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科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.26(平成23年3月発行)

「科研費には多様性確保への配慮を」

豊橋技術科学大学・学長 榊 佳之先生
榊 佳之
豊橋技術科学大学・学長

 正確には覚えていないが十数年前、文部省(当時)研究助成課の課長席の後ろの壁に「科研費1000億円達成」と言う横断幕が誇らしげに掲げられていた。1000億円達成は当時の科学界の大きな目標であった。その後、関係者の努力によって科研費の総額は着実に伸び、平成22年度にはほぼ2000億円到達、そして来年度23年度予算案では何と2600億円を超える大幅増額となるとのこと。また年度を越えて使える基金制度も一部の研究種目で導入される。かつて皆が研究費の乏しさに堪えていた時代に比べて隔世の感がある。科学技術の発展にとって誠に喜ばしいことである。しかし同時に、時代が大きく変化する中でこの大幅増の機会に科研費の果たすべき役割、それを果たすための方針や制度をもう一度確認、検討することも必要ではないかと最近感じている。

 国にはいくつかの科学技術振興の予算があるが、現行の第3期科学技術基本計画では科学研究費補助金は基礎科学研究、それも重厚な知的蓄積を目指し、多様な研究や時流に流されない普遍的な知の探究を担う、自由な発想に基づく研究を推進するものと位置づけられている。わが国の自然科学系のノーベル賞の対象となった研究もこの科研費でサポートされたに違いない。科研費は我が国の科学技術の最重要基盤と言えよう。

 しかし、ここ数年を見ると科研費を取り巻く状況はかなり変わりつつある。特に科研費と対極的或いは相補的位置にある戦略的政策課題の研究開発予算との関係である。政策課題対応研究の予算規模は科研費より圧倒的に多く、しかも第3期科学技術基本計画では「選択と集中」を基本的考えとしていくつかの分野に重点的に投入されてきた。これは国家の振興策として当然であろう。しかしその結果、重点分野に関連する研究者に資金が集まり、国立大学の法人化もあり資金のとれる研究者を有力大学が引き抜く(?)と言った研究者と研究費の「選択と集中」現象が大学にも起こってきた。そしてこの「選択と集中」現象が科研費にも表れているように見える。

 22年度の科研費の獲得状況は科学技術白書を見ると政策的研究課題でも大型研究費を獲得している十数大学に集中していることが分かる。米国では中堅クラスの大学までそれなりの配分があるのに比べて余りにいびつであると感ずる。現状では「時流に流されない普遍的な知の探究を担う、自由な発想に基づく研究の推進」を掲げる科研費も時流に流されそうになっているのではないかと気にかかる。東大、京大など十数大学が優れていることは国際的な大学ランキングでも判る。しかしそこだけが突出しているとは思えない。

 私はこれまで九大、東大、理研での研究・教育の職を経て豊橋技術科学大学の学長に就任したが、豊橋技科大と言う規模の大きくない大学でも九大、東大、理研に比べて十分ではない研究費の中で知恵を絞り、何が本質かをじっくりと考え、著名な大学や機関に肩を並べる、時にはそれらを凌ぐ独創性の高い研究や技術開発が少なからず行われていることに感心した。他の地方の大学でも似たような状況が見られるのではないだろうか。地方の大学の実力に関する私の肌感覚と科研費の配分額の格差の実態は相当に違っている。政策的課題ならともかく、科研費でも選択と集中が起こることは日本の科学振興の面で問題があるのではないかと感ずる。

 今、基礎研究の多くを支えてきた大学、特に国立大学の基盤的経費が政策的に削減され、教官に配分される研究経費はゼロに近付いている。科研費も十分に回ってこないこのままの状況では地方で育つ多様な研究の芽が消えてしまう心配がある。国立大学の振興策と科研費は趣旨が違うと言う議論もあろう。しかし生命が過酷な地球環境の中で生き残ってきた戦略は「多様性の維持」である。同様に、国家の科学技術や産業振興の面でも政策的研究課題への「選択と集中」は短期的競争力強化として重要であるが、中長期的に見れば「多様性」も堅持が必須である。底辺から生まれる多様な選択肢があってこその「選択と集中」である。

 天然資源に乏しい日本が真の科学技術立国となるには新しい多様な芽を自ら産み出す力、すなわち多様な基礎研究を堅持することは重要である。それは政策的研究経費と対極にある科学研究費補助金の果たすべき役割ではないだろうか。具体的には科研費の目指す「重厚な知的蓄積を目指し、多様な研究や時流に流されない普遍的な知の探究を担う、自由な発想に基づく研究を推進する」趣旨に沿って、全体として25%を切っている採択率を上げること同時に、これまで若手への特別の配慮がされたように、多様性確保の視点から(地方の)ユニークな研究にも特別の配慮を考えることも必要ではないだろうか。

※所属・職名は執筆時のものです。

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