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拠点大学交流事業

関連資料

水産分野における鹿児島大学-フィリピン大学間の拠点大学交流

松岡 達郎

はじめに

鹿児島大学水産学部は長年にわたり、留学生の受け入れ、SEAFDEC(東南アジア漁業開発センター。詳細は後述。)との研究交流、国際協力事業への参加などを通して、対フィリピン学術交流を展開して来た。こうした実績に基づき、平成9年、鹿児島大学水産学部とフィリピン大学ビサヤス校の間で、拠点大学交流事業に取り組む旨を合意し、以後10年間の学術交流協定を締結した。幸いにしてこの方針は日本学術振興会によって認められ、東京水産大学とインドネシアのディポヌグロ大学の交流に続き、水産学分野で第2番目の拠点大学交流が平成10年に開始された。

交流内容と交流手法

本交流は、「フィリピンにおける水産資源および水圏環境の開発、管理、保全」を研究テーマとしている。「フィリピン水産業の効果的かつ持続的開発への貢献」を上位目標とし、「わが国とフィリピンの水産学全般に関する研究の推進」をプロジェクト目標としている。
含まれる活動は、拠点大学交流の枠組みに従い、個別研究者の交流、共同研究、情報交換、国際セミナーの開催とし、これらに加えて交流実行委員会の交流を充実させた。実行委員の多くは日比両拠点大学の研究者であるが、日本側では東京水産大学、フィリピン側ではイロイロ州立水産大学からの参加も得て両国内でのネットワーク形成を図っている。
研究活動は水圏環境・資源、漁業、社会科学、増養殖、食品加工の5チームに分け、それぞれの個別研究課題に取り組むこととした。研究課題はあくまでもフィリピン現地でのニーズに従って設定することとしている。プロジェクトとしての研究成果を生み出すために、5分野から2~3年ごとに重点分野を決め、予算を優先的に投下し集中的な研究を可能にするとともに、その成果を国際セミナーで定着できるようにしている。たとえば、漁業分野での集中的な研究の成果は、平成13年にフィリピンで開催した「アジアの沿岸域における責任ある漁業に関する国際セミナー」で集約し、その成果はUPV Journal of Natural Sciencesの特別号として刊行した。本誌は今後フィリピンにおける漁業研究の基礎的文献になることが確実である。これまでに社会科学、漁業分野を重点とした第一期を終了し、現在は増養殖分野を重点分野としている。
本事業には、日本側から16大学、フィリピン側から14大学が参加している。これは、両国で水産学部・学科を持つ大学のほぼすべてを含んでいる。ただし、その他の機関からの個人参加や、タイ、インドネシアなど域内第三国から参加している研究者もいる。交流参加者に関しては、制度をやや拡大解釈した体制をとっており、正式の参加研究者のほかに今後の参加候補者が多数登録されている。その数は、両国で100名近くにのぼる。彼らは言わば交流協力者であり、新たな研究課題を持った研究者が加わった場合などにカウンターパート研究者を探すプールにもなっている。この制度は拠点大学交流で正式に認められたものではないが、交流を円滑に進めていく上で重要な働きをしていると考えている。

交流の波及効果

拠点大学交流の枠を超えたインパクトも生まれている。最大の成果はSEAFDEC(東南アジア漁業開発センター)のAQD(養殖部局)との交流であろう。SEAFDECは1967年に東南アジアの水産業の開発に向けた政府間組織として設立され、現在、メンバー国である日本と東南アジア9か国で運営されている。水産系では世界最大の国際機関と言われ、きわめて高い情報発信能力を持っている。本部をタイに置き、訓練、養殖、海面漁業研究、海面漁業資源開発管理の4部局が各国に置かれており、それぞれの分野の研究、研修、普及などに携わっている。それらのうちの一つがフィリピン大学ビサヤス校とは指呼の距離にあるAQDである。SEAFDECが国際機関であるため本事業の参加機関とはなっていないが、所属研究者の中には本事業の共同研究に独自に参加する者が出始めており、本事業の研究レベルの向上にも貢献している。
本交流には、フィリピン側研究者の指導の下に多くの大学院生、若手研究員が実質的に参加している。フィリピンの制度では、研究員はプロジェクトベースで雇用され、日本側の解釈では常勤研究者と見なされない。彼らの活動は正式の記録には記載されていないが、本交流の裾野を形成し、研究交流遂行上で欠かすことのできない重要な役割を担っている。彼らの中から文部科学省奨学金を得て鹿児島大学水産学部に留学するに至った者も出始めているのは、本事業の長期的な持続性を保障するものであると考えている。
このような活動が縁で、交流ができた院生の審査者(日本の制度と異なり、学位論文公開審査は指導教官以外が行う)に日本側研究者が指名されたケースもある。本交流には、フィリピン水産公団(日本風に言えば、国の水産研究所の機能と水産庁の業務の一部を併せ持つ行政法人)が機関参加しているが、これを機縁に、日本側研究者が、公団内の研究プロジェクトの年次成果審査会の評価委員に招聘されたり、フィリピン政府による沿岸漁船安全規則の立案に参画するなどの例も生まれている。このような活動が日本側研究者の国際的経験をさらに豊かなものにしている意義はきわめて大きい。
域内の他の拠点大学事業との連携も重視し、東水大が展開している対インドネシア、タイの二つの拠点大学交流とは緊密な連絡体制を維持している。たとえば、これら3交流の一つで国際セミナーが開催される時には、必ず他の2国から当該国の拠点大学交流実行委員会の推薦を受けた参加者を招聘するようにしている。これらの結果、日本、フィリピン、タイ、インドネシアの水産研究者の交流ネットワークが形成され、たとえば平成13年に開催された日本水産学会70周年記念シンポジウムではこれら3か国の交流参加研究者が多数参集し、拠点大学交流の底力を内外の水産学研究者に示すかたちになった。

中間評価と今後の展開

平成14年度に本交流は5年目を迎え、中間評価を行った。近年の各種プロジェクト評価の手法を取り入れ、PDM手法に準拠して本事業の内容を上位目標、プロジェクト目標、活動、投入に整理しなおすとともに、DACによる評価5項目、すなわち達成度、妥当性、効率性、インパクト、持続発展性の視点から評価した。評価の結果、効率性にやや弱点はあるが、内容の妥当性とインパクトはきわめて高く、達成度、持続発展性の点でも順調に進捗していると考えている。この結果は日英両語の対訳のかたちでまとめ、日比双方の交流実行委員会の共通認識を形成した後に報告書として完成し、鹿児島大学から日本学術振興会に、フィリピン大学からDOSTに提出した。
中間評価は、長期にわたる事業ゆえに生ずる研究内容の変化を再検討するのにも恰好の機会であった。現在、各チームは基本的には当初の研究計画に従って研究活動を展開しているが、漁業分野での逸失漁具とゴーストフィッシングに関する研究、水産社会科学分野でのジェンダー問題、エコ・ツーリズム、増養殖分野での地域生産物を利用した代替タンパク源などの最新の研究課題が取り入れられてきているのは時代を反映したものであろう。
本事業の基本コンセプトである、「水産資源および水圏環境の合理的かつ持続的開発・管理」は、FAO(国連世界食糧農業機構)が主導している「責任ある漁業のための行動規範」の考え方に沿ったものである。そこでは、開発途上国との研究協力の推進、得られた研究成果の技術移転の重要性も繰り返し呼びかけられている。拠点大学交流事業はこうした世界的な取り組みに合致したもので、我が国の水産学分野での研究結果の世界に向けた情報発信で中心的役割を果たしていくものであることを確信している。


松岡 達郎(まつおか・たつろう)
鹿児島大学水産学部・教授
本記事は「学術月報Vol.56 No.10」に掲載されたものである。