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外国人著名研究者招へい担当
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外国人著名研究者招へい事業

研究活動報告

外国人著名研究者招へい事業報告書

Louis J. Ignarro

滞在中の日程
年 月 日 訪問先名称・訪問内容
平成15年
4月18日
ロサンゼルス発
19日 来日(成田空港)-東京へ  東京宿泊
20日 東京―名古屋へ移動
名古屋大学大学院発育加齢医学講座(老年科学)研究討議
21日 名古屋大学大学院発育加齢医学講座(老年科学)研究発表討論会
名古屋―京都へ移動  京都宿泊
22日 京都大学大学院医学系研究科訪問
23日 京都―名古屋へ移動
名古屋大学大学院発育加齢医学講座(老年科学)研究討議
名古屋保健衛生大学医学部(薬理学)研究討議
24日 名古屋―東京へ移動
東京発  ロサンゼルス着


受入実施の状況とその成果

Ignarro教授には、学術振興会著名研究者外国人招聘事業にて、初年度は2003年二月に来日頂いた。当初、本年度は5-6月来日予定であったが、5月末に一時帰国されることになったのを気にされ、研究の進ちょくをはかる事、及び、京都で行われる予定の一酸化窒素吸入療法世界会議の準備打ち合わせを兼ねて来日することが可能である事が、前回の二月の来日時に明らかになり、急遽、当該の来日計画がもたれた。イグナロ教授は4月18日にロサンゼルスを発たれ4月19日夕刻に成田空港に到着された。東京へ移動後、フォーシーズンズホテル東京椿山荘に宿泊された。

20日は東京駅より、新幹線にて名古屋駅へ移動された。当日は、受け入れ研究室の林が、前回二月に来日された際に校閲を頂いた、二論文(今回の採択研究テーマである動脈硬化退縮を目指した新しい治療法の確立―血管指向性一酸化窒素(NO)放出薬剤創薬と遺伝子導入療法の検討―の受入機関名古屋大学での昨年度分研究として施行された、家兎をもちいた高脂肪食負荷動脈硬化病変へのNO合成酵素遺伝子導入の成果)の投稿状況を説明し、追加実験の必要性等を議論した。宿舎はヒルトン名古屋ホテルであった。

21日も午前中、名古屋大学を訪問頂き、研究発表討論会として、名古屋大学大学院医学研究科発育加齢医学老年科学講座血管内分泌研究室の研究員が研究の進行状況についてround table discussion 方式で報告した。活発な議論が行われた。動脈硬化巣におけるiNOSの役割について従来言われているように悪い面ばかりではない可能性、パーオイキシナイトレートが産生されない可能性に言及されたのは、非常に新鮮な考え方で、研究室員一同感銘を受けた。
午後に京都へ移動された。宿舎はウエスチン京都都ホテルであった。

22日は京都大学を訪問され、一酸化窒素吸入療法世界会議の準備について打ち合わせをされた。SARS問題で予定された各国の研究者が十分に集まらなかったのが残念であったとのことであった。23日は早朝、新幹線にて名古屋へ移動され、名古屋大学に来られた。午後より、今後の研究について、研究室員である大学院生、留学生らと討議した。夕刻、上記血管内分泌研究室と名古屋保健衛生大学医学部薬理学が共同研究している、糖尿病血管病変とNOの関係の研究につき議論し、今後の研究の進め方について関係者が討議した。この研究構想は、さらに発展し従来よりこの領域で研究しておられる東工大の一瀬研究室も交えて、共同研究として進めていく事となり、医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構の保健医療分野における基礎研究推進事業研究プロジェクトに応募される事となった。

24日は新幹線で東京駅に向かい、成田空港へ移動し、ロサンゼルスに向けて発たれた。車中にて、5月の研究発表討論会に向けての課題について伺った。

招へい研究者の受入機関に対する寄与
(若手研究者への刺激、受入機関全体の国際化など)

今回は二月に続いての来日であり、急遽予定に加えられたものであるため、老年科学教室血管内分泌研究室との共同研究の進捗をはかる事を第一義的に計画された、研究発表会は発表者のみならず約10名の研究室員全体に前回同様、大きな刺激となったが、個々のテーマについて、イグナロ教授が前回の内容を良く理解されており、今後の方向性についても具体的な示唆を頂き、ノーベル賞受賞教室との共同研究の意義が深いものとなり今後のさらなる発展が期待された。名古屋保健衛生大学との共同研究も、当科の留学生が始めていたものを、第一回来日時に開催したNO学術講演会及び名古屋大学での研究発表討論会で話題となり、現実化したものである。3年間にわたる事業の第二年度の最初の来日であり、計画が急遽決まった事もあり、緊張感溢れる運営状況であったが、若手研究者がイグナロ教授から受けた刺激の大きさは筆舌に尽くし難いもので、いくつかの共同研究の成果としての論文投稿と共に、本事業の大きな成果と考えられた。