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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.111(平成30年5月発行)

「研究人生を闘うチャンスを与えてくれた科研費」

長坂 雄次 先生
長坂 雄次
慶應義塾大学 理工学部 教授
平成30年度に実施している研究テーマ:
「ナノ・マイクロ熱輸送センシングとフォノンスペクトロスコピー」(基盤研究(A))

■研究を常に支えてくれた科研費
   このエッセイを書くにあたって,事務局から送って頂いた代表採択された科研費の一覧表を眺めていて,思うことがいくつもあった。まず1980年度から2019年度(予定)までの40年間に渡り,ほぼ連続して科研費が採択されていることである。私が大学に勤める年月とこの期間は一致する。思い出してみると,分担での採択も含めると,科研費がなかったのは海外に居た1981年と1982年の2年間だけである。私は研究者として科研費に支えられた非常に幸運で恵まれた環境にあったと,改めて実感した。この長年に渡る継続的な科研費支援のお陰で,「ナノ・マイクロスケール熱物性センシング工学」という新たな分野を創出し,それを実現する装置群を開発して幅広い工学的応用の可能性を世界に先駆けて示すことができたと自負している。大発見や大発明ではないにしても, Transport Properties Sensingの基盤概念として,長い時間をかけて世界に浸透していくはずだと思っている。まさに科研費なくしては,私の研究は存在できなかったと言える。
   科研費は学術研究を行うための競争的研究資金だが,間接的には質の高い学生(研究者の卵)を世の中に輩出する手助けもしていると思う。研究をするのは,本質的には研究機関に所属する研究者,いわば研究のプロである。科研費も大学教員だけでなく,ポスドクのような即戦力の研究者を雇用して,研究を推進することは可能で,大型研究費が採択された場合にはそういったケースも多い。私の場合を振り返ってみると,研究の進む速さやその特性から結局ポスドクを雇用するよりも,大学でしかできない研究を通して学生を育てながら研究成果を得てきた。研究分野や研究環境で状況は大きく異なると思うが,日本の大学が置かれた研究環境の中での一つの現実的解だろうと,最近は思う。実験が必要な工学研究の場合,世界に通用する研究をするにはそれなりの資金が必要である。科研費による大きな財政的支援があって初めて可能になった本物の研究を通して,副次的に優れた学生を育てることが出来た。私の研究室では,延べ人数で300名を超える学生が間接的に科研費の大きな恩恵を受け,卒業生は基礎科学をベースにした優れたエンジニアとして世の中で数多く活躍している。これは科研費の大きな効能の一つだと思う。
   
   ■駆け出しの頃の科研費
   科研費について思いを巡らせていると,研究者としての駆け出しの頃の申請書類作りの場面が鮮明に蘇る。1980年代には,確か「奨励研究(A)」という応募限度額100万円程度で35歳以下の駆け出し研究者のための種目があった。手書きで・コピーを作って・糊で貼り合わせた申請書という,今では考えられないような形態の提出方法であった。大学の事務に「トラック一杯の申請書を読むらしい」というもっともらしい噂を聞かされ,汚い字では読む気にもなってくれないだろうと想像し,申請書枠をスキャナーで読み取り,それをPageMakerという当時先駆けのDTPソフトに読み込ませ,その上に文字を嵌め込んで「読みやすい綺麗な」申請書を作った。また,紙の指定も特になかったので,ちょっと厚くて白い上質紙を使用したりもした。当時,私が何か特別な紙を使って連続採択されているらしい,という噂が学科内で広がり,その紙(科研費通る紙)が欲しいと言われたりもした。今考えると全く笑い話である。それから,申請書の種目を容易に認識するために,申請書の上部に赤・青・オレンジ等の決められた色を塗ることになっていた。奨励研究(A)は紫色で,それをいかにきれいに塗るか,マーカの選択や職人的努力もした。その後,日本学術振興会学術システム研究センターの主任研究員になって,科研費ロゴのイメージカラーが紫色でその理由も知り,妙に懐かしく「紫色」を思った。
   近頃は「科研費獲得のノウハウ」的な本が溢れ,また大学内でも手厚いサポートがあるようだが,私はそれを一人で勝手にやっていたのかもしれない。しかし,本質は「申請内容そのものとその伝え方」の重要性にある。こうして工夫を凝らして「綺麗で読みやすく整えた」申請書の中身を繰り返し繰り返し推敲し,申請書に「魂を込める」とか「パワーを注入する」とか当時自分では表現していたが,自分が本当に研究したいという思いや願いを必死に審査委員に伝える努力をしていたのだと思う。
   
   ■主任研究員を経験してからの科研費
   こうして自分の研究のことだけを考えて過ごしてきた私だが,平成24年度から3年間,日本学術振興会学術システム研究センター工学系主任研究員をすることになった。この経験は私にとって極めて貴重なもので,科研費に対する考え方も大きく拡張された。このことは,「学術システム研究センター10年の歩み」(2013)に書いたので繰り返さないが,ただ必死に申請書を出し続けていた大学の一研究者からすると,「採択されることがいかに厳しく大変なことで,それが連続していたことは信じがたく,恐ろしくさえなった。」というのが素直な感想だった。「国際会議に参加して発表だけしているのと,主催者側になって責任を持って国際会議の企画・運営も経験する」ような違いを感じた。この貴重な3年間を終えて,学術研究というものを分野を超えて俯瞰・評価し,また自分の研究の在り方も再構築できるようになり,研究者として少しは成長したと思う。
   日本の学術研究の置かれた厳しい現状を思うにつけ,この素晴らしい科研費を守るだけでなく,将来の日本の学術研究に対する明解なビジョンを持って科研費を発展させる継続的努力が不可欠だと感じている。

※所属・職名は執筆時のものです。

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