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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



最新号 No.106(平成29年12月発行)

「神岡での研究と科研費」

梶田 隆章 先生
梶田 隆章
東京大学 宇宙線研究所 所長
平成29年度に実施している研究テーマ:
「極低温干渉計で挑む重力波の初観測」(特別推進研究)

私は大学院学生の時代から岐阜県の神岡の地下で研究をしてきました。最初に参加した実験は私の指導教員だった小柴昌俊先生が発案して陽子の崩壊を探すことを当初の目的として建設されたカミオカンデ実験でした。
   カミオカンデ実験のために小柴先生は企業と共同で直径50センチメートルという常識破りの巨大な光電子増倍管を開発しました。この光電子増倍管が非常に重要な役割を果たしてカミオカンデは超新星ニュートリノの観測を通して超新星爆発のメカニズムの検証を行い、また太陽ニュートリノを観測して、いわゆる太陽ニュートリノ問題の確認を行いました。そしてこれらの成果が2002年の小柴先生のノーベル物理学賞へと繋がったことは有名です。
   大きな装置は、研究者コミュニティなどでの様々な議論を経て、研究所などが建設に必要な予算を一括で概算要求をして実現するのが通常かと思います。ところが、カミオカンデという実験は、その重要性から研究者の熱意により、いろいろな方法で資金を獲得して建設され、研究が推進されてきた装置でした。カミオカンデは当初、小柴先生が所属されていた東大理学部と当時の高エネルギー物理学研究所、それから東大宇宙線研究所の共同で実現されました。当時私は大学院学生で、予算のことはほぼ全くわかっていませんでしたが、それでも皆さんが、この実験が非常に重要だと考えて、どうにか一刻も早く実現しようとされていたことは感じていました。
   そのため、カミオカンデの実現で科研費は重要な役割をしてきました。上記の光電子増倍管の開発に関しては小柴先生が科研費のサポート(「陽子崩壊実験の検討」(一般研究(A), 代表:小柴昌俊、1980-81年度))を受けたと聞いています。カミオカンデのための空洞掘削など、もちろん科研費では対応不可能な経費もありましたが、いわゆる実験装置をつくりあげていくには科研費が大きな役割を果たしました。当時、特定研究という科研費の種目があり、1981年度の公募に応募したそうです。当時のことは他の方から聞いた話であり、聞いた範囲で書かせていただくのであやふやなのですが、この種目はプロジェクト的な申請を想定してなかったとのこともあって、この年度は採択されなかったと聞いています。しかし翌年このような申請も審査されるようになり、採択されました(「素粒子の大統一理論の検証」(特定研究、代表:三宅三郎、1982-84年度))。このようにカミオカンデの実現には科研費が不可欠の重要性を持っていました。
   その後、実験装置が完成したカミオカンデは観測に入りますが、カミオカンデの観測のために必要な経費の多くも科研費のサポートでやっていきました。私が知っている限りで主なものをあげると、「陽子崩壊の実験」(一般研究(A), 代表:須田英博、1985-86年度)、「太陽ニュートリノの観測」(一般研究(A), 代表:戸塚洋二、1986-87年度)、「素粒子的宇宙像」(重点領域研究、代表:菅原寛孝、1988-90年度、このなかで特に計画班「陽子崩壊と宇宙ニュートリノの探索」、代表:戸塚洋二)、「大気ニュートリノ中のミュー・ニュートリノ欠損の解明」(特別推進研究、代表:戸塚洋二、1991-94年度)などがあげられます。これらの科研費のおかげでカミオカンデは観測を続けることができ、最初に述べたような重要な成果をあげることができました。なお、私自身はこのうちのいくつかに分担者として入っている程度でした。
   私は当時上記のような科研費のおかげで、カミオカンデのデータを使って自由に研究ができる本当にありがたい立場でした。そんななか、1980年代の後半に、たまたま宇宙線が大気中で生成する大気ニュートリノ中のミュー・ニュートリノ成分が予想よりだいぶ少ないことに気づき、この問題に取り組んでいました。私自身がこの問題で最初に科研費をいただいたのはカミオカンデの最終盤、またスーパーカミオカンデが立ち上がる頃の「大気ニュートリノの研究」(基盤研究(C)、1995-96年度)でした。その後、「大気ニュートリノの天頂角分布の精密観測とニュートリノ振動の研究」(基盤研究(B), 1997-1999年度)、大気ニュートリノ振動の精密研究」(特定領域研究「ニュートリノ振動とその起源の解明」(代表:鈴木洋一郎)の計画研究、2000-2003年度)と大気ニュートリノの観測を通したニュートリノ振動の研究において最も重要な時に途切れることなく科研費のサポートをいただいたことには大変感謝しています。
   現在、私は研究の重心を重力波に移しています。具体的には、現在神岡の地下に文部科学省の支援のもと、KAGRAという3×3㎞の長さの腕を持つレーザー干渉計を建設し、重力波の観測を目指しているのですが、装置の設計費用、建設にかかわる研究者の雇用、旅費などの多くを科研費特別推進研究「極低温干渉計で挑む重力波の初観測」(2014-2018年度予定)で賄っています。科研費がなかったらどうやってプロジェクトを進めるのだろうと思うとゾッとするくらいです。
   以上、私が直接かかわらなかったものも含め、科研費と私の関係について書かせていただきました。学術の真の発展は研究者の自由な発想からなされるものと信じています。大学等の研究環境が急激に疲弊するなか、研究者の自由な発想に基づく研究をサポートする競争的資金としての科研費の重要性はますます大きくなっていると感じます。まだまだ足りない科研費の総額を増やすことを含め、科研費の発展が日本の学術の発展の鍵と言っても言い過ぎではないと考えています。

※所属・職名は執筆時のものです。
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