お問い合わせ先
国際事業部人物交流課
外国人著名研究者招へい担当
TEL03-3263-3443
FAX03-3263-1854

| Pierre Marcel Paul Toubert
滞在中の日程
受入実施の状況とその成果 上掲の日程にも明らかのように、招聘研究者P・トゥベール教授夫妻は予定通り日本に到着し、翌日日本学術振興会を表敬訪問し、小野元之理事長と歓談し、日本滞在中のミッションについて精力的に説明された。また小野理事長より贈られた招聘のサーティフィケートを深く感謝する旨を述べられた。 翌日の5月19日から2日間の予定で、軽井沢で開催の日本の若手研究者との交流ゼミナールに出席し、指導するために軽井沢に移動した。同日午後2時からホテル・マロウド軽井沢会議室を借りて「若手交流ゼミナール」が行なわれた。報告者は東京大学大学院人文社会系研究科西洋史専攻の博士後期課程3年小澤実氏と同博士課程後期1年の向井伸哉氏である。前者は「From runic stone to charter. Transformation of property confirmation in 11th and 12th Century Denmark」と題する報告を、後者は「The beginning of royal government in Biterrois: an interpretaion based on the records of the 1247 enquête」である。中世スカンジナヴィア史が専攻の小澤氏の報告は、ルーン文字と呼ばれる北ゲルマン民族独特のアルファベットを刻んだ石碑が西暦千年前後に急速に増加する現象が、土地所有の記憶を文字化する意識の高まりとするB・ソーヤー説を踏まえて、それが文書による所有権確認方法に接木される形で、北欧における権利確認手段の証書利用が開花したと論じ、同時に確認主体である草創期王権の威信強化の役割も果たしたと論じた。他方、向井報告はルイ聖王治世下の1247年に、南フランスのラングドック地方で実施された「enquête」と称される調査記録のうち、ベジエ地方のそれを取りあげて、王権の村落ごとに異なる対応に着目し、それが規模の大小と深く関連している事実を読み取る。そして、幾つかの類型区分を設定し、王権がいかに微細な目をもって統治に臨んだかを明らかにした。 招聘研究者は、二つの報告ともに興味深げに聞き入り、真っ先に質問と議論の口火を切られた。圧巻は小澤氏が配布した1135年の日付をもつデンマーク王エーリク・エムネ王がルンド大司教に与えた文書原本の写真版に関するコメントである。ラテン語で書かれた、保存状態が悪い断片化した写真をまるで活字化されているかのように、何の造作もなく易々と読み下して行く姿に一同息を呑む思いであった。学問的刺戟としては、これ以上のものはない。学的達成の精髄に間じかに接した若手は、一様に深い感銘を受けた様子が如実にうかがわれた。なお報告と討論はすべて英語で行なわれた。 翌20日は招聘研究者夫妻とともに、近傍にある小諸の巡検に出かけた。招聘研究者が中世地中海地方の社会発展の基軸においたのが、村落の集住化と防備化の結果としての「城塞化(インカステラメント)」現象であるが、小諸はまさしく中世領主が千曲川の湾曲部に築いた城を基点として発達した集落であり、インカステラメント現象を念頭に置きながらの日欧の中世城塞集落の生成とそのダイナミズムの解説と批評は、教授のウイットに富んだ表現力もあいまって、超一流の碩学と歴史の現場を踏むことの醍醐味を味わわせてくれるものと表されよう。 5月22日と25日の名古屋大学での2度のゼミナールは、前者が「事件と構造。歴史方法論の一問題。1212年の子供十字軍について」、後者が「中世地中海におけるリスクの社会的知覚」と題して、フランス語のテクストとその日本語訳を配布した上で、招聘研究者が英語でその内容を要約する形で問題を提示して、それを糸口にして英語で討論を行なう形式とした。参加者は西洋史専攻の大学院生を中心に、熱心な学部生も数名加わり、総勢いずれの機会も30人程の若々しい生気に溢れたゼミとなった。そこには遠く弘前大学や東京大学、お茶の水大学から参加いただいた教員や名誉教授も見られた。22日のテーマは「子供十字軍」という一見突飛な主題を扱いながら、それが中世西洋の最盛期と言われる13世紀に勃発したかを、時代のコンテクストに詳細かつ多元的に位置づけ直すことにより、突飛な事件と見える現象が、その実、時代の諸構造の収斂点として浮かび上がってくるさまの提示は見事というほかはない印象である。25日のテーマは一転して、極めて現代的な主題、すなわち危機管理を焦点にした。中世西欧における危機の社会的知覚を論じ、歴史学に新たに生まれた研究領域の可能性と豊穣さを垣間みさせてくれる先駆性が、参加者に多大な学的刺戟をもたらしたことは間違いない。
招へい研究者の受入機関に対する寄与 招聘研究者は受入れ機関である名古屋大学文学研究科において、2回にわたってゼミナールを実施した。出席者は西洋史学研究室に所属する大学院生ならびに学部生と、中部圏外の新進のヨーロッパ中世史家数名と、名古屋大学でかつて教鞭を執ったことがある名誉教授などである。 平成19年5月22日に開催された最初のゼミナールは招聘研究者が、歴史学方法論の分野で年来のテーマとして考察を続けてきた「事件と構造」の切り結びを、全体史という枠組で捉える試みをトピックとして選んだ。本質的に偶然的要因が優ると考えられる「事件」を、偶然的要因が副次的か、あるいはまったく排除される不動の「構造」、この両者はともに歴史の理解にとって最も重要な概念である。一見アンチノミーに見えるこの両者をいかにして両立可能で、歴史解釈にとって相補的な役割を与えるか、そしてさらには歴史の全体性の要求に応えるかという途方もなく重い課題への挑戦の意味あいも、このトピックははらんでいた。招聘研究者は以前から、全体史とは諸構造の構造を剔出することであるとする主張を行ない、その具体的な事例として、中世地中海世界の「全体史」として、「インカステラメント」現象をとりあげていた。インカステラメントとは、「城塞化」と訳されるが、単に軍事史の現象ではなく、地理的定住、社会構造、経済、宗教、文化、法など中世の環地中海世界に生きる人間すべての生活を根底から規定した要素であった。換言すれば、これら多様な要素の諸ベクトルが収斂する焦点であった。 そうした学問的達成の実績を踏まえて、中世最盛期の大陸ヨーロッパの収斂点の探索作業の作業仮説として選んだのが1212年の「子供十字軍」と呼ばれる現象であった。これを「言説」と「事実」の両面から押さえながら、落ち穂拾いの余地もなくしっかりと堅固に構成された立論は、それを通して解決に迫ろうとした歴史学方法論上のアポリアの重大性と、とりあげたトピックの斬新さと、思索と論証の堅固さと、動員された該博な知識によって、最高峰の歴史家がどのような存在であるかを、その学識と力量の水準がどれほどのものかを、若い研究者たちの眼前に手本を示してみせた。 名古屋大学文学研究科における第2回目のゼミナールは、ヨーロッパ中世において「リスク」を、社会がどのように知覚したか考察する内容であった。テクノロジーが発展する以前の社会では、もちろんリスクの捉え方は現代とまったく同じではない。極めて現代的、いやむしろ今日的といったほうが似つかわしいであろうが、とにかく喫緊の主題を近代以前の社会の理解に資するべく構成する着想の柔軟さは、これから学問世界の一員として踏み出そうとする若い研究者には、思考の幅を広げる上で、大いなる知的刺戟となったのはまちがいない。どの文化圏の住人にとっても、外部世界への認識は何らかの切実な欲求がない限り本当の覚醒にはいたらないものである。ヨーロッパ人は様々な交易ルートを介して、アジアを含めての外部世界についての一定の認識があったにもかかわらず、真の知覚には至らなかったように思える。招聘研究者によれば14世紀に、そうした状況に変化が生じたのは1348年にヨーロッパに達し、人口の三分の一を死に至らせた「ペスト」であったという。恐ろしい大疫病の侵入がアジア(シベリア)からであることを認識した、当時のヨーロッパの為政者たちは、アジアでの疫病流行の兆候をいち早く知るために、絶えずこの遠方の世界で起こる出来事に関心を寄せねばならなかった。危機管理上の切迫した要請が、ヨーロッパ人の意識のなかにグローバルの思考法を定着させた大きな要因であったという指摘の斬新さは、歴史家たるものどの時代を専門にしていようとも、たえず現代社会の動向に注意を払わなければならい、またそうすることによって大きな学問的収穫を手にする可能性が生まれることを学ぶまたとない機会となった。 名古屋大学文学研究科は「統合テクスト科学の構築」が21世紀COEプログラムに採択されて以来、研究と教育の国際化に努めてきた。5年弱の期間に11回の国際研究集会を開催したのは、そのような目的のためであった。幸い播いた種は着実に成長しつつある。この度世界最高峰の学術機関であるコレージュ・ド・フランスの名誉教授である招聘研究者の学殖と専門的力量を直接見聞し得たことは、「世界標準」を学的規範として自らのうちに内面化するうえで、絶好の機会であったと言える。 その他 招聘研究者は、かつてフランスの諸研究機関の評価を実施する国家評価委員会の重要なメンバーであった。副次的な企画としてではあるが、受入れ機関の名古屋大学や、中部圏の諸大学の評価関係者と懇談する機会を考えていた。諸般の事情からこの企画は実現にいたらなかったが、その代わり、21世紀COEプログラムの今後の在り方について、世界レベルの評価スペシャリストに、プログラム全体と、個々の組織上の細部にわたる貴重な提言を得ることができたのは貴重であった。
― 研究活動報告トップ ―
|