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科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



■No.6(平成21年6月発行)

「-科研費なかりせば-」

国立公文書館アジア歴史資料センター長 石井 米雄先生
石井 米雄
国立公文書館アジア歴史資料センター長

 研究者にとって科研費ぐらいありがたいものはない。相応の個人研究費が予算に計上され個別の研究者がこれを研究に利用できた国立大学から、個人研究費がなかったり、またあっても少額で必要額に満たないことが多い私立大学に移ってみると、もし科研費がなければ、共同研究はおろか、個人研究でも容易でないことを痛感した。ただし最近では、国立大学でも、科研費がなければ研究ができにくくなっていることは残念である。

 科研費にもいろいろな種類があるが、私にとって一番ありがたかったのは、出版助成費である。私は20年がかりで内外の数人の友人研究者とタイの古い法律書の『三印法典』のコンピュータによる『総辞索引』の編纂作業を行ってきたが、こんな特殊な本の出版など引き受けてくれる出版社のあるはずがない。ところが文部省(当時)から出版助成費をいただいたおかげで、タイの出版社が出版を引き受けてくれることになった。5冊本として刊行されたこのコンピュータ総辞索引は、タイ国でも高く評価され、歴史学者として知られたタイのシリントン王女が長文の序文を書いてくださるという光栄を得た。この出版のタイでの反響は大きく、タイの文化庁主催で出版記念シンポジウムが開かれて大いに面目をほどこすことができた。昨年、これまで知られていなかった『三印法典』の決定版ともいうべき「王室本」が刊行されたが、その編集者の一人から是非この新しいテキストに基づいて、『総辞索引』の改訂版を出してほしいという強い要望が寄せられた。前回同様、出版社探しに苦労したが、幸いなことに、今度は共同研究者の一人の科研費の一部がこれにあてられ、京都大学東南アジア研究所が出版元となり、タイの出版社が印刷製本を引き受けてくれて無事刊行にこぎつけることができた。いかに重要な業績であるとはいえ、商業出版にはとてものらないこのような本が世に出て、国際的な評価を与えられるようになったことは科研費のおかげと心から感謝している次第である。

 すでに40年も昔の話となるが、京都大学の東南アジア研究センターの同僚を中心に、タイ社会を稲作という観点から学際的に研究する計画を始めたことがある。最近はやりの文理融合の先駆的事例で、研究者は農学、灌漑排水学、地質学、土壌学から歴史学、人類学、政治学など多彩なディシプリンによる一農村の定着調査であった。その成果はやはり出版助成費で出版され、のちに英訳がアメリカから出版されたが、そこで提起された学際的視点による問題意識は国際的に高い評価を与えられ、アメリカではタイ研究のmustとなっているらしい。これまた科研費あればこその総合的研究計画の成功例といえよう。

 のちに私が科研費を審査する立場になったとき痛感したことは、科研費の発想法が、自然科学志向であるという点である。私は歴史学を学んでいるので、例えば1億円というお金はどう使っていいかわからない。仮に1千万円もらっても多すぎる。しかし自然科学のある分野では、何億円という実験設備費でも足りないことがあるわけで、人文科学とは桁が違う。そもそもカテゴリーが違うのである。21世紀COEプログラムを例にとると、1億円ないし5億円という予算が設定されているが、最低の1億円でも例えば歴史学者にとっては雲の上の存在で有効に使う道が見つからない。それが共同研究だとしても同様で、1億円を人文系の共同研究にすべて有効に使うことは難しい。その結果何が起こるかといえば、1億円のうち半分を有意義に使うことができても、残りの半分はそれほど有効な使い方ができなくなる。その結果、総合評価で低い点が付けられるという不幸な結果を生んだケースがあった。

 こうした矛盾を解決するためには、科研費をいくつかのカテゴリーに分けて、そのカテゴリーのなかで、より無駄なく使えるように制度を変えることがいいのではなかろうか。予算は多ければ多いほどいいというものではない。それぞれの研究内容によって、最も適切な予算が設定されることが必要なのである。国民の血税によって賄われる科研費である。この不況下にあっても、科研費が着実に増加していることは、国会や財政当局が、日本の未来の発展にとって学術研究の振興がいかに大事であるかを理解しているからにほかならない。予算は多ければ多いほどいいに決まっているが、これと同時にいま求められているのは、限られた予算をより合目的的に配分することではないだろうか。いずれにしても、科研費という、日本が世界に誇るべき競争的資金の存在が、日本の学問研究をさらに進展させることに貢献することは疑いない。ますますの発展を期待する次第である。

※所属・職名は執筆時のものです。

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