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エリック・ハリス・デヴィドソン博士
Dr. Eric Harris Davidson
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皇太子殿下、ご臨席の皆様
このたびは国際生物学賞受賞の栄誉を賜り、誠に光栄に存じます。
このような身に余る賞をいただき、皇太子殿下ならびに国際生物学賞審査委員会の皆様には感謝の念に堪えません。ごあいさつを申し上げるにあたり、生物学の基礎研究分野において本賞の設立をご決断になったことは、この学問の重要性を明確に伝えるものであると、まず申し上げたいと存じます。
このたびの受賞が発表された際、私の身に起きた最も大きなできごとは、長年連絡のなかった人々を含め、多くの研究仲間から驚くほどのお祝いの言葉が届けられたことです。現在の、この科学の時代に至る私の知的な道のりが、長年にわたって実にたくさんの大切な仲間たちの心と思考に影響を与えていたことを幾度となく実感し、非常に嬉しく思います。今回の受賞は、私が長年にわたり学術研究の世界に携わり、そこでどのような役割を果たしてきたかを、私自身が知る機会ともなりました。そこで本日は、今日に至る私の旅路を振り返ってみたいと存じます。
本賞は、この10年の遺伝子調節ネットワークの探求に対していただいたものですが、私の生物学者としてのスタートは、何十年も前にさかのぼります。私はそのキャリアの始めから、科学における自分にとっての最も大きな問題とは何かについて思いをめぐらせていました。やがてその問題が何であるかが明確になり、年月を経てついに解明が可能となりましたが、問題は依然として私の中に存在し続けました。私にとってのその最大の問題とはなにか。それは、動物の個体は各々のライフサイクルにおいてどのように発生するのか、そして、人間のすべての細胞にある遺伝子はどのように胚発生の動的な変化を起こすのか、この2点を理解することでした。これは実に美しい問いです。1世紀前にはすでに問題は明確に認識されていましたが、今の時代になってその輪郭が見え始めるまで、完全な解明はされてこなかったのです。
私自身はこの問題に対して通常とは異なる道筋をたどり、すでに 大学に入る前からその道を歩み始めていました。私はウッズホール海洋生物学研究所で研究生活を始め、当時、1920年代から30年代に教育を受けた、著名な生物学者の下で研究を行いました。海洋卵と胚について深く知るようになった私は、その魅力にとりつかれ、以後一貫して研究を続けてきました。当時の上司であり、その後、研究室から大学まで長きにわたり師の存在であったのが、L・V・ヘイルブルン博士です。博士が所有されていた別刷りコレクションは、現在、東京大学三崎臨海実験所に所蔵されています。ヘイルブルン博士は、その当時実験所の最も著名な研究者であった團勝磨博士と非常に親しくしておられ、團博士と同様、生物学の黎明期の研究について、よくご存知でした。
私は大学を卒業する頃までには、20世紀初期の、今日「ゲノム生物学」と呼ばれる分野の知見に深く傾倒するようになっていました。そして進学したロックフェラー大学大学院で、それまでに学んだ伝統的な教えに、最先端の、定量的な方法を重視する物理化学と分子生物学が融合したのです。しかし、それでも、私を最初に魅了した問題が頭を離れることはありませんでした。私が研究者として独立し、手がけた分野は、いろいろな意味でテオドール・ボヴェリが20世紀の最初の10年に研究を行わなかった分野でもありました。
ボヴェリはこの最初の10年に、ウニの胚を使い、胚発生にはすべての染色体にある遺伝情報が必要であることを解明しました。したがって、私が大学院を卒業する頃には、DNAが遺伝物質であること、DNAがすべての細胞に存在することがわかっていました。それによって、DNA中のどの物質が具体的に胚を発生させるのか、という問題が明らかになったのです。私にとって、これは最初は理論の問題でした。
1960年代後半、動物のDNA構造を解明していたロイ・ブリテン博士とともに、私は全く未知の領域へと想像力を働かせ、発生と進化につながる可能性のある遺伝子調節システムの形について考えました。私たちが1969年に考えたモデルを基本的な理論として、40年を経た今、遺伝子調節ネットワーク理論が具体化されたのです。研究が行き詰まりに陥ることも多いこの世界で、そうした行き詰まりに至ることなく、一貫して同じ道を進むことができたのは、この上なく幸運なことです。
1971年、博士と私はカリフォルニア工科大学(カルテック)に入り、そこでウニの胚を用いた実験に着手しました。いくらかの謎の部分があるがゆえに20世紀初期の生物学者にとって全く新しい分野であった生物システムは、私たちの時代になり、発生遺伝子ネットワークについて、またその仕組みについて理解するための最も身近な実験システムとなったのです。カルテックでの数十年の間に、ウニ胚の発生遺伝子の発現制御機能に関する私の研究はさまざまな方向に進みましたが、奇遇にもそのとき解明されたことの大半は、その後何年も経過して、遺伝子制御ネットワークに応用する際に直ちに有用性を発揮したのです。
私たちが活動する学術界には多様で有力な実験手法が存在します。科学が発展するためには、それまで別々であった多くの学問領域の知識と見識が交わる知的交差点が必要です。そして、独創性がふとした疑問のきっかけになることが少なくありません。この世界ではたった一人で研究をすることはないのです。このたびの国際生物学賞の受賞は、この10年以上にわたり、私とともに遺伝子制御ネットワークの解明に尽力してくれた多くのすばらしい仲間の多大なる貢献が認められたものであり、誠にありがたく思います。彼らとはこれからも科学の探究という唯一無二の体験をともに続けていくことになるでしょう。
最後に、将来、発生システムの根底にある機構の理解をより高めてくれるであろう人々、そして、さらに意義ある美しい理解へとこの科学文明を築いてくれるであろう人々に、この言葉を贈りたいと存じます。皆さんにも私が常に目指したように行動してほしい。すなわち、最新の流行や、ジャーナル編集者、政府の見解に流されるのではなく、生物学的な知見に基づく論理をもって、みずから動いてほしいのです。機械やコンピュータの時代にあっても発見は独創性から生まれるものであり、これが学術と芸術をつなぐものなのです。
あらためて、この一生に一度の素晴らしい機会に感謝の気持ちを表します。