日本学術振興会

日仏先端科学シンポジウム

 

第5回日仏先端科学(JFFoS)シンポジウム実施報告


Planning Group Member 日本側主査
自然科学研究機構・分子科学研究所・教授 大森 賢治

   
   
 

 2011年1月20日の夕方4時半頃、都営大江戸線の勝どき駅に着いた。A2出口の階段を上ると勝どき駅前交差点に出る。晴海通りを横断しそのまま有明方面に向かって歩いて行くと大きな河が見えて来た。朝潮運河というらしい。海はすぐそこだ。黎明橋を渡り公園を横目に見ながら右に曲がると突然静かな一角になった。綺麗に整備されたまっすぐな広い道だが車もあまり通っていない。しばらく直進して左に曲がると目的地の晴海グランドホテルが見えて来た。ここで第5回JFFoSが開催されるのだ。


 私にとってはこれが3回目のJFFoSである。今回はPGM主査というのを仰せつかっている。PGMとはPlanning Group Membersの略である。自然科学から工学、人文社会科学に至る8つのセッションで日仏それぞれ1名ずつのPGMが選ばれ、各セッションのトピック、チェア1名、スピーカー2名(日仏各1名)を選定する。PGM主査はそのまとめ役で、PGM会議を取り仕切るとともに、JFFoS全体の進行に関しての責任を負う。1年前にフランスのPoitierで行われた第4回JFFoS期間中の2010年1月23日に行われた第1回PGM会議で、参加者のアンケートを下に深夜まで何時間も議論を重ね、各分野のトピック候補を数個ずつ選定した。後日、各PGMは自らのセッションのトピック候補についてプロポーザルを作製し、これがPGM全員に配布された。PGMはこれらのプロポーザルを読んだ上で2010年3月16日に東京で開催された第2回PGM会議に臨み、各候補トピックについてプレゼンテーションを行い、再び数時間に渡る議論を経て最終トピックスが決定された。PGM会議には日本側事業委員や専門委員の先生方と、フランス側の開催母体であるCNRSの担当委員の皆さんも同席されるが、トピックス選定の過程に口を挟むことは禁じられている。つまり、JFFoSは会議の企画から進行の全てが参加者の手に委ねられた完全に自治的な会議なのである。今回選ばれたトピックスを以下に挙げる。


分野

セッショントピックス

Biology/Life Science

Asymmetry in Biological Systems

Chemistry/Biochemistry

Activation of Small Molecules: Dinitrogen

Earth Science/Environment

Global Change and Biodiversity

Material/Biomaterial Science

Nanostructures Using Self-organization

Medical/Neuroscience

Promoting Aging and Related (Neurodegenerative) Diseases

Physics incl. High-energy and
Astrophysics

Dark Energy

Social Sciences/Humanities

Social Reception of Science

Theoretical and
Applied Mathematics/Informatics

Computational Approach to Mathematical Problems - Riemann Hypothesis


 ご覧になると分かるように、必ずしも流行のトピックスが選ばれているわけではない。このあたり、PGMの見識が現れている。


 ホテルに到着後しばらく休んでから歓迎レセプションが行われた。3回目ともなると日本側にもフランス側にも多くの知り合いがおり、「やあ、久しぶり」となる。話は変わるが、フランスも若い世代は言語バリア無く英語を話し、雰囲気も何となくアメリカ的になった。約束や時間も良く守り、つき合うにあたってその辺のストレスがなくなった。コミュニケーションも非常に円滑だ。再会を喜び、新たな参加者とも交流を深め、明るく華やかな雰囲気の中でお開きとなった。翌日に備え、みんな控えめのスタートである。


 翌日は8時から会議が始まり、その前に6 時半からの朝食を済ませなければならない。いつもながらタイトなスケジュールである。会場に着くとこれも定例通り席が決まっていた。我々日本人はこういうのに慣れているが、指図されるのを極端に嫌うフランス人にはどう見えているのだろう。我々にこそ言わないが、フランス人同士では「いやあ、席が決まってるのには全く参ったぜ」みたいなことを話しているに違いない。


 いよいよ会議が始まった。プログラムは別途(http://www.jsps.go.jp/j-bilat/fos_jf/jishi_05.html)見ていただくとして、どのセッションも活発でエキサイティングだ。チェアもスピーカーも門外漢の聴衆に対して、なぜその研究をやっているのか、どこが面白いのか、問題点はどこにあるのか、そして将来の展望は、などについて平易な言葉で熱意を持って語りかけるので、聴衆と講演者が一体化するのだ。会場は「分からないことは何でも聞いていい」という自由で開放的、そして少しだけ攻撃的な空気で満ちている。そんな聴衆からの質問は往々にして専門家を悩ませているようだ。これがJFFoSの一つの醍醐味である。例を挙げよう。物理のセッションではDark Energyについて議論された。周期律表に載っている元素は宇宙を構成する要素のごく一部であり、大部分はDark MatterとDark Energyが占めているかもしれない、ということだ。宇宙は加速しながら膨張を続けており、これを説明するためにはDark(未知)なエネルギーが増加し続けていると考えるしか無い、という考え方だそうである。「エネルギー保存則はどうなるのか」と私はチェアの村山斉さんに尋ねた。私は量子力学が専門だが、これまでエネルギー保存則を無視したことはない。村山さんは「トリッキーな質問だ」と前置きしつつ、なんと「エネルギー保存則は作られた物だから常に成り立つ必要は無い」と答えられた。私は飽くまで納得しなかった。するとフランス側のスピーカーであるJerome Martinは「いや成立している」と言い出した。どうも専門家の間でも意見が割れているようだ。きっと専門家はこういう無邪気な質問はしないのだろう。セッションの終わった後、人文社会科学のPGMである岡本拓司さんと話した。岡本さんは科学哲学者である。彼は「普通はエネルギー保存則はキープしておいて、他のところでつじつまを合わせようとすると思うのだが、物理学の歴史的な転換点に来ているのかもしれないですね」と笑っていた。地球環境科学のセッションでは生物多様性が議論された。セッションの冒頭でチェアの石井励一郎さんはある表を見せられた。そこには生物の種類がいくつか挙げられており、それぞれにおいて発見された種の割合が明示されていた。ある種類においては発見されているのは全体のごく一部であった(具体的な数字は忘れた)。プレゼンテーションが終わるとすかさず、人文社会科学のフランス側の参加研究者であるStephanie Ruphy(この人も哲学者で、第6回JFFoSのPGMに選出されている)が「なぜ発見されていない種の割合が分かるのか?」と質問した。尤もである。前出の村山さんは「生物多様性がなくなるのは"悲しい"ことであるが、どのように"悪い"ことなのか?」と質問された。このやりとりで分かったのだが、どうも人間にとって都合の悪いことであるから悪いことだ、ということらしい。このような無邪気で純粋な質問とそれに対する議論が当たり前のように、しかも熱気を持って延々と繰り広げられるのがJFFoSだ。


 JFFoSの出席者は各分野から選りすぐられており、みな知性が高く個性的だ。そんな人たちと自分の専門以外の話題について、生物学から、物理学、工学、人文・社会科学に至るまで、自由に議論できる。議論はほぼ常に白熱し、厳しい指摘もどんどん出る。研究分野が違えば言語だけでなく、物の見え方や理解の筋道など文化が違って来るからだ。そして、新しい文化は異文化の衝突で起こることが多い。最初は自分以外の文化が異質に思えるが、衝突を繰り返して行くうちに自分自身が周りにとって異文化であることに気づく。相手が自分とどう違うか、ではなく、自分が相手とどう違うのか、がよく見えて来る。


 最終日、会議が終わった後、やる気満々のフランス人10人程を引き連れて、岡本さんと銀座の街に繰り出した。横丁に入ると銀座には不似合いの"酒場放浪記"ばりの立ち飲み屋があったので迷わず皆で入った。カウンターに無造作に置かれたサンマの蒲焼きの缶詰やサバの塩焼きと一緒に酒を酌み交わしたのだが、これが実に連中に評判が良かった。ひとしきり盛り上がった後、連中はどうしてもカラオケに行きたいと言い出したので、岡本さんと二人で連れて行った。私は翌日早かったので途中で失礼したが、宴は明け方まで延々続き、締めは築地の寿司屋で朝飯だったそうである。岡本さんは次の日講義があるにも関わらず、最後までつき合って下さったとのことだ。本当にお疲れさまでした。


 私はなんと第6回のPGMもやることになってしまい、つい先日PGM会議でパリに行って来た。このときには、第5回で共に化学のPGMをやったStephane Bellemin-Laponnazに招かれてStrasbourg大を訪問して来たし、パリでは、これも共にPGMチェアを務めた数学者のJean-Philippe Vertと経済学のPGMだったAntoinette Baujardがわざわざ時間をつくって飲み会に駆けつけてくれた。第3回と4回の会議で仲良くなった経済学者の古沢泰治さんや生命科学者の上田泰己さんとは今も親交が続いている。また、いつかは量子力学の観測問題を解決したいと企む私にとって、岡本さんのような哲学者と議論できるJFFoSはとても貴重な機会になっている。


 最後に事業委員の村上陽一郎先生、小安重夫先生、専門委員の沼尾正行先生、藤垣裕子先生、吉久徹先生には大変お世話になりました。皆さんとの交流もJFFoS の大きな魅力の一つです。この場を借りて御礼申し上げます。

 

 
 
PGM主査 大森教授   セッションの様子
PGM主査 大森教授
 
セッションの様子
     
ポスターセッションの様子    
ポスターセッションの様子
   
     
集合写真
集合写真