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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



最新号 No.101(平成29年7月発行)

「私と科研費」

田部 道晴 先生
田部 道晴
静岡大学 電子工学研究所 名誉教授・客員教授

私は、大学は中途採用組で、1994年にNTT LSI研究所から静岡大学電子工学研究所に教授職を得て転籍し、昨年(2016年)定年退職しました。大学での22年間に大小合わせて15の科研費の支援を受け、まさに科研費に支えられた研究人生で、よくぞ我が国にこの制度があってくれたものだと感謝せずにはいられません。本稿では、静岡大学での研究経験を基に科研費のあり方やその他の大切と思うことについて少し述べてみたいと思います。
   私の研究は、電子1個1個の動きを制御するシリコン単電子デバイスに関するもので、特に、研究生活の後半は電子の通路に異種原子(ドーパント原子)1個を配置した構造を対象としてきました。いわば「単電子・単原子デバイス」と言えるものです。このデバイスは、ドーパント原子1個を介した単一電子の流れが全体の入出力特性を決めるというもので、斬新なテーマであるだけでなく簡素で美しく、さらに極限的低消費電力などの特長をもつことから、いずれエレクトロニクス分野で枢要な位置を占めるものと期待して研究を進めてきました。振り返ってみますと、大学移籍直後は乏しい定常的研究費を補うために科研費を申請し、まず基盤研究(B)が採択されて恵まれたスタートを切りました。その後、数年間の苦しい時期を経て、二度の基盤研究(S)、基盤研究(A)、特定領域研究など比較的大型の科研費が採択され研究に専念することができました。ノーベル賞級の研究がしばしば小型の科研費でなされてきたように、大型の科研費というのはそれ自体誇るべきことではないのですが、エレクトロニクスの実験的研究ではどうしてもある程度の予算規模を必要とします。私は、この一連の科研費のおかげで長期的な視点で研究基盤を整えることができました。
   私が実感する「科研費の恩恵」は、採択による経費的支援だけではありません。不採択となった結果からも貴重な教訓を得ました。大学人は、周囲から自身の研究内容について手厳しい批判を受けることはまずありません。他人の苦い意見を耳にしないまま自身の研究世界に閉じこもってしまうことになりがちです。上記のように、静岡大学に移籍直後に基盤研究(B)が採択されて幸先の良いスタートとなりましたが、この科研費が終了するあたりからしばらくの間、申請した本命の科研費が頻繁に不採択となり、他の少額の科研費でなんとかしのいだものの苦しい時期を過ごすこととなりました。しかし、頻発する不採択は、貴重な第三者からの苦言であると考え直し、これを機会にもう一度自身の研究を見つめ直してみることにしました。試行錯誤の末、ナノ構造に不可避の乱雑さの中から単電子転送などの秩序だった特性を引き出すという、世界的に見ても例のない独自の視点を取り入れて軌道修正を図りました。幸いなことに、多くの優秀な博士課程留学生に恵まれたこともあり、この切り替えは期待以上に早く成果となって現れ、一度目の基盤研究(S)へと繋がっていきました。さらに、その後の中心テーマとなる「ドーパント原子デバイス」へと展開していきました。これらの一連の成果が評価されて文部科学大臣表彰を受けたことも励みとなりました。このように科研費との関わりは、採択によって研究が進展したことは間違いありませんが、不採択も大切な教師役を果たしてくれたと言えます。
   運営費交付金が年々減少傾向にある中で、大学教員にとって科研費は研究を継続できるか否かの命綱になってきています。たとえ1~2年でも外部資金に完全に見はなされる年があると、それは研究の中断を意味し、後年度までダメージが残ります。上述のように、不採択もしばしば良い教訓にはなりますが、やはり研究の継続性は大切です。このためには、平均採択率が約2~3割のこれまでの科研費だけでは不十分で、これに加えて研究の継続性を支える新しい枠組みができないでしょうか。たとえば、個々の研究費は少額であってもいいので、半数程度の研究者に行きわたる基盤的科研費制度を設け、日本全体の研究力の底上げができないものかと思います。元来、ある研究が将来花開くか否かの判定は難しく、あまりスクリーニングを強く行うシステムにすると弊害が出ることになります。研究というものは、過度の「競争」や「選択と集中」は似つかわしくないと思うのです。
   最後に、科研費とともに研究を支えてくれた二つの要素について付言したいと思います。第一は、博士課程留学生の研究への貢献です。私の研究が進展したのは、ワルシャワ工科大学(ポーランド)やアレクサンドル・ヨアン・クザ大学(ルーマニア)など中東欧の協定大学から、またインドネシア大学などアジアの協定大学からやってきた9名の優秀な博士課程留学生によるところが大です。彼らは皆、国際的に見て高いレベルの研究に対する強い思いを共有してくれました。このような多くの留学生を指導する機会を得たことは、長年地道に積み上げてきた教員同士の国際研究交流が基礎になっていて、文科省の「国費外国人留学生の優先配置を行う特別プログラム」が大きな力となりました。このような教育面での長期型プログラムが、研究力を下支えしていることを強く実感します。第二は、キャンパス内の共用実験施設の重要性です。大学で私のような研究を行うには、電子部品を作製する最低限の装置群とクリーンルーム環境が必要です。個人の外部資金だけで必要な設備をすべて揃えることは到底できません。私が幸運であったのは、電子工学研究所の中に共用クリーンルームがあったことです。決して見栄えのするような大きな施設ではありませんが、研究者が互いに装置を持ち寄って共同利用する施設です。このおかげで、デバイスの研究を諦めずにすみました。しかし、自助努力には限界があって、どうしても予算的な裏付けが必要です。科研費とは別の枠組みで、多くの「研究の芽」を支える共用設備群の充足・維持管理を図れないものでしょうか。

※所属・職名は執筆時のものです。

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