| 年月日 |
訪問先名称・訪問内容(研究討議・講演・視察等) |
| 平成23年 |
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| 3月2日 |
来日(関空着)9時35分 関西空港着 タクシーにて大阪市内のヒルトンホテル大阪に移動チェックイン、今回の滞在中の日程打合せ、休養、宿泊。 |
| 3月3日 |
新幹線にて広島へ
広島大学において講演を行う 担当:先端物質科学研究科 木梨陽康名誉教授
先端物質科学科の講義室にて「Synergism forcombating resistance to ribosome antibiotics」と題して特別講演を行った。 |
| 3月4日 |
大阪大学にて講演 担当:創薬基盤科学技術センター 小林祐次教授
大阪大学中之島センター・佐治敬三メモリアルホールにおいて大阪薬科大学ハイテク・リサーチ・センター公開シンポジウム「創薬研究の最前線- 2009年ノーベル化学賞受賞者Ada Yonath博士を迎えて-」にて「From Basic Research to Improved Drugs」と題して講演を行った。 |
| 3月5日 |
公式行事はなし。(HOPEミーティングにおける講演の準備) |
| 3月6日 |
公式行事はなし。(京都観峰美術館を訪問) |
| 3月7日 |
新幹線で東京に移動。グランドプリンスホテル新高輪にチェックイン。
理化学研究所にて講演 担当:ケミカルバイオロジー研究基盤長田裕之施設長
理化学研究所和光本所にて、Ada Yonath教授特別講演会で「From Basic Science toAdvanced Antibiotics」と題して講演した。
新高輪グランドプリンスホテルに戻り、学術振興会HOPEミーティングのレセプションパーティに参加。 |
| 3月8日 |
グランドプリンスホテル新高輪での日本学術振興会HOPEミーティングに終日出席。
午前:HOPEミーティングにて講演
午後:若者達とのグループディスカッションに参加
担当:理化学研究所上級研究員 竹本千重博士 |
| 3月9日 |
日本学術振興会理事長を表敬訪問
夜:イスラエル大使公邸での晩餐会に出席 |
| 3月10日 |
東京大学にて講演。担当:東京大学理学部 菅裕明教授
東京大学本郷キャンパス小柴ホールにて理学系研究科特別企画 “Womenin Science” Symposium「羽ばたく女性科学者になるために」で“Three decades of ribosome crystallography: Selected take-homeinsights.”と題して講演した。
講演会終了後、小柴ホール前のホワイエで催された交流ミキサーに参加した。 |
| 3月11日 |
筑波大学にて講演。担当:筑波大学 生命領域学際研究センター 深水昭吉教授
総合研究棟D(公開講義室)において「筑波大学生命領域学際研究センター特別講演会」として「Antibiotics paralyzing ribosomes」と題して講演を行った。
東日本大震災により帰京不能となり、筑波大学より成田空港へ向かった。
成田空港も大混乱に陥っていて、空港で一夜を明かすことになる。 |
| 3月12日 |
東日本大震災のため帰国できず、ホテル日航成田に滞在。 |
| 3月13日 |
出国 午前10時25分成田空港発で帰国の途に着いた。 |
大阪薬科大学が本事業の企画に際して①アダ・ヨナット博士に各地で学術講演を行い、構造生物学の最先端の情報を与えていただくこと、②専門分野を同じくする研究者と交流を深め相互に情報交換を行って学問研究を深めること、③大学や公的研究機関に限らず広く啓発活動を行ない、理科離れが懸念される昨今の事情を考え、特に若手研究者・女性研究者への啓発を図ることを目論んだ。先回(平成22年12月)の来日では、これら①、②については主に西日本においての講演をお願いしたのに対し、今回は東日本での講演を主として行っていただいた。①、②について各研究機関にも参画していただくとして、受け入れ機関である大阪薬科大学が啓発活動の観点から、先回は高校生を対象とした交流会、女性研究者を主な対象とした講演会を企画したが、今回は広く啓発活動が行えるように、会場を大学のキャンパス外に設けることとして、大阪大学が大阪市のビジネス街である中之之島に開設している大阪大学中之島センター・佐治敬三メモリアルホールで開催した。更に大阪薬科大学のハイテク・リサーチ・センターの公開シンポジウムとして、アダ・ヨナット博士のノーベル賞受賞理由となった新規抗生剤への展望を中心に「創薬研究の最前線」と題して日本における創薬研究の現状を、広く他大学ならびに製薬業界での代表的な研究を紹介する講演会とした。その結果、大学の研究者、学生、製薬業界等の研究者が大いに啓発されるシンポジウムとなった。
また、今回の招聘の目的の一つは、3月7日より10日まで開催された日本学術振興会HOPEミーティングに出席することであった。ここでは参加した専門分野の異なる若手研究者に3月8日に行われた講演ならびにグループディスカッションに加わり、我が国のみならず、世界の国々の若手研究者にも多大の影響を与え国際的な貢献をも果たした。これらの他、③について以下に記すように東京大学、筑波大学、理化学研究所で講演を行ない、東日本を中心とした研究者との交流を行なった。
以上のように、先回の来日と同様に、今回の招聘も、アダ・ヨナット博士の研究を広く社会に発信するとともに、講演会に出席した研究者と精力的に学術討論を行うなど、我が国の学術振興に貢献したと結論できる。
いくつかの例を以下に記す。
3月3日
大阪薬科大学ハイテク・リサーチ・センター公開シンポジウムでは、まず横山茂之東大教授の「構造生物学と合理的薬剤設計」、千葉健治田辺三菱製薬(株)薬理研所長の「新規多発性硬化症治療薬、FTY720」、杉本八郎京大教授の「アルツハイマー病治療薬」、児玉龍彦東大教授の「抗体医薬品の設計」といった日本における創薬研究の最近の成果について講演が行われた。アダ・ヨナット博士が、それらを受けて、博士の功績であるリボソームの構造解析から得られた情報に基づいて、目を見張るような動画などを用いて抗生物質の働く機構を原子、分子のレベルで解説した後、耐性菌出現にどう対応するか?までを含めた抗生剤の合理的設計を展望した。まさに創薬研究の最前線といった題目に相応しい講演であった。大学の研究者や学生のほか製薬業界やその他の研究所の研究者が大いに啓発されるシンポジウムとなり、講演会ののち、会場を移して開かれた懇親会において博士を取り囲んで遅くまで活発な意見交換が行われた。
3月6日
公式行事なし。休養。
(京都観峰美術館においてイスラエルの画家・書家であるアリエ・アルヴェイルの展覧会「イスラエルの書と絵画」のオープニングレセプションにイスラエル大使らとともに出席。スピーチを行う。)
3月7日
理化学研究所にておける講演では、定員150名の会場に、様々な分野の参加者が集まり満席となり立ち見の参加者であふれ急遽、別の中継会場を設けるほどの大変な盛況ぶりであった。1時間を超える講演が行われたが、専門外の研究者にも大変興味深い内容であった事もあり、質疑応答では、終了時間を過ぎても活発な意見・質問が飛び交い、大変盛況であった。質疑応答では若手研究者と活発なディスカッションが行われ、多くの参加者から、とても分かりやすく興味深い内容であったとの声が届いている。
3月8日
学術振興会HOPEミーティングにおいて午前中の講演では、全体的に専門分野がまったく異なる聴衆に配慮して、タンパク質を合成するという、リボソームの生体内での働きを分かりやすく視覚的に理解できるよう工夫が凝らして解説した。その中にも、博士のこだわりが、随所に垣間見えた。午後は、11ヶ国15人の若者達とのグループディスカッションが行われた。特に議題を決めないフリートーク形式で、タンパク質の結晶や計算による構造予測についての専門的な質問や、学業や職業について、学生側から自由に、ランダムな質問が発せられ、ひとつずつ丁寧に答えていた。
3月9日
学術振興会に小野元之理事長・小林誠理事を表敬訪問。
大阪薬科大学教授小林祐次同席。
夜 イスラエル大使公邸での晩餐会に出席
3月10日
「羽ばたく女性科学者になるために」ではリボソームのX線構造解析を解説し、さらにリボソームと抗生物質との相互作用を解明することで人類の感染症薬剤開発に貢献すべく研究を継続していることを紹介した。この講演会では、科学者を目指す女性研究者を応援する企画として、物理学専攻の村尾美緒准教授や三人の女子大学院生による各自の研究の講演も行われた。講演会終了後に交流ミキサーが催され、女性研究者に限らず、学生達のよい交流の場になったと感じられた。
3月11日
筑波大学生命領域学際研究センターを視察し、浅島誠センター長と先端研究について討論した。財務担当理事・森本浩一先生や研究担当副学長・赤平昌文教授らと昼食を共にしながら、研究振興について討論した。その後の講演では約50名の参加者(大学院生と若手研究者)に向けて、リボソーム研究の歴史と魅力について語った後、質疑応答を行った。しかし、その終了間際に東日本大震災に遭遇したため、安全を期して予定時間よりも10分程度早めに終了した。
東日本大震災により帰京不能となり、筑波大学より成田空港へ向かった。成田空港も大混乱に陥っていて、空港で一夜を明かすことになる。
3月12日
小林が東京の新高輪グランドプリンスホテルより博士の旅券・所持品を届けるが交通事情が極端に悪く、東京成田間のタクシーでの移動に9時間を要し、予定していた10時25分発の飛行機の出発が大幅に遅れていたにも拘らず搭乗できなかった。やむを得ずホテル日航成田に宿泊した。
3月13日
成田空港10時25分発にて帰国の途に着いた。
受入れ機関である大阪薬科大学におけるアダ・ヨナット博士と同じ構造生物学の研究に従事する研究者にとっては学問上大いに啓発されるところが多かった。それ以上に特記すべきは、比較的小規模な単科大学においては世界の第一線で活躍する学者から十分な時間をかけて学問の背景などを聞く機会や、直接接して会話する機会はまれであるが、本事業によりノーベル賞受賞者と昼食を共にするなど、教員のみならず若手研究者や学生に与えた影響は計り知れなく大きいことである。特に博士のお人柄もあって、短期間に多くの講演をお願いしたが全て快諾していただいたが、そのうちでも、外国の著名な研究者を受け入れる機会の少ない小規模な大学では事情を同じくしていて、本事業への感謝の意が伝えられた。本事業のように、旅費、滞在費等の経費を公的資金で賄っていただける、一般には困難な外国人著名研究者を招聘できる事業は貴重である。