いしたときに、一般論として、以下のような指摘をしてくださった。「研究費の申請額は、君の給料の何ヶ月分かで、それだけのお金を得るためには懸命に仕事をするでしょう。研究費獲得でも、申請額に見合った時間と労力をかけなさい。」確かにご指摘の通りで、これ以後、私は研究費申請に自らの研究に対する思いを全力でぶつけ、申請書を仕上げるようにしている。

 長く助手を勤めたが、助手時代の最後の時期には、少し大型の種目にも応募していた。一般B(現在の基盤B)が採択され、当時販売され始めていた、X線を2次元で検出できる装置を購入した。その後、すぐに横浜国立大学教育学部に助教授として独立した研究室を持つことができた。その当時は、科研費で購入した備品は、所属機関の物品という考え方が一般的であったが、助手時代の教授が「嫁入り道具として持って行っていいよ。」とおっしゃって下さり、この装置とともに独立した研究室をスタートさせた。そのX線検出器が活躍し、次の研究のステップになったことは言うまでも無い。現在の大学に移ってから、その検出器も壊れた。修理を重ねたが、とうとう部品の調達が出来なくなり廃棄処分をせざるを得なくなった。研究室のA助手の「先生、もう棄てましょう。」の一言に、私はよほど悲しげな表情をしていたに違いない。それから1ヶ月後の誕生日、A助手や研究室の学生がプレゼントしてくれたのは、そのX線検出器の制御回路をうまく切り取りインテリアに仕上げてくれたものであった。電子回路の分かる訪問者には、「随分クラシックな電子回路ですね。」と笑われながら、私の部屋の壁に掛かっている。

 科研費との最も大きな関わりは、平成17~21年にわたって、特定領域の領域代表を務めたことである。その領域のテーマとなった「イオン液体」の出現を、私達は「液体科学の革命」と位置付けている。環境調和型媒体としても脚光を浴び、タイムリーなテーマとして採択された。採択を目指して、研究計画やグループ作りに随分手間暇をかけたが、その時いただいたコメントを忘れられない。そのコメントとは、「特定領域の選考は、学術的なお家芸として日本がその分野に投資するか否かを決めることだ。」という言葉である。日本の当該分野の研究者を結集したこともあり、この言葉通り、基礎研究は言うに及ばず、応用展開においても大きな発展を実感した。日本におけるイオン液体研究を世界の中核の一つとすることが出来たと思っている。それ以外にも、特定領域研究(これを引き継いだ新学術領域研究)は、当該分野の若手研究者の育成に大きな効果があること、世界的に見ても基礎研究での大所帯の研究はユニークであり、日本の学術振興の特徴として誇ってよいことではないかと実感した。

 研究をスタートするとき、重点領域や特定領域のメンバーとなり周辺領域の研究を学び共同研究の効を実感したとき、そして大きく研究を飛躍させるとき、常に科研費のお世話になった。私は、科研費に研究者として育てていただいたと言って過言ではない。研究者の自由な発想で研究できることが、科研費の一番の魅力である。科研費の特徴の一つとして、研究者の自由な発想で行うボトムアップ型の研究を謳っているが、少しずつ現場ではそれが変わってきていることが気がかりである。出口指向で短期間に成果が出易い研究が多く採択される傾向がその一つである。また、経費の使い方が、トップダウン式の研究経費の使い方に近づいている。経費の使い方で、現場では自己規制的対応が迫られ、多くの理由書や説明書を書かなければならない。教育や研究に費やすのと同じくらいの時間と労力が書類書きに使われている。一部の不都合への対応として、すべてに適用させるがんじがらめの枠組みを作って、時間と労力を費やすことは大きな損失ではないだろうか?次年度繰越制度や一部の科研費の基金化などが科学技術・学術審議会の研究費部会などで審議され制度化されてきている。研究費が使い易くなる道筋が制度化されることは喜ばしいことである。科研費を使う現場でも、自己規制の呪縛と萎縮から解き放たれ、最大限の効果と息の長い成果が出せるよう心すべきである。

 科研費は、小さい種目で500万円以下から、大きな種目になると数億円と非常に幅がある。これらは区別して、そのあり方等を議論すべきであろう。大型の研究経費選考は、政策的な価値観が多少入ってもよいと思われる。これに対して、小さな種目(基盤C,若手B)は、日本の学術の基礎を支え芽を育む最も重要な種目である。また、運営費交付金だけでは研究室の維持も出来ない現状(この現状を是とするものではないが)では、大学院生教育にも大きな役割を果たしてもいる。現在これらの採択率が20%を少し超えた程度である。これに加え、挑戦的萌芽研究(22年度の採択率10数%)が、基礎・応用を問わず新しい分野の芽吹きを促し、チャレンジングなテーマに挑戦できる機会を与える研究費として、強く認識されるべきである。是非これらの採択率が30%程度まであがることが望まれる。聞くところによると、科研費は23年度政府予算案で大幅な増額が認められ、これらが上記の小規模研究を支え新しい分野の芽吹きを促す種目に措置され、かつ基金化されるとのことである。喜ばしいことである。これが今回だけのことに終わらず科学・技術立国としての日本の当たり前のこととなって欲しいものである。

※所属・職名は執筆時のものです。

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