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科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



■No.8(平成21年8月発行)

「科研費に対する想い」

理化学研究所・研究顧問 豊島 久眞男先生
豊島 久眞男
理化学研究所・研究顧問

 私がウイルスの研究からがんの研究に移行したのは、大学卒業後10年余りたった頃であった。共同研究者との約1年にわたる討論の後に選んだのは、ウイルスがん遺伝子の研究であったが、当時の日本ではその目標に必要な研究リソースはほとんど手に入らなかった。最も確実な研究材料があると私が判断したP. K. Vogt博士に、私のプロジェクトを提示し、彼の研究室での研究に同意してもらった。約2年の間に、それまで多くの研究者が成功しなかったニワトリ肉腫ウイルスの温度感受性(ts)変異株と、欠損(td)変異株の分離に成功した。この成功は、それまでのウイルス研究で培ってきた知識と経験によるものであった。帰国後、1970年代に、なんとかウイルスがん遺伝子の研究を継続できたのは、がん研究に移ったばかりの私の実績を認めて、研究費と備品費の支援を頂いた科研費(がん特別研究)のお陰であった。当時の日本としては手厚い配慮を頂いたものの、米国の競争相手と比べると、1/10くらいの額で、苦戦を強いられたが、それでも地道な準備には本当にありがたい支援であった。

 1980年代に入り、それまでの準備期間の成果が、ウイルスがん遺伝子研究の展開として結実した。丁度この時期、中曽根首相が「対がん10ヵ年総合戦略」を立ち上げた。がん研究を重点的に推進するということで、特別推進研究に比べると少なかったが、科研費としてはかなり高額の研究費を受けた。その結果、ウイルスがん遺伝子と共に、ヒトがんに関する遺伝子研究も推進することが可能となり、がん遺伝子の研究を私なりにまとめあげることができたのは、研究者として本当にありがたく、科研費に深く感謝している。

 定年と共に大学を離れた私は、自ら科研費の申請をすることはなくなった。代わりに、学術審議会の委員として、科研費、特に基盤研究の専門分野の領域(分科・細目)も含め、科研費のあり方に深く関わるようになった。

 基盤研究は、科研費の中でも最も基本的なものである。研究者が、個々の発想に基づいて自由な研究を立ち上げるとき、最も頼りになるのがこの研究費で、中堅研究者の支援と共に、全く新しい発想に基づくリスクの高い研究も支えている。しっかり実績を積んだ研究者が、他の研究費を得て更なる研究の発展や、イノベーションにつながる展開を図るのとは別に、次世代のシーズを目指している。斬新さ故に、研究を申請する細目が見つからないということがあってはならないが、現実的には起こりがちで、私がウイルス研究を始めた頃は申請細目に困ったし、「ウイルス学」という細目ができてからも、がんという領域はなかった。がんが特別研究から始まり、重点領域研究、特定領域研究を経て新しい分科に変わってゆくのも、研究の流れというものであろう。脳神経科学が、昔の医学領域から、総合領域へ移行したのも、医学以外の脳神経科学研究者にとっては当然の流れであろうし、ゲノムの領域移動についても同様の流れの中にあるといえよう。

 ピアレビューシステムについては、研究費の適正な運用のためにはなくてはならないもので、このシステムによって、科学の進展が保証されているといっても過言ではない。しかし、挑戦的萌芽研究や、若手研究の申請の中に、新しい展開を意識した、常識破りではあるが、うまく進めば全く新しい展開を期待できるものがある。審査にあたり、リスクをとっても、こういったものをしっかり判定し、次世代を育てるという視点を忘れないでほしい。

 研究の発展に忘れてはならないのが研究用リソースの問題である。古くは、マウスの系統、培養細胞、菌株等の外に、市販されているものでもアイソトープ、培養用血清、実験機器等、日本と西側先進国の間には大きな差があった。その差を、少しでも埋めることができたのは、各種重点領域研究や特定領域研究の研究者間の協力に負うところが大きい。今、研究リソースはゲノムや遺伝子多型、タンパク構造、遺伝子改変マウスやES、iPS細胞等まで拡がりつつある。リソースの認識の高まりと共に、リソースを扱う組織の整備も次第に進みつつあり、これからの更なる発展を期待したい。リソースについても、新しい開拓の必要性は常にあるので、従来の特定領域研究が果たしたリソース開拓の役割を、何らかの形で補うことも必要と考える。

 最後に、現在の科研費は、申請件数が多すぎて、申請書作成、審査、評価に手間がかかりすぎではないか。1件あたりの科研費をもう少し増やし、PDや助教も、研究に没頭できる環境が作れないだろうか。助教やPDが研究費を申請するのは、自らPI (Principal Investigator)を目指すときのみで、それが採択されれば、周囲もその研究者をPIと認める環境作りができればと、願望している。

※所属・職名は執筆時のものです。

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