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科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.16(平成22年5月発行)

「独創研究を育てる研究費として」

東北大学・名誉教授・(財)電気磁気材料研究所・理事長 増本 健先生
増本 健
東北大学・名誉教授
(財)電気磁気材料研究所・理事長

 以前、STM(走査型トンネル顕微鏡)の発明でノーベル賞を受賞したローラ先生と会食した際に、“最近、日本の研究費が大幅に増加していることは大変好ましいことだが、その配分と評価方法に問題があるのではないか”と問われた。その根拠を聞いたところ、“前にNatureにもこの問題点が指摘されていたが、日本に来て色々と調べて見ると、大きな問題があると感じた”というのである。とくに、強く感じるのは“適正な評価によって研究費の配分が行われているのだろうか”という点であった。私も、最近とくに重要視されているプロジェクト研究(集団研究)では研究プロジェクト全体としての評価は行われているものの、一方、個人の独創性について十分に評価が行われているのであろうか、と感じている一人である。当然なことではあるが、競争的資金である科学研究費補助金は、研究者の発想を重視した自主研究への資金支援が重点であり、学術上の公正な評価によって独創性の高い研究者に支給され、優れた研究を育成・発展させるための補助金制度である。

 振返って見ると、私自身も、昭和46年から開始した「アモルファス金属の研究」のことを思い出すのである。その当時は、“金属は結晶である”と学術的に定義されていたが、その時代に“金属をアモルファス状態(非晶質)にしたらどうなるか”と想像した。そして、アモルファス状態の金属の強度や変形はどうなるのか、を調べて見たいと思ったのが切掛けであった。その年は、東北大学金属材料研究所「特殊鋼部門」の教授に昇進した時で、引継いだ研究室にはその研究に必要な実験装置が無く、また自由に使える研究費もほとんど無い状況であった。そこで、自ら超急冷装置や強度・変形測定装置などを約1年掛けて作り上げた。中古品の掃除機モータを利用し、機械工作により冷却装置を自分で作り上げたので、最初の研究に要した研究費は、僅かに数万円程度であった。今これらの装置を購入するとすれば、必要な研究費は2千万円以上になるであろう。その他のほとんどの器具類も所内工場の旋盤加工や石英ガラス細工によって作り上げながら研究を進めた。勿論、当時も科学研究費補助金制度があったが、申請書を出しても、常識外れの内容であったためか採択されなかった。漸く研究費を獲得することができたのは、昭和50年になってからであり、一般研究(A)「非晶質構造金属の強靭性と変形・破壊機構に関する研究」が採択された。この採択によって、アモルファス金属の研究をさらに継続、発展させることができたのである。科学研究費補助金は、必要な時に、必要なだけの研究費を研究者に与えて、研究者の独創的・創造的アイディアを支援することが本来の目的であり、私は幸いにもこの科学研究費補助金の恩恵を得ることができたのである。

 平成期になって、わが国の科学研究費は年々増加し、平成22年度の科学研究費補助金は2千億円に達しており、この金額は平成元年の約4倍である。このように、大学等の研究者に投入される科学研究費が急増している時に、ローラ先生が問題点を指摘されたのである。

 最近の科学研究費補助金に関するデータを見ると、大学間、地域間、学問分野間、基礎-応用間、ビッグサイエンス-スモールサイエンス間での配分に不均衡が現れ始めているようである。そして、投入される研究費が、必要以上に一部の機関や個人に偏って配分されていないかという問題が指摘されている。

 平成21年度の採択データで見ると、科学研究費補助金の全採択課題の内、主要な総合大学(いわゆる旧帝国大学)が約26%、上位の30機関で約50%を占めている。これらの機関は比較的規模の大きい研究費を得ているので、配分額の割合はこれ以上に大きくなっている。また、国立大学が採択課題の59%を占めている。平成16年度の62%と比べると僅かに減少してはいるものの、私立大学の23%とはまだ大きな差が見られる。この背景には、もともと私立大学に比べて国立大学の応募件数が多い(全体の54%)という事情があるものの、個人の自由な発想が基本である学術研究分野において多様性が重要であることを考えると、私立大学や地方国立大学を含む多くの大学において、数多くの課題が申請され、採択されることが望ましい。また、研究費配分において不均衡が存在するとすれば、わが国全体の研究力の強化という観点から見逃せない問題であり、今後検討しなければならない重要課題であるといえる。研究費の増大に伴う様々な格差は、厳正な審査に基づいて行われた結果であるから、特に問題では無いと言う人がいる。しかし、本当に適正な研究費配分であったかを知るには、研究終了後に行われる事後評価を行って初めて明らかになることであろう。

 さらに大きな問題は、産学官の共同研究の促進によって、学術的な基礎研究よりも目的指向の強い応用研究を求める傾向が顕著になっていることである。勿論、基礎研究を応用研究に繋げることは、国費の投資を社会還元する点で重要なことであるが、このために研究者個人の独創性や創造性を損なうことがあってはならない。私がアモルファス金属の研究を始めた最初は、実用材料として広く利用されるとは誰も予想していなかったことであった。実際に実用材料として大量生産されたのは最近のことであり、研究開始から30年以上も経た後のことである。現在では、省エネトランスの鉄心材料や電子機器の電源用部品材料などとして新しい産業へ発展し、世界で広く利用されている。このように、単なる興味本位で始めた新材料が実用化に成功したのは、着実な基礎研究に対する科学研究費補助金の支援のお蔭であった。

 戦後の欧米追従的研究を脱皮し、わが国独自の学術分野の開拓が重要になっている今日、研究者の独創性を重視する科学研究費補助金の役割は益々重要になっているが、その役割を一層確実にするためには、公正かつ先見性ある事前評価と厳正な事後評価の実施であり、この両面からの総合的評価が重要であるといえる。

※所属・職名は執筆時のものです。

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