お問い合わせ先

独立行政法人 日本学術振興会
国際事業部 地域交流課
〒102-0083
東京都千代田区麹町5-3-1
03-3263-2316, 1724
03-3234-3700
MAILacore@jsps.go.jp

拠点大学交流事業

関連資料

発展するアジアの海上輸送に関する現地研究

小瀬 邦治

製造移転が急速に進展し、アジア諸国の工業化は国際的な生産と消費のネットワークの再編の中心になり、それを支えているのが輸送と情報の国際的ネットワークである。特にコンテナー輸送は国際間で、色々な国がその条件を生かして分担し、部品を作り、製品を組み立て、輸送し、販売するという幅広い国際分業の基礎であり、アジアの海上輸送は急速に整備されつつある。
日本は世界最大の造船、海運国の一つとして、また、この分野の研究開発の中心として、海上輸送の発展に寄与しており、1997年から日本学術振興会の拠点大学方式の国際学術交流事業「海上輸送の総合的研究」が推進されている。広島大学が日本の拠点大学となり、東大、阪大、九大等の13大学の参加を戴き、スラバヤ工大をインドネシアの拠点大学として、同国を中心にタイ、マレーシア、ベトナム、フィリピン等の大学と共同し、アジアの輸送問題をアジアの研究者で調査、研究する場となっている。
研究活動はアジアの海上輸送に関連した産業と技術について現地の研究者が中心になり、それに日本の研究者が蓄積した経験を持って参加し、共同研究することを基本として進めている。現地の産業と技術の振興や安全問題についての具体的な提言も念頭に置き、成果を挙げつつあり、その一部を紹介する。

1.アジアの海事産業と技術移転に関する研究

アジアの造船、海運、港湾等の産業と技術について国際比較研究を行い、産業と技術の振興方法を検討している。重点は先進国で発展した技術を途上国へ移転する問題で、産業協力を考える場合に基礎となる。先ず、インドネシアの海事産業振興策を検討し、造船業を振興し、計画造船で海運を育成する政策の破綻を分析した。この方法は戦後の日本の採用した政策であるが、現在の経済的環境は当時とは全く違い、国際競争力が重視される今日には到底、適用できない。また、国や国際援助に依存した産業育成も既に破綻している。しかし、この国でも合理的経営で着実に成長しつつある海運企業も存在し、こうした企業を育成する条件整備が国の政策の役割と理解される。
インドネシアの海事産業の育成には海運の育成が先ず必要で、それを支援する修繕船業の育成が当面の課題と結論した。この視点から、当面として自立的な海運育成を図るという海事産業振興策を提案し、インドネシア政府に採用され、現在、国際協力事業団の手で開発調査が推進されている。こうした調査は公的資金の投入を目指して行われることが多いが、民間ベースできちんとした経営努力を行う企業群を育成するという基本を守ることが必要となろう。
産業育成で大切になるのが技術移転問題で、量産型産業では施設を建設して、マニュアル化した作業を行う労働者の訓練で大方は可能と言われる。しかし、船舶のような複雑な産業用装備の場合、技術移転は容易ではなく、安易な試みは殆ど破綻している。アジア諸国の造船業を調査し、比較を通じて技術移転、産業移転の条件の検討を行った。
典型的な事例はフィリピンのセブ島に日本の常石造船㈱が建設した造船所とインドネシア政府がスラバヤに建設したパル造船所である。パル造船所は国の威信を賭けて最新鋭の造船設備を導入しているが、現在、バルクキャリヤーの建造に殆ど1年を要している。しかし、セブの常石造船の場合、設備のレベルは普通であるが、既に僅かな日本人スタッフの下でも年間7隻の建造体制を実現している。日本の造船技術者、技能者が100人以上滞在して、現地と一体になり、技術と技能の移転を図る試みが成功したと言える。生産においては人と技術の役割分担に注意したトータルな施策が必要なことを示す例である。きちんと合理的な施策と努力がなされれば技術、産業の移転は可能であるが、間違えば巨費を投じても無駄に帰する。ともすれば企業の経験に依存している技術移転の問題の学術的な検討が必要であり、海運についても造船の場合と同様と考えられる。産業育成に関わる政府開発援助等の場合、こうした経験の分析の上に指導が行われる必要がある。

図1 造船業の技術移転の成功例(2003年度に7隻の貨物船を建造した常石造船(株)のフィリピンセブ工場)
図1 造船業の技術移転の成功例(2003年度に7隻の貨物船を建造した常石造船(株)のフィリピンセブ工場)

2.アジアの海上輸送ネットワーク解析と施設計画に関する研究

海上輸送は港湾とそれを結ぶ船舶から成り立つネットワークの機能として実現する。このネットワークのモデルを作り、解析すると、輸送需要に応じた港湾や船舶の最適化が計算でき、輸送企画、システム設計の拠り所となる。アジアの増大する輸送需要に応える港湾開発が各国間の競争も絡んで急速に進んでいる。シンガポールは東南アジアの拠点港であるが、マレーシアは近接地に新コンテナー港を建設し、両港間でサバイバルを賭けての競争が展開されている。マレーシアの挑戦は成功するのか。ベトナムはホーチミン市の南東部のデルタにコンテナー港の建設を計画しているが、アジア物流の中でこの港湾はどんな役割を果たすのだろうか。もし、地方港としての機能を果たすだけならば、特別な大型船の出入港は想定しないでいいが、将来の物流の増加によりシンガポールと香港の間に拠点港湾が必要になるとベトナム南部が適地となる可能性がある。この見通し如何でベトナム南部のコンテナー港は水深条件が違うから、立地も異なることになる。
本研究では色々なネットワーク解析の方法を開発し、アジアの海上輸送問題への適用を試みつつある。このソフトウエアの一部はインドネシアから招聘された若い研究者により開発され、現在では各国の海上輸送計画の立案に本事業で開発された手法が利用され始めている。また、日本でも国交省の海上技術安全研究所が最近に設立した物流研究センターは日本の海上輸送のコンサルを目指しているが、本事業に関連して開発された手法が基礎に一つとなっており、日本の輸送の合理化にも活用されると見込まれる。

図2 アジアの拠点港シンガポールに挑戦するマレーシアのコンテナー港
図2 アジアの拠点港シンガポールに挑戦するマレーシアのコンテナー港

3.河川輸送システム開発

内陸部で産する豊富な石炭資源を運ぶ手段として河川輸送がある。また、豊富な水資源を有し、食糧危機時の生産基地と期待されるメコン河開発にも河川輸送が必要になる。在来の小型木造船が利用されているが、今後の輸送の拡大に対応するのは困難で、近代化が求められている。現在、アジアの河川等では大型のバージ(箱船)を曳航しているが、問題は安全性で、特に下る際の操縦は著しく困難になる。また、湾曲した河川は一度大雨があると水深すら変わってしまう管理されていない水路であり、航路標識等の航行援助施設も未整備である。当然のことながら座礁事故が続発している。
インドネシアの応用科学技術評価庁や大学と協力して、輸送システムのあり方について検討をし、操縦性と推進効率の優れている押航方式のバージ輸送を採り上げ、また、幅や流速が変化する河川の状態に応じて、押航するバージの数を変えるマルチバージ方式の開発や高精度の測位システムを活用して河川床を簡易計測し、カーナビのようなシステムによる河川航行支援システムの開発も推進されつつあり、従来のブイや標識に替わる航行支援が可能になると期待される。

図3 最新の設備を誇るインドネシア応用科学技術評価庁の海洋水槽
図3 最新の設備を誇るインドネシア応用科学技術評価庁の海洋水槽

この他にもアジアの海域で頻発する悲惨な転覆海難を防ぐ研究等が推進されているが、一部のみを紹介させていただいた。
これらの研究の結果、日本の研究者の中にアジアへの関心が定着し、現地研究が始まりつつある。日本では、大学の研究の多くが理論的手法的研究の枠内に留まり、企業の開発も与えられた企画に対する対応を主とする傾向があるが、現実の調査からニーズを発掘し、問題解決のための企画への関心が喚起されている。また、アジア諸国では自国の問題に取り組み、自ら解決しようとする機運が育ち始め、アジアの若い研究者が現地の知識と経験を持ち込み、日本の大学のアジア研究の一翼を担い始めており、留学生が日本の大学でアジア研究をすることが可能になりつつある。拠点大学交流という長期的な事業を可能にする成果である。
本事業で日本の研究者が多数、アジア諸国に赴き、外からわが国を見る機会を得ている。懸命に努力するアジア諸国から見ると、国際的な視点と謙虚な努力に乏しい日本の現実に肌寒さを感じるのが正直な印象でもある。


小瀬 邦治(こせ・くにじ)
広島大学大学院工学研究科 教授
本記事は「学術月報Vol.57 No.4」に掲載されたものである。