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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



最新号 No.102(平成29年8月発行)

「自由な発想の提案を支えてくれた科研費に感謝」

荒井 滋久 先生
荒井 滋久
東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所・教授
平成29年度に実施している研究テーマ:
「オンチップ光配線のための超低消費電力半導体薄膜光回路の構築」(基盤研究(S))

1982年4月に東京工業大学工学部助手に採用された1年後から図らずも米国ベル研究所にポスドク研究員として留学する機会に恵まれたため、研究代表者として科学研究費申請を行ったのは1984年度の奨励研究(A)(百万円)が初めてでした。また、恩師の末松安晴元東京工業大学学長が代表として申請した科学研究費や関連分野の先生方が研究代表者の特定研究や重点領域研究の研究分担者として参画する機会に恵まれ、奨励研究(A)よりも少々大きな研究費をいただいていたため、自身が研究代表者として申請した大きな科学研究費が採択されたのは1989年度の一般研究(B)と試験研究(B)が初めてでした。同時に2つの申請が採択され、単年度の研究費が一千万円を超えることとなり、申請した研究用設備備品が購入できたときの感激は今でも忘れられません。
   当時の申請課題や研究分担者および配分研究費等については「科学研究費助成事業データベース」や「日本の研究.com」で振り返ることができるようになり、ずいぶんといろいろな研究課題の下に研究活動を続けてきたものだと感じる次第です。単独で研究室運営を行うようになった1991年度以降、研究代表者として申請した科学研究費が不採択となったことが2回あり、大変胃の痛くなる思いもしましたが、その期間はJSPS未来開拓学術研究推進事業(1996~2000年度)やJST戦略的創造研究推進事業(CREST:2002~2006年度)の下で研究支援を受けることができたため、これまで研究室で進行中の研究活動を停滞させることなく進めてこられたのは幸運というほかないと感じています。私の研究室をはじめとする実験系研究室では消耗品費も結構な額となるため、大学から配分される運営費交付金だけでは何も進められないのが実情です。1990年代からの日本経済の停滞期も重なり、工学系分野といえども企業からの共同研究や奨学寄付金はほとんど受けられない状況でしたので、文部科学省およびJSPSをはじめとする公的研究費だけが研究活動を維持する頼みの綱でした。
   2002~2006年度には、21世紀COEプログラム「フォトニクスナノデバイス集積工学」の研究代表を担当させていただいたが、博士課程学生および若手研究者の育成と研究支援を中心としたプログラムで、当初計画した予算規模(年額3億円)に対しては大きく減額(年額約1.5~2億円)して採択された経緯があり、自身や申請書に挙げたプロジェクトメンバーには研究費を全く配分しない方針で運営したため、プロジェクトメンバーの期待を大きく裏切る結果になったのではないかと心配した次第です。この21世紀COEプログラムおよび後継のグローバルCOEプログラムを通じて、博士課程学生へのRA経費支給や国際会議参加旅費支援が進み、現在では大学全体での博士課程学生支援が行われるようになったことが大きな成果とも考えられます。
   科学研究費と私の関わりを思い返すと、1988年4月から1990年3月までの2年間、文部省(当時)学術調査官として、科学研究費審査会への陪席や大型研究費の現地調査に同行するなど、科学研究費システムを支える事務方の皆さんの大変な苦労を見る機会も多かったこと、それから約20年後の2010年4月から2013年3月までの3年間、日本学術振興会学術システム研究センターの主任研究員(工学系)を拝命し、ほぼ毎週1日、学術システム研究センターに詰めて、科学研究費の審査員候補の選定、科研費の在り方や審査制度の改革の議論等に参加し、工学系だけでなく理学系・医学系・人文系等の多くの方々の傾聴に値する種々のお考えやご意見に触れる機会をいただき、周囲の多くの教員とは異なり大変有り難い経験をさせていただいたことに感謝する次第です。今回、青天の霹靂というべきか予期せず「私と科研費」の執筆を依頼されることとなり大変困惑しましたが、私と全く同時期に文部省学術調査官および学術システム研究センター主任研究員(工学系)を歴任した大野弘幸東京農工大学長が既にNo. 90(平成28年7月発行)の「私と科研費」に寄稿しているのを知り、大野学長同様、「私が科研費エッセイの執筆者に選ばれるとは思ってもいなかったが、依頼がきたら絶対に断れない。」という想いに至りました。
   私の研究歴は1976年に当時の末松研究室に卒業論文生として所属してから早41年になりますが、当時から1980年代後半までは主に光ファイバ通信用の長波長(1.5-1.6 μm)半導体レーザの研究、1990年代から2000年代初頭までは、その高性能化を目指した量子井戸構造および量子細線構造レーザの実現および極微細構造形成法の研究に従事してきました。これらの長波長半導体レーザは、当時の多くの日本企業の活力を反映して1990年台以降には地球規模の光ファイバ通信に実用化されており、大学で研究を行う上では、より基礎的な新しい研究の種を提案する必要があると考えるようになりました。文部省学術調査官時代に拝聴した長倉三郎先生のお話の中に、「人気や流行の研究に影響されずに、他の研究者が行っているような研究は敢えて避けるくらいの気概を持って研究申請をして欲しい」という趣旨のご意見がありましたが、当時は自身の研究費獲得も着実とは言えない状況で、素直には了解できない思いがありました。しかし、JST-CREST(「低次元量子構造を用いる機能光デバイスの創製」2002-2006)により量子細線や量子ナノ構造という極微構造形成と光デバイス応用の研究基盤が整う状況になり、2000年代に提案した萌芽研究(「薄膜半導体/ポリマー複合材料による能動光デバイスの研究」2001-2002)の方向に大きく舵を切る機会が得られるようになり、これを元に基盤研究(A)、特別推進研究(「Si系LSI内広帯域配線層の為のInP系メンブレン光・電子デバイス」2007-2011)へと発展させることができました。この研究は、100 kmを無中継で信号伝送する光ファイバ通信用半導体レーザとは全く方向性が異なり、LSIチップ上の金属配線層の中でも消費電力の大きなグローバル配線の代わりに光配線を用いることができれば、LSI全体の消費電力低減や高速化が実現できる可能性を探究するものであり、信号伝送距離は1-2 cmと非常に短い半面、光ファイバ通信用半導体レーザに比べて消費電力を数百分の一に低減することが必須となるものです。提案した研究期間では計画通りの結果を得ることはできませんでしたが、その後、基盤研究(A)の3年間で基本的作製技術に大きな進展があり、2015年度に採択された基盤研究(S)(2015-2018:定年前の最後の科学研究費申請)では当初計画で期待した特性に大きく迫る半導体レーザが得られつつあります。残された研究期間内にこの低消費電力半導体レーザと高速光検出器を集積して、LSI上電気配線に代わるような低消費電力信号伝送の可能性を実証できるかが今後の鍵となる段階にきました。
   研究計画段階では提案した素子やシステムの究極的性能までを示すため、実際に素子作製を行う実験研究では種々の難題に直面することが多く、すんなりと予想通りの成果が得られないことを何度も経験してきました。それでも、これまで長い間どうにか研究を続けてこられたのは科学研究費が優れた研究支援制度であることの証左であると改めて思います。近年は大学への運営費交付金が低減化しつつあり、大学でも公的研究資金だけでなく、企業等から広く研究費を獲得することが強く望まれておりますが、研究者個人の自由な発想の研究課題に対して比較的融通の利く使途が許されている科学研究費制度は、日本の将来の活力維持にとって必要不可欠と考えます。

※所属・職名は執筆時のものです。
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