お問い合わせ先

独立行政法人 日本学術振興会
国際事業部 地域交流課
〒102-0083
東京都千代田区麹町5-3-1
03-3263-2316, 1724
03-3234-3700
MAILacore@jsps.go.jp

拠点大学交流事業

関連資料

環境工学「アジア型都市地域における環境と調和したインフラ整備モデルの構築」

三木 千寿

1.目指すところ

本プロジェクトは1999年から10年の予定で進められており、「環境工学」でも特に国土や都市の開発に伴うインフラ整備と環境との調和や新しい環境の創造を目指している。このような「環境」と「インフラ整備」との問題はほとんど手付かずの研究分野であり、インフラ整備が様々なステージにあるフィリピンと、すでにインフラ整備が進んでいる日本との協働により、はじめて可能となる研究といえる。
国土規模、地域規模、都市規模の環境の変化については、いろいろな開発行為と自然環境が複雑に絡み合ってくる(図1)。環境との調和を考えない開発がどのような結果を生み出すかについては例を引くまでもない。また、開発により、より良好な環境を創造できることも確かである。「環境」と「開発」の関係についての研究は、広い分野の研究者が協力し合い、しかも広い視野に基づいた研究が不可欠である。

図1 環境とインフラ整備の調和
図1 環境とインフラ整備の調和

2.構成と運営

本研究は5のサブテーマに分けて推進されている(図2)。それぞれのサブテーマは密接に関連しているため、毎年5月と12月に開催される運営委員会、およびシンポジウム、ワークショップ、セミナーなどにより情報交換や成果の相互評価を行いつつ研究を進めている。
各サブテーマの目標は以下の通りである。

図2 アジア型都市地域における環境と調和したインフラ整備モデルの構築のサブテーマへの展開と統合
図2 アジア型都市地域における環境と調和したインフラ整備モデルの構築のサブテーマへの展開と統合

サブテーマ1:大気の循環と環境

水・大気の循環と環境問題に関する研究では、海岸・河川・大気等の流体中の汚染とその移動、さらには地下水等を介した地盤汚染とその移流・拡散について調べるとともに、これらの環境負荷が陸水・大気環境および沿岸環境システムに与える影響を明らかにする。これらの研究に際しては、火山活動に起因する大量の土砂生産・移動や沿岸域におけるサンゴ礁やマングローブ林の存在、さらにはメトロマニラに見られるような人工稠密地域における高レベル汚染といった、フィリピンの自然・社会条件の特徴を十分留意した形で研究を行う。

サブテーマ2:都市開発と環境制御

途上国における都市開発が環境に及ぼす影響を予測する技術の開発を行い、環境悪化を制御する都市開発と都市政策との連携方策を明らかにする。そして、都市・交通・環境データの簡便な観測調査論を新たに構築し、土地利用と交通との相互作用モデル、ミクロな開発インパクトの影響モデル、交通、大気環境汚染モデル等の構築に生かし、データ制約下での予測論の確立を進める。これらの結果、都市開発に関わる環境問題とその現象メカニズムを明らかにし、環境管理上有効な政策を示すことが可能になり、政策の実効性と実現性とを高めるために必要となる計画策定上の要件を明らかにすることができる。

サブテーマ3:環境外力と基盤施設の安全性

環境外力に対する都市基盤の安定性評価手法を確立し、さらには安定性向上のための有効で効率的な基盤整備手法を検討する。すなわち、環境変化に伴う都市基盤の安定性に関して、都市開発に伴う地下水や地形等の変化、あるいは地震や風などの環境外力が都市基盤の安定性に及ぼす影響について調べる。それらに基づき、環境変化に対応できる安全な都市基盤整備手法を示すことを行う。期待される成果は、安全でかつ経済的にも効率的な都市基盤整備の方向を示すことである。

サブテーマ4:環境低負荷型のインフラ整備

本研究の目的は、環境負荷が低くかつローコストのインフラ整備を目指し、①今まで不要物とされてきた材料をインフラ材料として資源化すること、また②そのための設計施工マニュアルなどの整備を行うことである。内容は、不要物(建設廃材・石炭灰・火山灰など)の実態調査、利用方法の調査を行う。さらに、調査で得た情報を含めて不要物をインフラ材料として資源化する技術を開発する。さらに、この材料を用いた構造体の設計を検討し、設計施工マニュアルの整備を行う。

サブテーマ5:環境とインフラ整備の調和

1~4のサブテーマの研究成果を統合して、環境とインフラ整備の調和の方法論、技術論、法整備などを確立する。

3.これまでの研究成果の例

5年間に得られた成果の一部を紹介する。

1)沿岸環境ならびに海・陸・大気統合型広域環境システム関係

フィリピンの沿岸域は、「サンゴ礁-藻場-干潟-マングローブ」連成系によって構成される熱帯域特有の生態環境を有している。また、沿岸域における高い人口圧力を背景として、背後流域からの土壌流出等の環境負荷やマングローブ林の伐採、サンゴ礁でのダイナマイト漁などの違法漁業など、さまざまな人為的な環境攪乱要因が存在する。この種の問題は、フィリピンだけでなく、東南アジアやオセアニア島嶼国など、熱帯・亜熱帯の沿岸域においてかなり一般的に見られる。したがって、フィリピンの研究者との共同で、背後流域を含めた「サンゴ礁-藻場-干潟-マングローブ」統合沿岸生態系についての研究を具体化しつつあることは、今後、大きな成果をもたらし得るものと期待される。

2)マニラ湾・ラグーナ湖および周辺流域統合型環境システムに関する共同研究

周辺にメトロマニラ地域を含む様々な流域を抱えるマニラ湾は、その大きな環境負荷と水域の閉鎖性等によって深刻な環境問題を抱えている。また、マニラ南東部にあるラグーナ湖も周辺流域からの環境負荷により水質問題が悪化しつつある。ラグーナ湖内に感潮域が現れることから「マニラ湾-ラグーナ湖連成系」としての側面が解析上重要になることや、マニラ湾/ラグーナ湖周辺流域全てを含む広域環境システムとして観測・解析等を行っていく必要があること(図3)、さらに将来的には、大気過程も含んだ「海-陸-大気統合型広域環境システム」として捉えていく必要があること、などが確認された。それを受けて、共同研究プロジェクト"Integrated Manila‐Bay/Laguna‐Lake and Surrounding Watershed Environment Study (IMSWES)"を立ち上げ、研究を進めている。

図3 ラグーナ湖の湖面流速と風速の調査と風速場の解析例
図3 ラグーナ湖の湖面流速と風速の調査と風速場の解析例

図4 パヤタス廃棄物処分場
図4 パヤタス廃棄物処分場

3)廃棄物処分の地盤環境関係

廃棄物処理はマニラにおける大変深刻な問題である。現在までにマニラ圏内の11処分場を訪問し調査を行っている(図4)。その結果、浸出水に含有している有害物質のうち、金属類とビスフェノールAについての調査結果を我が国とフィリピンとの比較という形で論文にまとめた。今後は、タイあるいはフィリピンとの共同研究として、揮発性有機化合物(VOCs)の処分場からの気圏および水圏への排出の実態を調査し、気温、地温、降水量が先進国と大幅に異なるこれらの国々での気圏と水圏への有害物質の分配状況の差異を明らかにする予定である。

4)産業副産物や天然未使用資源の利用

産業副産物(例:石炭灰、コンクリート用骨材など)の建設材料の利用に関する共同研究で相互に成果を得た。学問的には、国による石炭灰の成分の違い、ならびにセメントの水和反応に及ぼす温度の影響について、独創的な研究が可能となった。その一つとしてフィリピンの火力発電所から大量に排出される石炭灰をコンクリート材料として使用したコンクリートの材料特性に関して基礎的な検討が行われた。またこれらの耐久性に関しても調査研究を継続している(図5)。
マニラの北約80kmにあるピナツボ火山からの火山噴出物を建設材料として有効利用することは、環境負荷を低減するとともに、低価格な建設材料の供給にもつながり、複合的な効果が期待できる。天然の軽量骨材であるピナツボ骨材を使用した軽量コンクリートの力学特性について数年にわたって研究を行った結果、圧縮強度は20N/mm2程度が限界であるが低層階用の建築資材としては利用可能であること、脆弱な引張強度を改善するために、フィリピンで利用可能な天然繊維(サイザル麻繊維、竹繊維等)を混入すると、破壊エネルギーが改善されること、ならびに部材としてのせん断耐力も増加することを明らかにした(図6)。

図5 フィリピンにおける石炭灰の有効利用
図5 フィリピンにおける石炭灰の有効利用

図6 やし繊維補強ピナツボコンクリート
図6 やし繊維補強ピナツボコンクリート

4.予期しなかった成果

本プロジェクトは、当初、フィリピンの研究者との交流のみを対象としていたが、プロジェクトを進行していくうちに、タイやシンガポール、韓国、ベトナム、ラオスといった他のアジア諸国の研究者とも交流することができ、新たな人的ネットワークが構築された。このことは当初に予期しなかった成果と言える。
教育面にも交流が拡大しつつある。本事業で得たネットワークをベースとして東京工業大学工学部開発システム工学科3年生の海外フィールド演習を、フィリピンで実施する計画が進められ、すでに一部試行されている。
2004年度よりタイを加えて3か国間の交流事業となる。また、2004年度よりこのプログラムに先端的なITを活用することにより、共同研究や研究者交流の効率化を図る。東京工業大学では2002年度より人工衛星通信とインターネットを組み合わせたシステムによりタイの複数の大学に大学院講義を配信している。また、この施設を利用して遠隔会議や学生との遠隔ゼミ、あるいはお互いの施設を使っての共同研究を始めている。同様なシステムをフィリピンとの間にも構築する準備を進めている。このようなITシステムを研究者交流事業に導入することにより、研究者間のコミュニケーションは飛躍的に改善され、研究者が帰国した後についてもホスト教官との共同研究を継続することが容易となる。また、来日前の招聘研究者候補とのインタビューなども可能となる。

5.今後の課題

本プロジェクトの最大の問題点は、交流事業であることから研究費が予算化されておらず、研究に必要な費用がすべて東京工業大学を中心としたホスト側の持ち出しになっていることである。このため、ホスト側でタイミング良く予算化されているプロジェクトに参加できる場合以外には、フィリピン側研究者には、実験的研究に自らの研究として参加することはきわめて困難である。一定の研究費を本事業と連結されて支援することが、本事業の効果をより高めるためには重要な戦略であると考える。
拠点大学交流プロジェクトを実効あるものにして行くには、交流・派遣研究者の選考を、如何にして合目的的な合理性のあるものにしていくか、という点が重要である。本プロジェクトではフィリピン人研究者の滞在期間を原則短期3か月、長期9か月を原則としている。しかし、この原則の下で日本に派遣可能な適当なフィリピン人研究者がやや底をついてきた感がある。
フィリピンの国情から、給料等も含めて大学の置かれた環境が劣悪であり、研究者が大学にとどまりにくい環境にある。このため、優秀な中堅研究者の数が少なく、本来の意味の双方向の交流事業とするに必要なだけの研究ポテンシャルが存在しないことである。
アジア圏の中でも恵まれた研究環境にある国々では米国や英国との協力を目指し、我が国に視線を合わせる国は少ない。結果として、我が国の学位が尊重されず、教官を見ても米国、英国出身者が圧倒的多数を占めている。環境外力と基盤施設の安全性に関する分野に関して、本プロジェクトを通して、人造りに貢献し、我が国の学術のバックグランドを持った研究者、教育者を育成するよいチャンスと考えている。


三木 千寿(みき・ちとし)
東京工業大学大学院理工学研究科 科長
本記事は「学術月報Vol.57 No.10」に掲載されたものである。