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拠点大学交流事業

関連資料

食料生産の持続的発展と環境保全的調和を目指す国際共同研究

前川 孝昭

1.はじめに

拠点大学交流を開始する契機は今から12年前にユネスコの基金で筑波大学において開催したシンポジウムにあります。 この時、中国のアジェンダ21世紀委員会の代表として来日された劉 培哲教授(北京大学)と話した時です。劉教授は「中国は21世紀に入ると人口増加と経済発展に よって食料の輸入国となる。その時、カロリーベースで40%の自給率の日本はその食糧輸入が中国との競合で大きな影響を被る」と語りました。 現在はその予想がぴったり当たって、中国の穀物は自給できず輸入に転じたと聞いています。さらに、最近、中国の鉱工業原材料の輸入が増大するなど "Resource eater"として、世界経済に大きな影響を与えるようになりました。劉教授と会ったとき、私たちは「生物の生存」を図るバイオシステム研究科の 設立のための概算要求の準備をしていた時であり、その教育目標には「人類の生存のための食料生産と環境の調和を図る持続的発展」にバイオテクノロジーの応用、 資源管理手法の確立や生命倫理教育を掲げ、さらに国際共同研究の実施による、世界への貢献を積極的に行うことを考えていました。

2.共同研究プロジェクト

1)相手国の大学の選定

日本学術振興会は中国教育部を介した学術交流を望んでいましたので、私は申請が通るまでに中国の主要な大学を見て回りました。 当時は北京大学といえども実験室の設備は十分でない状態でした。幸いなことに国家重点実験施設を持つ大学を訪問し、多くの研究者と話し合いが持てました。 共同研究が実施可能で、かつ日本側の提案する研究課題の趣旨を十分理解できる研究集団の吟味を行いました。図1に示すとおり、拠点大学と協力大学が決まりました。 開始時点では、上海交通大学と吉林大学は入っていませんでした。

図1 拠点大学と協力大学

図1 拠点大学と協力大学

2)共同研究の実施

(1) 研究設備:課題にある食糧生産に関する研究は農業大学に多かったが、基礎研究に向いていないように見えました。一方、 環境科学に関しては北京大学、復旦大学、南開大学、南京大学等の総合大学が充実していました。これらの大学において、世界銀行や欧米の援助による設備の充実と、 これらの設備が使いこなされているかを判断基準としました。水質関係では精華大学は充実していましたが、その他は設備が全くないといってよいほどでした。そこで、 日本のODAで援助された良い施設があるというので、北京市内の中日環境研究中心を訪問しました。水処理設備や計測装置類は私たちが見ても垂涎の立派な設備が置かれて いました。しかし、例えば、ガスクロマトグラフィに必要な分析用水素が手に入らないこと、手に入ってもそれを購入する消耗品費が少なく、かつこれらを操作する人員の 確保ができないといった日本の「物の援助」だけのODAの欠陥を見せ付けられ、ほとんど機能していませんでした。食料生産関係は中国教育部の管轄の大学を選定しました。

(2) 共同研究実施の工夫:本国際共同研究は10年間を計画し、5年に中間評価を行う前提で、3期に分けた計画を立てました。第1期は情報収集、基礎研究期間 (3年間)、第2期は研究展開期(5年間)、第3期は研究応用及び総括期間(2年間)に分けました。このプログラムが開始されたのは1998年1月でその年度の 終わりが迫っていたので、第1期は4年間、第2期も4年間となってしまいました。
両国のコーディネータが最も苦労したのは、第1期情報収集・基礎研究期間の4年間(実質は3年余り)の間に、共同研究の形を作ることでした。そのポイントは二つです。 その第1は、中国側研究者の個人研究型からプロジェクト型研究への転換でした。第2は研究費の確保と日本側研究集団との連携研究の形を作ることでした。 第1の問題に対し、日本への留学組及び欧米とプロジェクト研究に経験のある研究者の存在する研究組織を核にすることに留意しました。
第2については、拠点大学交流研究費の中では5万円程度で、非常に少なく、共同研究の潤滑油程度のものでした。中国側は合目的的な研究課題に政府からの トップダウンで研究費が来るようでした。また、世銀や欧米の援助も大学のトップを通して降りてくるようで、研究者の自らの発想に基づく研究費の申請を行った 予算確保は非常に少ないことが推定されました。このことは初年度ならびに第2年度のセミナーの開催で判りました。中国側の共同研究の研究費の確保は、 非常におぼつかない状態でしたが、1999年末(3年目)になって中国政府は「211工程重点大学」として101大学(後に合併等により97大学となった) を示しました。これが筑波大学-北京大学の拠点大学交流の推進に大きな追い風となりました。さらに、北京大学、清華大学、復旦大学、上海交通大学、南京大学他3大学、 合計9大学が重点大学の中の重点大学として、大きな予算が中国政府から支給されるようになりました。9大学のうち6大学が私たちの拠点大学交流の中に加わっていました。 そこで、両国のコーディネータは翌年度の活動計画に計画案を作成すること、両国研究者が一つのテーマの下に実施する研究プロジェクトを立ち上げることを約束しました。
中国側は国家科学委員会への働きかけを行うことにしました。国家重点大学といえどもすぐに研究費の確保が可能になると考えられないので、日本側から中国で実施できる プロジェクトの確保、日本側の大学の研究室の費用で実施可能な研究課題の選択を行うことから始めることにしました。また「Biosystem Studies」を年2回発刊し、 研究情報の交換と共有を義務づけました。

(3) 共同研究課題
国際共同研究の副課題数は第1期(平成9年度(1997年度)~平成12年度(2000年度))の7課題から第2期(平成13年度(2001年度) ~平成16年度(2004年度))には5課題に絞り込んでいます。第2期は大気汚染の農林業生態系に及ぼす影響評価を新たに入れ、日中共同研究の成果を挙げられる 課題を含ませています。研究の背景、研究テーマについてはホームページhttp://www.geocities.kyotentsukuba/を参照して下さい。

3.国際共同研究成果

1)拠点大学交流の活動は以下のとおりです。
(1) 人的交流成果:
第1期: 日本側からの派遣研究者数 121名
  中国側より招聘研究者数 166名
第2期: 日本側からの派遣研究者数 136名
  中国側より招聘研究者数 198名

2003年のSARS問題があったにもかかわらず、研究者交流は年々増加する傾向です。

(2) セミナー開催:
第1期: 日本側開催5回、中国側開催4回
第2期: 日本側開催1回、中国側開催1回
第2期は共同研究に専念すること及びSARS問題で中止もあり、開催回数が少ない。しかし、JSPSの費用を使わない国際シンポジウムが中国で3回、 日本で2回開催され、拠点大学交流官の研究者の多くが出席しました。
(3) 国費留学生(拠点枠):
第1期:10名、第2期:6名
(4) 刊行物 Biosystem Studies(英文)
第1期:3巻(6号)
第2期:4巻(8号) 合計7巻(12号)
(5) 本国際共同研究成果に関する受賞 6件
2)具体的な共同研究成果の概要
(1) 研究室の工夫:これは第2課題、「持続的な資源保全的な食料生産、加工、流通システムの開発」において実施されました。中国において普及している 日光温室(太陽エネルギー蓄積型無加温温室)の熱工学的研究です。中国の経験則を熱工学的に解析することによって、スケールアップ等の設計基準策定につながる 研究成果が得られました。研究開始初期には、機材の中国への持ち込み等の通関手続き上の理解を得るのに時間がかかる苦労がありましたが、2004年に農業施設学 会論文賞として、この研究成果は高く評価されています(図2)。
(2) 日本側研究費による国際共同研究:これは、第4課題の「水源地修復及び水質改善技術の応用に関する研究」です。実験実施地の行政官庁、 地元農家との了解をとるための時間及び工事費の確保は困難でした。そこで、雲南省昆明市環境科学研究院の協力を得て、北京大学-昆明市環境科学研究院-筑波大学 (科学技術振興機構のCREST研究)の3者による国際共同研究として"担体と水生植物併用による消化・脱窒処理"を実施しました。この結果、 水質が良くなったことで、その下流で農家の主婦が洗濯するほどでした。この成果は北京大学-清華大学の湿地帯及び水生植物による富栄養化防止プロジェクトとして 中国政府の研究費の確保に結びつき、予算化に成功しました(2004年6月終了)。

4.中国の高等教育研究への影響

国際共同研究を通して、中国の大学の研究者へ与えた影響は、前述の2例にあるように非常に大きいと思っています。日光温室では、 経験則の解析には計測装置の充実ならびに長期の計測が必要であり、この解析に基づく数値計算による設計基準の策定など、大学の基礎研究のあり方が理解されました。 また、担体と水生植物の組合せの有効性が確認されました。この成果は前項で示したとおり北京大学-清華大学の共同研究にも発展しました。2004年には雲南省政府が 昆明市南西に位置する扶仙湖へ農地から流入する窒素、リンの負荷の軽減にウェットランド(湿地と水生植物による組合せ)の実証試験の実施に発展し、 2haのウェットランド規模で2箇所の実証試験(処理量  45、000m³/日)を行っています。さらに筑波大学、北京大学、中国水利部、昆明市環境科学院の 国際共同研究(研究費も分担)として、デン池海梗公園における500人/日分の公衆トイレに土壌トレンチ法を私たちが提案し、 設計、施工後、長期運転をしています。運転コストは0。2元/m³で、非常に低く、一般市民も満足しているので、今後10基の設置が予定されています。 ウェットランドのそれは0。02元/m³であるので、雲南省政府はさらなる普及を狙っています。

図2 大型日光温室

図2 大型日光温室

5.今後の展開と発展

中国の国家重点大学政策が実行されるまでは、私は自然科学部門で中国の大学の実験設備の充実度の不足、研究者の内向きの姿勢に、 やや不安を憶えていました。しかし、中国のトップテンに入る6大学及び国家重点大学に選ばれた4大学を加えた拠点大学交流であったことが幸いして、 今後の中国の国際共同研究は益々広がりをみせるものと考えられます。前項で紹介できなかった第5課題の「大気汚染の農業及び森林に及ぼす影響及びその評価」 のチームは、北京市内、上海市内で観測サイトを設けることができ、データの蓄積が期待されています。
国際共同研究のしっかりしたチーム形成まで私たちは8年間を費やしました。最初の第1期の4年間は相手国の研究者の顔がみえるための助走期間と考えれば現在の 拠点大学交流でもその実が挙がったと考えられます。しかし、国際共同研究のさらなる実をあげるためには共同研究費用の持ちよりでなく、研究費支援の確実性が必要です。 さらに、拠点大学交流の後続プロジェクトを複数の国の研究者で構成することによって、国家間の競争原理の働いた効率の高い国際共同研究が展開できると考えられます。 このプロジェクト募集に当たっては研究成果のoutcomesを第3者がきちんと評価する評価体制の整備が必要です。欧米の研究支援にはこの視点があるので、のびのびとした夢のある国際共同研究が実施されています。募集型国際共同研究プロジェクトでは、大学の研究者と大学院生が共同研究に参加する COE的国際共同研究プロジェクトとしての性格を持たせることを日本学術振興会に提案します。複数の国による研究プロジェクトの推進は、アジア諸国間の学術上の 競争を生むものと考えられ、日本の学術の国際性が評価されると考えています。


前川 孝昭(まえかわ・たかあき)
筑波大学生命環境科学研究科 教授
本記事は「学術月報Vol.57 No.11」に掲載されたものである。