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科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.4(平成21年4月発行)

「科研費で実現した永年の夢」

早稲田大学理工学術院・教授・ナノ理工学研究機構機構長 大泊 巌先生
大泊 巌
早稲田大学理工学術院・教授
ナノ理工学研究機構・機構長

 1960年代後半から70年代初頭にかけて、私は、博士後期課程学生として、「半導体へのイオン注入現象」に関する研究を進めていた。当時はまだ集積回路の黎明期で、イオン注入は、半導体の電気的性質を支配するドーパント原子の数と位置を精度良く導入できる新技術として、世界中で活発に基礎研究が行われていた。ドーパント原子をイオン化して半導体結晶に打ち込むことは、不可避的に結晶欠陥を誘起し、トランジスタ特性に悪影響を及ぼすため、結晶欠陥の焼鈍を目的とする熱処理と電気的特性の関係を調べるのが主な研究テーマであった。修士卒の初任給が3-4万円の時代だったので、当時、おおかたの大学の研究室は貧しく、電気的特性中心の評価を行わざるを得なかった。

 成果を発表する国際会議の場で私が驚嘆したのは、アメリカやカナダの研究チームが、ラザフォード後方散乱(RBS)を用いて、結晶欠陥の量と分布、焼鈍によって回復した結晶の周期的配列に注入イオンが収まっているのかいないのか、など、電気的特性の評価だけでは詰め切れない画期的なデータを出していたことであった。研究者の卵として“ものごころ”付き始めていた私の心に、世界水準の研究の先端性や研究設備における彼我の差が強く焼き付いた。憧れというよりむしろトラウマが生まれたともいえよう。以来、RBSのような圧倒的な研究装置の獲得が私の夢になった。

 1972年、早稲田大学教員に着任以後もこのトラウマは残り、1980年代半ばに、RBS導入が決まったとき、私は驚喜した。しかし、この頃にはイオン注入技術は成熟し、RBSを使ってデータを出す時代は過ぎていた。20年もの遅れを取り戻すにはRBSの本体を成す加速器の新しい使い方を模索する必要があった。そこで私は、高崎の日本原子力研究所と共同で、イオンビームをミクロン程度に集束して3次元微少部分析を行うイオンマイクロプローブを開発することとし、1990年頃に完成を見た。ところがこの時点で、世界はすでに5、6年先を行っており、遅れの挽回は成らなかった。

 イオンマイクロプローブのコミュニティが、分析装置としての性能向上を目指してビーム強度を上げ、その結果、試料が微塵に砕け散ってしまうという、分析装置としての非破壊性に逆行する困難に直面したことを知って、ビーム強度を高めることが不得手な私達の装置の弱点を利用して、イオンを1個ずつ抽出して試料に当てることを着想し、1992年に、シングルイオンマイクロプローブ(SIMP)を開発することに成功した。この時点で私達はようやく世界のオンリーワンになった。折しも、自然界の放射能による集積回路の誤動作が問題となり始めており、アルファ粒子を1個ずつトランジスタの心臓部に当てて、特性変化や誤動作を誘起する研究は私達の独壇場となった。

 しかし、当時すでに、トランジスタの最小寸法は1ミクロンを切っており、もっと小さいビーム径が必要、との指摘がなされ始めたため、私達は、半導体微細加工装置として成熟していた集束イオンビーム装置を改造して「シングルイオン注入(SII)装置」を開発する構想を持った。しかし、装置本体で1億円程度、それに単一イオン抽出機能を付加すると1.5億円にもなることが分かったため、私達は、この構想は夢のまた夢、と諦めかけた。

 その時思いついたのが科研費「特別推進研究」への応募であった。求められる研究の質の高さ、国際的認知、群を抜く研究費の多さなど、それまで高嶺の花として考えたこともなかった最高難度の種目に、ダメ元で挑戦してみようと思い立ったのである。1993年度募集に応募し、幸い、初挑戦で採択された。早稲田大学にとって初の快挙だったので、大学が大変喜び、「SIIを設置する特別推進研究室」および、1個のイオンによる固体表面のナノ改質過程を観察する「走査トンネル顕微鏡設置のための防音室」を作ってくれた。超大型の研究資金とこの環境整備のおかげで、私達の研究は加速され、ナノテクノロジーの幕開けに向かって邁進することができた。

 特別推進研究の終了後、中核的研究拠点(COE)形成基礎研究費(元祖COE)への挑戦を開始し、5回目の2001年度にようやく採択された。ちょうど、第2期科学技術基本計画がスタートし、ナノテクノロジー・材料が重点4分野の一つに選定されたナノテクノロジーの黎明期に当たる。私達は「分子ナノ工学の構築とマイクロシステムへの展開」と題して11名のチームを組み、ナノエレクトロニクス、ナノ化学、物性物理、生物物理のエキスパートを糾合して5年間の学際融合研究を推進した。これがきっかけで、早稲田大学に「ナノ理工学研究機構」が設立され、各種大型資金の受け皿として機能し、2003年に設立された学際型の「大学院ナノ理工学専攻」と相俟って、早稲田大学におけるナノ理工学の研究、教育の拠点として存在感を示すまでになった。

 思えば、研究者の卵の頃の夢が、科研費によって実現したのである。

※所属・職名は執筆時のものです。

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