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科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.18(平成22年7月発行)

「隔離された競争とプロクルステスのベッド
-科研費の制度設計を脅かす2つの罠-」

早稲田大学・政治経済学術院・教授 鈴村 興太郎先生
鈴村 興太郎
早稲田大学・政治経済学術院・教授

 日本での研究生活の大部分を、京都大学および一橋大学に附置された経済研究所で過ごした私は、一昨年の春から早稲田大学の教師生活に転進して、日々新たな発見と驚きの経験を重ねている。37年間にわたり附置研で研究に専念した割には、私が科研費を受けて研究を推進した機会は決して多くはない。代表者として科研費を得て推進した研究は、1985年度以降、拠点代表者として推進した一橋大学のCOEプログラムを除けば5課題に過ぎず、共同研究者として課題の一部を担ったプログラムを含めても13課題に留まっている。とはいえ、これら科研費プロジェクトのキーワードを列挙すれば、厚生経済学・社会的選択・世代間衡平性・地球温暖化・手続き的衡平性・非帰結主義・寡占的競争と経済厚生・産業政策と競争政策・自由主義的権利と厚生主義・社会的決定機構の情報的効率性・電気通信規制とテレコム改革・経済制度と社会規範など、まさに私の研究の中核を形成するコンセプトが網羅されている。この意味で、私の研究成果の精粋が科研費による助成に深く根差すことは紛れもない事実であり、この公的な研究助成に対して、私は深く感謝している。

 それにしても、科研費でカヴァーされた研究プロジェクトが--特に研究生活の初期において--少ないことには、はっきりした理由がある。第1に、社会科学のなかでも基礎論に位置する厚生経済学と社会的選択の理論では、膨大な研究費、大型の機械・設備、多数の研究補助者のチームを必要とすることは稀であって、世界水準で卓越した研究者との交流の機会と静謐な時間が確保されることこそ、研究活動に対するもっとも重要なインプットなのである。この意味で、研究環境が整った京都大学経済研究所では、私にはあえて研究費の競争的な獲得に大きな精力を割く誘因がなかったのである。第2に、私は英米の大学から招聘をうけて在外研究に専念する機会を数多く得る幸運に浴してきたが、その楯の半面として、日本での科研費申請のタイミングを失することが少なからずあった。このこと自体は私の選択の結果に過ぎないが、研究プロジェクトを全体としてみれば紛れもない国産研究であるにも関わらず、研究期間の一部を外国の機関で過ごすことが、研究プロジェクトの申請資格を否定する根拠になるべきかに関しては、多分に疑問の余地があるのではなかろうか。

 私と科研費との関わりの第2の側面は、特別推進研究やGCOEプログラムを含む審査への協力の経験である。この面に関してもいずれは述べたい私見もあるが、これに関しては別の機会を待つことにしたい。ただ、審査される側も審査する側も疲弊を重ねている現状をみて、競争的な研究資金配分制度に対するシニカルな反応が増大しつつあり、ピア・レビューを揶揄する発言さえ散見される現状には、いささか憂慮を深めている。デモクラシーに関するチャーチルの警句をもじっていえば、ピア・レビューはテリブルな仕組みだが、それに対するどの代替的な選択肢と比較しても、まだしもましな仕組みであると言わざるを得ないからである。

 私と科研費との関わりの第3の側面は、科研費制度の在り方を検討して、その改革の道筋を検討する審議会などへの参加の経験である。こうした機会を重ねた体験に基づいて、私には科研費の制度改革には警戒を要する2つの罠が潜んでいるように思われる。いずれの罠も、人文・社会科学系の研究者と、生命科学、理工系の研究者との間にある大きなギャップに仕掛けられている。

 第1の罠は、人文・社会科学系の学術と、生命科学、理工系の学術との融和困難な異質性を強調して、科研費制度の研究領域別の細分化にいざなう危険性である。人文・社会科学系の基礎研究であれば、ほとんど一年間の着実な研究を支えられる助成金額を指して、そんな助成額ではひとつの実験さえできないと言い放つ研究者を同一の制度に収納することの難しさを思えば、この罠に制度設計者を引き寄せる誘惑は、それなりに強いと懸念される。第2の罠は、細分化された学術分野内での隔離された競争の非効率性を強調するあまりに、学術分野の差異に対する配慮を欠いた一様な制度を推奨・維持して、いずれの学術分野にも--方向は逆であっても--無理な皺寄せを結果的にもたらしてしまう誘惑である。私はこの第2の罠をプロクルステスのベッドと呼んでいる。ある分野には過大な、そして別の分野には過小な上限を共通に設定すれば、競争的研究資金の配分に非効率的な歪みが生じる可能性が高いからである。

 日本の学術のソリッドで持続的な発展のために、科研費の制度設計に研究者の叡智が真剣に傾けられて、2つの罠を避ける的確な道が発見されることが切望されるところである。

※所属・職名は執筆時のものです。

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