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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



最新号 No.108(平成30年2月発行)

「日本古典学の進展と大型・超大型科研費の必要性
―禁裏・公家文庫史料の公開と日本目録学の創成―」

田島 公 先生
田島 公
東京大学 史料編纂所 教授
平成29年度に実施している研究テーマ:
「天皇家・公家文庫収蔵史料の高度利用化と日本目録学の進展―知の体系の構造伝来の解明 」(基盤研究(S))

自然科学系の科研費が増大・大型化する一方、人文系の学問、特に日本古典研究を行う史学・文学分野では多額の研究費は必要ないと思われがちである。また人文学が軽視される一部風潮のもと日本史や日本文学の学界全体に閉塞感が漂い、博士後期課程進学者が減少し、人文学研究の崩壊や絶学を危惧する声も聴く。私は京都大学・同大学院で岸俊男教授等のもと日本古代史を学んだ後、古典籍の宝庫である宮内庁書陵部に11年間勤務し、現在の職場に移った翌年の1998年度より本年度まで(2001・06年度を除く)、現在進行中のものを含め、『大日本史料』等の編纂の傍ら、研究代表者として基盤研究(A)2回、学術創成研究費1回、基盤研究(S)3回の科研費に採択され(うち基盤研究(S)1回は学術創成研究費と重複の為に辞退)、総額約10億円近い交付をいただいた(間接経費及び予定分も含む)。人文学の危機が叫ばれる中で採択された人文系では数少ない大型・超大型科研費により、20年前に比べ日本古典学の研究環境は大幅に改善し古典研究の為の基礎学問領域である日本目録学への理解も深まっている。天皇家を中心に公家社会が育んできた禁裏・公家文庫に収蔵され、原本が未公開または簡便で大量の閲覧が困難であった史料のメタデータ付きデジタル画像約100万件が閲覧可能となった。成果の一部は『科研費NEWS』2016 VOL.4 (2017年3月)の「最近の研究成果トピックス」欄の拙稿「禁裏文庫の調査・公開・研究の画期的な進展と、公卿学の系譜の再検討」に示したが、前近代の「知」の体系・集積である禁裏・公家文庫の蔵書群、即ち天皇家(皇室)・親王家(伏見宮家など宮家)・近衛家・九条家など主要公家文庫伝来史料のデジタル画像を蔵書群ごと家分け分類で東京大学史料編纂所の大型画像サーバに集積し、内容目録(メタデータ)を付加して閲覧室で公開することにより利用環境が一気に改善された。特に勅封の為に非公開の皇室伝来の禁裏本を伝える京都御所東山御文庫本約26万件やユネスコ「世界の記憶」の藤原道長自筆日記『御堂関白記』など五摂家筆頭近衛家伝来の陽明文庫本約5万件、宮内庁正倉院事務所所蔵「東南院文書」約2千件のデジタル画像は世界初公開である。
   これまでどの研究機関に対しても許可が下りなかった上記3つの史料の管理・所蔵先にデジタル画像の公開という「大英断」を促したのは、2007~11年度学術創成研究費「目録学の構築と古典学の再生―天皇家・公家文庫の実態復原と伝統的知識体系の解明―」やそれを継承した2回の基盤研究(S)であり、古典学の進展の為の「国家的な研究プロジェクト」という位置づけで公開を理解していただけたことは税金である大型・超大型科研費のもつ公共性・公開性の賜物である。約100万件にもぼるデジタル画像作製経費、全デジタル画像の確認や内容を理解した上での画像へのメタデータ付与と古典学研究支援ツールの作成・編集には文献学を専門とする特任教授、内容に精通した各種研究支援職員やRA、科研事務局スタッフなど常時10名以上を雇用する年間数千万円の人件費が必要となり、年間平均約20回の市民向け公開講座の事業費、大型画像サーバの購入やその維持にも多額の経費がかかったが、2007年度以降、学術創成研究費や基盤研究(S)が連続採択されたことでほぼ研究計画を遂行できた。近々、国内外を問わず国際的に共有できるインターネット社会に対応した日本古典学の研究基盤を整える為に伏見宮家本・九条家本・柳原家本等の書陵部他所蔵本のメタデータ付きデジタル画像約70万件のWEB公開を予定しているが、それは海外研究者にも平等な研究機会を与え、良質な写本を用いた日本古典学の国際化が促進されよう。更に近代に原形が崩された蔵書群に関しては、それ以前の蔵書形態を伝える目録を活用して旧蔵形態を共時的に復原し、各家の蔵書形成・伝来、その後の散佚・崩壊、再興の歴史を通時的に解明して古代・中世以来、公家社会を中心に蓄積してきた伝統的知識体系の構造解明という日本目録学の研究が進めば、近世天皇家や主要公家文庫の蔵書が当時に近い状態で使えることになる。選定された研究テーマの想定研究代表者に対して具体的な研究計画の提案を求めるという学術創成研究費が日本古典学の基礎研究に交付されたことは研究史上に残るであろう。
   このようなデジタル画像の公開は隣接人文系諸分野(美学美術史・考古学等)や文理融合型分野(建築史学・意匠学・造園学・景観地理学等)への展開も期待され、新しい研究素材・テーマを求める内外研究者の枯渇を癒し研究を促進すると共に、学術的な裏付けをもった成果を社会還元することは市民の関心を呼び、観光資源等に活用することは国内外の観光客の増加による経済効果、中近世まで遡る技能・技術・意匠等の再発見、地域貢献にも繋がる。折しも訪日外国人が2千万人を突破し日本の伝統文化に対する外国人の関心が高まり、国策や地域振興策としても日本の伝統文化を海外に積極的に紹介することが位置づけられ、文化財の活用等がより強く推進される状況となっているが、古典とは時代を超えて、規範となり、読み継がれ継承されるものであり、歴史の変革を復古の形で受け止め、古典を典拠として文化を創造してきたという特徴をもつ日本の社会では、古典文化が後世の歴史と文化の形成に大きな影響を与えた。身近なことでいえば、現在のしきたりの淵源は奈良・平安時代から続く公家や社寺の社会の中で育まれ、変化しながらも武家社会に取り込まれ形成された知識であり、これらは主に古典籍によって伝えられた。日本文化は武士道のような武家文化が代表とされがちだが、戦乱が収まり世の中の安定化をはかる武家は公家文化の優れた部分を取り入れ、奈良・平安時代に創祀・創建された社寺の再興を行い、『伊勢物語』や『源氏物語』など古典の場面が好んで画題や意匠に取り上げたように、古典は新しい文化の創成の源となった。世代を越えて人々に繰り返し読み継がれる古典を再評価し身近に置くことは現代人の癒しにも繋がり、古典を成熟した社会に活かすことは人文学研究者の今日的課題である。道半ばの古典研究の基盤形成を継続する為に人文学の大型・超大型科研費は今後も必要である。

※所属・職名は執筆時のものです。

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