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拠点大学交流事業

関連資料

拠点大学方式による日韓国際交流-熾烈な競争に耐えうる国際共同研究を目指して-

新原 晧一

はじめに

日本学術振興会(JSPS)と韓国科学技術機構(KOSEF)に支援された、セラミックス材料を対象とし大阪大学とHanyang大学を拠点校とする長期で大型の国際共同研究がスタートしてから6年が経過しようとしています。その間、多くの成果が上がり5年目の評価も目出度く突破できました。本稿では、このプログラムの目的、交流状況、共同研究の成果、国際共同研究の難しさ、今後の方針等について報告したいと考えます。

日韓共同研究の背景と目的

平成10-11年は、日本は長期不況から、韓国は国家レベルの財政破綻からの脱却を目指している時期でありました。また日韓両国とも環境やエネルギー問題に関して共通の課題を抱えていました。これらの背景を考え、本プロジェクトでは以下の目的を設定しました。1)環境、エネルギー問題等で重要な役割を果たすセラミックス材料に関して、先進的な構造・機能を持つ材料を開発する共同研究の実施。2)相互訪問、成果発表会、セミナー、国際会議の開催等を通しての情報交換。3)国際的に活躍できる人材の育成。4)相互理解の促進。5)欧米をターゲットとした研究者のネットワークの構築。6)成果のスピーディーな技術移転(ベンチャー企業の創立)。これらの目的を達成するために、日本側のコーディネーターである著者は、韓国側のコーディネーターであるHanyang大学のK. Auh教授と忌憚のない意見交換を行い、"仲良しクラブではなく、互いに競争して高めあい実のある共同研究を行う"ことに合意し、この件を常に本プロジェクトの参加メンバーに徹底することにしました。

共同研究のテーマ

本プロジェクトの目的を達成するために、大阪大学が世界に先駆けて15年前に世界に発信したセラミックス系ナノコンポジット材料を主な対象材料とし、共同研究課題を「環境低負荷型の多機能セラミックスの新しいプロセッシング及びナノ構造と機能の評価」とし、サブ研究テーマとして、「環境低負荷型の多機能ナノコンポジットセラミックス構造材料の開発研究」、「環境低負荷型の多機能ナノ及びナノコンポジット電子セラミックスの開発研究」、「環境低負荷型機能調和ミクロ/ナノ複合材料の低コスト製造プロセスの開発研究」、「セラミックス系材料の機械的特性評価と機能向上機構に関する研究」、「環境低負荷型ナノセラミックス及びプロセッシングのシミュレーション」を設定しました。それぞれのサブテーマでは、日韓から各1名のサブリーダーを指名し、彼らのリーダーシップのもとに、日韓の180名に及ぶ研究者に実のある成果を得るような共同研究を実施してもらうことにしました。なお、これら5サブテーマは3年目に見直しを行った現在のテーマであることを申し添えます。

交流の実績と成果

毎年日本側から約80名(22の研究機関)、また韓国から約85名(21の研究機関)の研究者が参加し、五つの研究グループに所属して共同研究が精力的に進められました。平成14年度においては、韓国側から70名の研究者と学生が延べ461日の期間日本を訪問しました。一方、日本側からは39名の研究者が147日の期間韓国に出かけ、各種情報の交換、セミナー参加、共同研究に参加しました。
文化や考え方が基本的に異なる多くの研究者が、特定の研究課題について長期に国際共同研究を効率的に進めるためには、特に歴史的に多くの問題が残っている日韓においては、お互いの理解と対話が必要不可欠です。また、一堂に会して討論することで、どのような共同研究体制が最も有効であるかを知ることも出来ます。このために、毎年、両国の研究者の大多数が相手国を訪問し情報交換と討論を重ねると共に、日本では毎年11月か1月に「New Nanostructured and Nano-composite Ceramics with Multiple Functionality」と題する国際シンポジウムを、韓国では毎年6月に「NCF & IMA」と題する国際シンポジウムを開催し、大きな成果を得てきました。また、平成16年11月には日本セラミックス協会と共催で、23か国からの参加者を含めて400人以上が参加し、230件の論文(内拠点関係は60件)が発表されたEnCera 2004を開催しました。写真1と2は平成14年11月に大阪で開催されたシンポジウムの主な参加者の集合写真と、EnCera04のバンケットの様子です。なお、毎年両国で開催するシンポジウムに加え、環境問題を主対象にした国際会議「The International Symposium on Eco-Materials Processing & Design」も毎年開催しています。

写真1 平成14年11月に大阪で開催したシンポジウムの主な参加者の集合写真
写真1 平成14年11月に大阪で開催したシンポジウムの主な参加者の集合写真
 
写真2 平成16年10月31日-11月3 日に大阪で開催された国際会議(EnCera04)のバンケット
写真2 平成16年10月31日-11月3 日に大阪で開催された国際会議(EnCera04)のバンケット

共同研究の成果と社会貢献

本プロジェクトに関係して、日本から毎年約150編以上、韓国から毎年約110編以上の学術論文が発表されており、その中で毎年約30編は日韓の研究者の共著論文であり、実質的な共同研究が進んでいる様子が分かります。多岐にわたる優れた研究成果の中から、以下では実用化につながった成果の一部を紹介します。

1) ナノコンポジットコンセプトを展開して、高強度・高靱性・高耐食性・高熱衝撃破壊抵抗・低摩擦係数・高熱伝導性に加え、金属のような機械加工性を有する、高次に複数の優れた機能が共生する多機能調和型Si3N4/BN、SiC/BN、AlN/BN、Al2O3/BN 等の開発に成功しました。
2) 強度・靱性が金属系の超硬材料に匹敵するZrO2(CeO2)/Al2O3ナノコンポジットの開発に成功し、従来製品の10倍以上の切れ味と寿命を持つバリカン刃の開発に成功しました(図1)。
3) 人間の指先と同じような機能を持つセラミックス/高分子系感触センサーを開発し、ソニーのAIBO ロボットの感触センサーとして実用化に成功しました(図2)。
4) 界面活性剤および超音波化学を利用した特殊プロセスで、数ナノメートルの貴金属ナノ粒子を安全に環境を汚すことなく室温で作製する簡便なプロセスを開発し、この新材料を展開するためのベンチャー企業が創設されました。
5) 筒状多孔質セラミックスの製造プロセス、その気孔にバナジウムナノ粒子を担持するプロセスを確立し、環境浄化用プラントに組み込むことに成功しました。
6) Al2O3やZrO2を中心にしたナノコンポジットの生体適合性を評価し、この材料が各種人工骨として最も適した材料であることを、国際会議での討論を通して世界的に認知させることに成功しました。
7) 優れたCO→CO2触媒特性を示すCeO2/Cu系コアー/シェル型の新規ナノ/クラスター複合粉末の合成に成功し、この材料技術を産業界へ移転することに成功しました。
8) 本プロジェクトに関係して、韓国では5社、日本では1社のベンチャーが創立されました。また、新しく開発した5種類の多機能調和材料の技術移転に成功しました。

図1 双方向ナノコンポジット製のバリカン刃 図2 ナノコンポジット感触センサーのAIBOロボットへの応用
図1 双方向ナノコンポジット製のバリカン刃 図2 ナノコンポジット感触センサーの
AIBOロボットへの応用

若手研究者の交流と成長

若手研究者(大学院課程学生を含む)の交流・育成に関する成果は以下のようにまとめられ、本プロジェクトは両国の若手研究者の育成にも大きく貢献していると考えています。
1)セミナーや共同研究に関係した相互訪問による国際感覚の育成、2)文化や意識の異なる人々との密な共同研究で広い世界観を構築、3)英語を共通語とすることによる若手研究者の英語力のレベルアップ、4)世界最先端の研究に参加することによる研究意欲の向上、5)韓国の学生が国費留学生に採用される機会の増大、6)日本で学位を取得した韓国の学生が、このプロジェクトでの研究成果が認められ韓国の研究機関に研究者として採用、7)韓国で活発である大学発ベンチャー起業に関する生の情報を直接に聞く機会を持ち、日本の若手研究者に意識革命、 8)国際的な共同研究の企画立案に役立つ重要な情報の獲得、などです。

写真3 Osaka-Hanyang HUB開所式のテープカット写真
写真3 Osaka-Hanyang HUB開所式のテープカット写真
(左から、Hanyang大学の工学研究科長、学長、産業科学研究所前所長、著者)

まとめ

本プロジェクトは、異なる歴史と文化を持ち、過去に国家間で不幸な問題が生じた日本と韓国間の、更に意識と目的を異にする45研究機関から約160人の研究者が参加する長期で大型の国際共同研究です。また、仲良しクラブ的な交流ではなく、お互いに競争して実のある成果を得ることを目標にしてきました。この結果、多くの成果が得られ、特に社会貢献に関しては卓越した成果を上げることが出来ました。これらの成果は、歴史認識や習慣の相違から生じる誤解を解く真摯な話し合い、仲良しクラブに走りがちな国際交流を排除する絶え間ない努力、コーディネーターのリーダーシップ、サブリーダーがグループを把握する努力、参加者全員のフランクな話し合いと相互理解に加え、JSPSとKOSEFの担当者の深い理解と支援により生まれたと考えています。この5年半で本プロジェクトを進めていくために解決すべき問題の多くは突破出来たと考えられ、従って、今後は今まで以上に大きな成果が生まれるはずと大きな期待を持っています。
最後に本プロジェクトと関係して、平成16年3月7日にHanyang 大学のHIT棟の2階に設置された大阪大学産業科学研究所のブランチ(正式名称:Osaka-Hanyang HUB、面積:125m2)のことに触れます。このブランチは、Hanyang大学学長の強いサポートを得て開設されたもので、応接セット、4人分の事務机、秘書の机、会議室(15人収容)、インターネット関係端末等が整備されております。この施設の開設により本プロジェクトから更に実のある国際共同研究が輩出することを願っています。


新原 晧一(にいはら・こういち)
大阪大学産業科学研究所 教授
本記事は「学術月報Vol.58 No.3」に掲載されたものである。