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科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.15(平成22年3月発行)

「科研費のもう一つの役割-研究成果の社会還元-」

筑波大学・名誉教授 白川 英樹先生
白川 英樹
筑波大学・名誉教授

はじめに
 研究・教育の場から離れて10年も経つので科学研究費補助金(科研費)との縁は今では全くない。とはいっても科研費の役割や社会に及ぼす影響についてはつねづね関心をもっているので、狭い意味での科学研究だけでなく学術研究全般の基礎・基盤形成に重要な役割を果たしてきた科研費については、今後の在り方を興味深く見守っている。

初めての科研費
 昭和41年(1966年)に助手として大学に奉職することになってから、平成12年(2000年)に定年退官するまでの34年間、科研費には大変お世話になった。
 卒研生の1年間と本格的な研究を行った大学院の5年間は、研究に使う試薬や器具の価格などを含めて研究に要する金銭面の経費を一切考えることなく、必要なだけの研究費を使わせていただけたのは幸いであった。しかし、助手ともなると講座に配分される教官当積算校費などの研究費だけでは、十分な研究活動を展開できないことを悟り、指導教授と相談をしながら科研費の申請書に取り組むことになった。初めはなかなか採択されず申請の難しさを味わったが、4年目にしてやっと100万円の科研費をいただくことになり、大変嬉しかったことを覚えている。
 初めていただいた科研費は昭和44年度の試験研究「ポリアセチレンフィルムの半導体とてして応用に関する研究」で、研究代表者は指導教授であった池田朔次先生だった。初めての科研費の種目が基礎研究ではなく応用研究に相当する試験研究であったのには訳がある。当初、アセチレンの重合機構に関する研究は積算校費で行い、その研究過程で失敗から薄膜状のポリアセチレンを合成できることが分かり、その薄膜を試料とした重合機構の解明は意外に簡単に解決できた。当時ポリアセチレンが典型的な半導体であることはすでに知られていたが、ポリアセチレン薄膜の金属光沢があまりにも魅力的であったため教授と相談の上、半導体としての特性を解明して応用につなげようと考え、試験研究の種目で申請をしたと記憶している。

科研費の伸び
 当時はアイデアを実験で確かめるとか、研究テーマを絞るために行う、いわゆる萌芽的研究に使う研究費は潤沢であったとはとても言えないが教官当積算校費をやりくりして何とかできた。とはいっても、不足分は科研費に頼るしか方法はなく、その意味で科研費が萌芽的な研究や基礎研究に果たしてきた役割は極めて大きい。教官当積算校費や学生当積算校費は2000年以降、教官数および学生数積算分の教育研究基盤校費に変更になり、その額も限定的になったと聞いている。平成16年(2004年)から国立大学が国立大学法人に移行してからはこの傾向が著しくなり、研究費の大部分を競争資金に頼らざるを得なくなった。このことは科研費の重要性が私の現役のころ以上に増していることを意味する。
 厳しい財政状況の下で国家予算はかなりの縮減が行われ、科学技術関係の予算も聖域とは見なされず、行政刷新会議の事業仕分けでも見直しの対象となった事業が少なからずあった。幸い科研費はその役割の重要性が比較的よく理解されているためか、要求通り2,000億円と昨年度を上回る額が確保された。私が初めて100万円の試験研究費をいただいた40年前の昭和44年度は僅か60億円であったことを思えば隔世の感がある。

科研費は税金
 特に目的があったわけではないが、34年間に亘る現役時代に使った科研費は会社からいただいた奨学寄付金などと共に細大漏らさず記録していたので、2000年10月にノーベル化学賞の受賞の報せを受けた直後にその記録を公表することができた。
 科研費が24件で総額は6,900万円であった。意外に少ないと驚かれた研究者もいる反面、一般の人からは研究にはお金がかかるのですねという意見をいただいた。その他に、日本学術振興会からは産学共同研究支援事業を7,900万円、筑波大学在任中は学内プロジェクトを5件1,100万円、企業から奨学寄付金を40件2,000万円、合計すると1億8千万円を研究に使った。これに34年間の積算校費の概算をざっと6,000万円と見積もると、使った研究費の総額は2億4千万円になる。34年間にいただいた給料も研究経費に加えるとすると、いったい幾らになるだろうか。
 退官が間近になり来し方を振り返って改めて強く意識したことに、使った研究費のほとんどと給料は税金であったいうことであった。学会への貢献はほどほどにできたが、使った税金の見返りとして社会に何をしたのだろうかという反省であった。地域の市民講座で研究の話をしたことはあるが、自ら積極的に研究について社会に発信したことはなかった。
 研究代表者は科研費による研究成果として研究成果報告書(科研費報告書)などを提出することが義務づけられているが、国立国会図書館へ1部送付されるほか、研究者の所属する研究機関の図書館に保存されたり、研究仲間に配布したりするだけで、一般の方の目に触れることは皆無といってよいだろう。

研究成果の社会還元
 科研費の存在とその役割を社会にもっと知って欲しいと願うと共に、高校生でも理解できる程度にやさしく書いた研究成果報告書の提出を義務づけては如何だろうか? 
 日本学術振興会が発行してきた月刊誌「学術月報」は、大変残念なことに平成20年3月号をもって休刊となってしまったが、「科学研究費補助金の現状」を特集した平成18年10月号に、「科学研究費補助金の制度を社会にもっと理解してもらうために」という小文を寄稿した。そこで訴えたことは今も変わらない。要点は二つある。一つはこの項の冒頭に記した社会に向けた成果報告書の作成と、もう一つは高校生や中学生に科研費の成果を体験してもらうという企画の実現である。
 それは日本学術振興会が平成17年度から始めた「ひらめき☆ときめきサイエンス ~ようこそ大学の研究室へ~KAKENHI」という長い名前の企画である。科研費を元に行った研究の成果を、高校生や中学生に分かりやすい講義と体験実験を通じて、学術と日常生活との関わりや、学術に対する興味と理解を深めてもらうためのものである。初年度の平成17年度に22大学35テーマと規模の小さい企画として出発したが、子どもたちにとってはよい体験であったし、大学の先生方や実験指導役の院生達にとっても、自分たちの研究成果を学会ではなく子どもたちや専門家以外の一般の人を対象に話すことを体験する場にもなり、一石二鳥の効果があると見ている。その後、要望が多かった小学5・6年生の参加を加えて一段と賑やかな体験実験などが行われるようになった。平成21年度は大学だけでなく大学共同利用研究機関も含めて123機関208プログラムが実施されるまでに広がった。詳細は日本学術振興会のウェッブページをご覧いただきたい。

 

終わりに
 大学在任中の34年間に24件6,900万円の科研費をいただいたことはすでに述べた。ほぼ3回の申請当たり1回の割でいただいたと記憶している。このことから科研費の予算規模は現状の3倍、少なくとも2倍は必要だと思っている。更なる予算増額のためには科研費の恩恵にあずかる研究者自身が、その意義と必要性を社会へ直接訴えることが今後一層必須であることを強調したい。

※所属・職名は執筆時のものです。

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